クリスマスイブ当日。
この日も大樹は早い出社。でも夜は私の所に来てくれるって約束してくれている。
もう一週間以上会ってないから本当に楽しみだ。
プレゼントも用意したし、家で待つのにおかしくない程度のお洒落な服も決めたし、準備万端!
楽しみにしていたクリスマスイブ。
寂しい思いをして大樹に対してちょっと不満もたまっていたけどそんな事忘れて楽しもう。
ふたりの大切な思い出になる日にしたいな。
久しぶりに晴れやかな気持ちで出社した。
今日は午後から須藤さんと外出だから通常業務は早めに終らせないといけない。
次々とやってくる問い合わせや注文処理をテキパキこなし、お昼も今日は外に出ないでコンビニで買ったおにぎりで済ます。
あっと言う間に午後二時になり、私は気合を入れて須藤さんと一緒にオフィスを出た。
「青山さんって入社した時から若生屋の担当なんだって? しかもうちの主力商品とは一切関係ないオマケ玩具なんだろ? やりがいとかどこで見出してるわけ?」
ああ、いきなり始まった。電車に乗った途端、真顔でそんな事を言われ私はうんざりとした気持ちで溜息を吐いた。
「どんなに小さな仕事でもそれなりにやりがいは有りますよ。出世とか目指してる人には物足りないかもしれないですけど、私は今の自分の仕事に満足してますから」
そつなく答えたつもりだったんだけれど、須藤さんは気に入らなかったらしく、形の良い眉をひそめながら言った。
「つまり青山さんは出世願望無しって訳か。それっていずれはどこかの男と結婚して辞めるって想定だろ?いいよな女は気楽で男に寄りかかっていれば生きていけるんだからな」
「いえ、そういう訳じゃないんですけど」
なんで須藤さんっていちいち捻くれた受け取り方するのかな?
「じゃあどういうつもり? 青山さんは彼氏いたよな。前に飲み会の席に乱入した失礼な男。あいつが居るから仕事はそれなりでいいって思ってるんじゃないのか?」
失礼なのは須藤さんだって不快に思いながらも、なんとか堪える。
「何でも彼に頼る気なんて無いですよ。私が言いたいのはどんな小さな仕事も頑張った方がいいんじゃないかって……」
「ふん、綺麗事だな」
「……」
ああ、本当に嫌になる。
歪んだ顔。皮肉な口調。
私この人のどこが好きだったんだろう。自分の見る目の無さに今更ながら驚いてしまう。
このまま話してたら頭がおかしくなってしまいそう。須藤さんがちょっと黙った隙に、私は寝たふりを開始した。
「やっぱりやる気なんて無いな。口だけ女」
須藤さんのボソッとした呟きが聞こえて来てかなりイラッとしたけれど、我慢我慢。
これを乗り切れば大樹との楽しいクリスマスイブが待っているんだから。
若生屋さんの訪問は主に須藤さんが進めている新規大型企画の案件打ち合わせがメインで、私は挨拶をして最近の注文状況を確認する位で後は大人しくしていればいいと思ってた。
でも私がここ最近の受注が無い件について伝えると、若生屋さんの担当者は顔色を変え、須藤さんにキツイ口調で言った。
「注文書は須藤さんに送っていますよね? メールでも確認の連絡させて頂いていたはずですが」
「え?」
それまで余裕だった須藤さんの表情が強張っていく。
「青山さんの話だと一切手配をしていない様ですが、弊社としては年内に必要数を大分前から伝えており何としても手配頂かないと困ります。年末の出荷が止まってしまいますから」
私は予想以上にまずい状況にうろたえながら、頭の中で商品の手配の段取りを考える。
でも、無理だ。
今日は十二月二十四日。若生屋さんの仕事納めは二十八日で商品の準備に必要な時間はだいたい五日。
しかも今は年末でどこの工場も混んでいる。
今から注文して年内に納品なんて不可能だ。
「申し訳有りません。年内の納品は難しいです」
嘘を言っても後で困るだけだと思ってそう言ったんだけど、須藤さんが強い口調で口を挟んで来た。
「この度は青山の手配ミスでご迷惑をおかけして大変申し訳御座いません。ですが注文頂いた品については必ず年内に納品致します。」
え……何言ってるの?
