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法雨が、京たちとの和解を経たその後。
若いオオカミたちは、法雨との密会目的などではなく――、ごく普通の客として、法雨のバーに訪れるようになった。
そして、そんな――法雨とオオカミたちの密かな関係を知らない従業員たちは、気さくな常連客となった彼らと、次第に親しげに話すようにもなっていった。
その当初、法雨は、そうして親しくなってゆく彼らの様子を、少しばかり不安げに見守っていた。
改心したとは云え、必要に迫られた際の彼らの側面を知っているがゆえに、警戒心をすぐになくす事はできなかったのだ。
だが、そんな法雨の心の内を知ってか知らずか、和解した後の彼らは、度々と、
「――あの、“大丈夫”なんで。――今日も、酒も飯も美味かったです。御馳走様でした。――おやすみなさい」
と、口々に言っては、ぺこぺこと頭を下げて店を出てゆくのを、法雨への挨拶の一環としていた。
そのような彼らの誠意に緊張を解かれてか、法雨は、それから日が経つにつれ、未だ残していたわずかな警戒心をも、徐々に手放してゆけたのであった。
― Drop.007『 The MOON〈Ⅰ〉』―
かつては、その人生までをも己の本能に振り回されていた未熟なオオカミたちだったが、雷による手助けもあってか、最近は、自身らの体質と、随分と上手く付き合えるようになってきているようだった。
そんな解放感からか、最近では、仲間同士で遠くまで旅行に出かけたりもしているらしく、その際には店に土産を持参するなど、数か月前の彼らからは想像もできないような――可愛らしい事もするようになり、――そんな彼らの表情もまた、日に日に陽気を纏っていった。
また、そのように明るさを取り戻してゆく中――、彼らは、法雨にこのような事も言うようになった。
――あの、俺らが言えた義理じゃないんですけど……、――もしも店とか法雨さんに何かあったら、いつでも俺ら使ってください。――あんな事した分の償いもしたいんです。――体力には自信ありますから、雑用でも力仕事でも、何でも任せてください。
「――へぇ~。――じゃあ、そのコたち、――今じゃすっかり、法雨の可愛いワンちゃんたちになっちゃったわけだねぇ」
「ふふ。そうね。――確かに、あの子たちにはもう、オオカミらしさは感じられないわね」
法雨から――“丸くなったオオカミたち”の話を聞き、楽しげに感想を零した彼に、法雨は笑って言う。
ローテーブルを挟み、法雨と向かい合ってソファに腰かけている彼は、その日の客人であり、法雨の――十年来を超える親友でもある。
名は、夢廼 菖蒲と云う。
そんな菖蒲は、フェネック族であるのだが、先祖が小柄な割に、彼自身は特に小柄というわけでもなく、先祖を感じさせるのは、その驚異的な運動神経と気ままな性格くらいであった。
法雨は、菖蒲と共に、心地よい香りを纏うティーカップにひとつ口をつけると、微笑んで言う。
「――でも、きっと、今のあの感じこそが、あの子たちの本来の姿なんだろうって、思うのよね」
その法雨と共に、春摘みのダージリンの優しげな香りと温もりに癒されながら、菖蒲も楽しげに言う。
「そうだねぇ……。――俺らイヌ科って、獣性異常になりやすいってだけで、気性が荒いとか、犯罪を起こしやすいなんて偏見も持たれがちだし……、――元々はそうじゃなかったけど、そういう偏見で差別されたり、嫌な思いさせられ続けたから、その結果で、性格がスレて荒れちゃうってパターンの方が多いのに、データまできっちりあっても、な~ぜ~か、――分かってもらえないんだよねぇ……コレが」
菖蒲は、話しながら、自身の過去にも思うところがあったのか、ひとつ溜め息を吐く。
菖蒲の云うように、世間には確かに様々な偏見が存在しており、獣性異常とイヌ科族に関する偏見も、その代表的な一例と云えるが、――生まれながらや、後発的に生じる事もある獣性異常においては、いくら医療が発展し、あらゆるデータが開示されても、世間の偏見が薄れる様子はない。
そんな――、残酷とも云える運命を理由もなく背負わされた京たちを思うと、やはり胸が締まるような感覚になる。