必ず納品するってそんな事出来るの?
しかも“青山のミス”って何?
若生屋さんの話だと注文は須藤さんにしていたみたいだけど、私は須藤さんから何も聞いていない。
どう考えても須藤さんの連絡ミスだ。馬鹿にしている小さな注文だから私にメールを転送するのをつい忘れてしまったんじゃないの?
唖然とする私の前で須藤さんは流暢に話し、若生屋さんの怒りを解いて行く。
私の怒りは膨らむばかりだったけれど、お客さんの前で言い争いなんて出来ない。
しかも若生屋さんからしたら須藤さんの言うことの方を望んでいるんだし。
悔しい気持ちを抑えながら私は若生屋さんに頭を下げた。
「須藤さん酷いじゃないですか? 注文書を無くしたのを私のせいにするなんて!」
若生屋さんを出て最寄りの駅に向かう途中、私は須藤さんに食って掛かった。
須藤さんはそんな私を見て煩わしそうに目を細める。
「仕方無いだろ。俺はこれから大口案件を進めなくちゃいけない。信用を失う訳にはいかないんだよ」
「だからって私のせいにするなんて……私の信用はガタガタです」
入社してから一生懸命担当して来たお客さんだったのに。
「俺だけのせいじゃないだろ? 担当って言うなら注文が無い時点でもっと積極的に確認作業をしていれば良かったんだよ。
それを人任せにして放置していたのは青山さんだろ?」
「そんな……私、須藤さんに相談したじゃないですか。それで須藤さんが今日聞けばいいって……」
「さっきから何でも俺のせいにするなよ。もう言っても仕方無いだろ? とにかく年内に納品出来る様に手配しろ。信用を下げたらこっちの大口案件もこけるんだからな」
「スケジュール的に無理です」
「そんなうちの都合は通用しない。何とかしろ」
もうこの話は終わりとばかりに、須藤さんは自分のスマホを取り出して視線を落とす。
悔しさと怒りに震える私に、須藤さんは言った。
「直帰は無しだな。年内手配するなら早く動いた方がいい」
ホームの時計の時刻を見る。
十七時二十分。今から会社に帰ったら十九時前。
それから急いで若生屋さんから再発行して貰った注文書の手配をしたら何時に家に帰れるんだろう。
……せっかくのクリスマスイブなのに。大樹と約束してるのに。
涙が溢れそうになったけれど、須藤さんの前でなんて絶対泣けない。
彼の存在は無視して、移動中でもできる連絡や調べものをした。少しでも早く手配をして家に帰れるように。
約束は夜の十時。頑張れば間に合うはずだから。
けれど……こういう時に限って電車が遅れたりする。
信号機故障で三十分も待たされ、大手町に着いたのはもう二十時を過ぎていた。
慌てて会社へ向かう私を須藤さんが呼び止める。
「青山さん落ち着けよ、人にぶつかるだろ?」
「でも……急がないと」
「工場が着手するのはどんなに急いでも明日の朝。それまで時間の猶予があるということなんだから、十分や十五分遅くなったって変わらないだろ?」
言い返したい気持ちをぐっと堪えて私は須藤さんと並んで歩いた。
今の私にとっては大切な十分だけど、須藤さんにそんな気持ちが伝わる訳がないもの。
暗い気持ちになりながら会社への道を、やたらとのんびりと歩く須藤さんにイライラしながら進む。
その時、信じられない光景が視界に入った。
悔しい気持ちを抑えながら私は若生屋さんに頭を下げた。
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