「――根はあんなにも良い子たちなのに……、幼い頃から偏見を押し付けられて、色んな事を無理やり我慢させられて……、――その果てに世間からも外れ者になんてされたら……、――辛くないわけがないわよね……」
「――うん。そうだね……。――でもさ、もし、そのオオカミちゃんたちが本当に理性がきかないようなコたちだったら、きっと、法雨に声かける前に事件を起こしてたと思うんだよね。――だから、薬抗体質まで抱えてたのに、そのコたちがそれほど我慢できたのなら――むしろ、理性はかなり強い方だと思うんだけど」
菖蒲の云うように、京たちが薬抗体質でさえなければ、抑制剤だけで十分に発作は抑えられていただろうし、平穏な人生だって送れていただろう。
それに、どれほどレベルの高い獣性異常を抱えていたとしても、発作時以外は、他の者たちと区別がつかないほどに特異性がなく、獣性異常自体は、その者の性格には影響しない事が医学的にも証明されているし、学校の授業でも散々と学ばされる“常識”なのだが――、そうであっても世間の理解は未だ乏しく、このような偏見は、現代においても問題視され続けているものだ。
幸いにして、法雨自身は獣性異常の体質とは無縁の人生を送ってこられたが――、こうして、実際に獣性異常に苦しむ者たちと縁を持つと、その体質によって生じる様々な苦難を想像する度、溜め息をつかざるを得ない。
「――でも……、今回の件は、アタシもいけなかったのよね……」
「――え? ――なんで?」
様々と思考を巡らせた果て、法雨が言うと、菖蒲は不思議そうにした。
法雨は、またひとつ紅茶に口をつけると、煌めき揺らぐ琥珀色を眺めながら言った。
「――だって……、あの子たちに声をかけられた時、アタシがちゃんと抵抗していれば、あの子たちはそこで諦めて、そのまま大人しく帰ったはずだったのよ……。――だから……、あんな風に投げやりに判断せず、ちゃんと、大人としての対応をしてあげられていれば、あの子たちは、犯罪まがいな事もしないで済んだんだもの……」
その法雨の言葉に、菖蒲は苦笑するようにして言った。
「――あはは。――法雨ってば、ほんっと、お世話好きだよねぇ」
「――だって、本当にそうなんだもの。――アタシが止めてさえいれば、あんな事にはならなかったのよ?」
「――う~ん……どうかなぁ……?」
菖蒲は、考え事をするかのように、中空を眺めながら紡ぐ。
「――多分だけど……、――その時に法雨が受け入れてなかったら、オオカミちゃんたち、また別の機会で同じ事したと思うよ。――だって、法雨の時も、法雨に誘われたわけでもないのに耐えられなくなったから、法雨に声かけたわけでしょ? ――だから、法雨で上手くいかなくても、その先で法雨みたいに優しい美人見つけたら、どっちみち耐えられなくなって、同じように声かけたと思うもん」
「そうかしら……」
「そうだよ。――それに、結果論的に云えば、法雨の選択は、ちゃんとそのコらを救う事に繋がったでしょ?」
そんな菖蒲の論に、法雨は不思議そうにしたので、それに応じるようにして菖蒲は続ける。
「――だってさぁ、もし、法雨がそこで抵抗したり、拒否して、そのコたちがそれで諦めて帰っちゃったりしてたら、法雨のお店にも二度と来なかったかもしれないわけでしょ? ――でも、もしそうなってたら、その先で、法雨みたいな――警察にも言わずに、全部一人で受け止めてくれる聖母みたいな人にでも出逢えない限り、彼らは本当にただの犯罪者になっちゃってたかもしれない。――だから、声をかけられた時、あくまで“合意”として相手してくれる法雨が受け入れたからこそ、今の安泰があるも同然なんだよ」
「でも、それは……」
それは偶然で、運良くそうなってくれただけで――、不幸中の幸いに過ぎない事だ――。
法雨は、そう紡ごうとした。
だが、それは、法雨の唇にぺしりと添えられた茶請けのビスケットによって封じられた。
「――そぉれぇとぉ、ね?」
「……?」
そして、ビスケットで言葉を封じられたまま不思議そうにする法雨に、菖蒲は、言い聞かせるようにして続けた。
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