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い
80
あき💫🌙

8,903
ある日の早朝、宿題が終わってないローレンは葛葉に見せてもらうため早起きして2人とも学校にきていた。「……んー、くずはぁ。ここ、なんて書いてあんの」初夏の爽やかな風が吹き抜ける放課後の教室。ローレンは机に突っ伏したまま、隣の席の葛葉の制服の袖をぐいぐいと引っ張っていた。完全に眠気に負けている時のローレンは、普段のしっかりした態度が嘘のようにふにゃふにゃになる。葛葉が自分を鬱陶しがっているなどとは微塵も考えていないローレンは、当たり前のように葛葉の領域へと踏み込んで、無邪気に甘えていた。「あー? 英語?……これ『irony(皮肉)』。つーかお前、眠いなら寝ろよ。袖引っ張んな、伸びるわ」「ねぇ、寝たら起こして……」ローレンはそう言うと、葛葉の肩に自分の頭をこつんと預け、そのまま小さな寝息を立て始めた。葛葉の心臓が、突き破らんばかりの警報を鳴らす。(……なんなんだよ、マジで)葛葉は全身を硬直させたまま、前髪の隙間からローレンの無防備な寝顔を見つめた。ローレンは誰に対しても優しいが、こうして無防備に、猫のように身体を寄せて甘えてくるのは自分に対してだけだ、と葛葉はどこかで自惚れていた。「ローレンは俺に一番甘えてるし、心を開いてる」そう信じていたのだが、現実は残酷なほどに逆であった。ローレンにとって、本当に「心を許している順番」は、明確には不破、イブラヒム、そして最後に葛葉だった。一番何でも話せて、ベタベタくっつけるのが、不破湊。二番目に、程よい距離感でくだらない愚痴を言い合えるのが、イブラヒム。本当に「ただの友達」として甘えているのが、葛葉だった。
お昼休みになり、ローレンがイブラヒムに「なぁ、これウケんね?」とスマホの画面を覗き込ませ、イブラヒムが「あー、ロレそれ好きそう」と笑い合っているのを見るたびに、葛葉の胸の奥は、醜い嫉妬の黒い泥で満たされていく。(俺には……そんな風に、ただ笑いかけたりしてくれねぇじゃん。なんで、他の二人の時ばっかり、そんなに楽しそうなんだよ)葛葉はクラスでアツい性格ではなかったため、ファンタジーや映画のキャラクターのように、ローレンの手を強引に引っ張って連れ去ったり、「他の男と喋るな」と束縛したりするような、破天荒な奇行は絶対にできなかった。ただただ、喉の奥まで出かけた嫉妬の言葉を飲み込み、心の中で「悔しい、死ぬほど悔しい」と身を焦がすことしかできなかったのだ。その隣で、イブラヒムは葛葉の限界寸前の表情を、静かに見つめていた。(あーあ……。葛葉、また顔死んでんじゃん。そんなに悔しいなら、普通にローレンの隣行けばいいのに……まぁ、あいつのプライドが許さねぇんだろうな)イブラヒムはすべてを察しながらも、あえて口を挟まず、お昼休みの賑やかな空気に身を任せていた。
その日の5限はロングホームルームで、運動会の種目に誰がどれに出るかの話し合いだった。差し込む西日と、天井で気休め程度に回る扇風機の風の音だけが響く教室。黒板には大きく『運動会・種目決め』と書かれている。
「はー、マジでだるい。なぁ葛葉、俺マジで動きたくないんだけど。なんか楽そうな二人三脚とかいっしょに出ようぜ?」
「出るわけねぇだろ。なんで俺がお前と密着して走らなきゃいけないんだよ。イブラヒムと出ろよ」
「えー、イブは絶対こういうのサボるじゃん」
ローレンは、隣の席の葛葉に向かって完全に机に突っ伏したまま、気だるげに声を零していた。ふにゃふにゃと伸ばしたローレンの指先が、葛葉の制服の袖を遠慮なくぐいぐいと引っ張っている。
葛葉の心臓が、ドクンと大きな音を立てた。
葛葉は前髪の隙間から、無防備に袖を引くローレンの横顔を見つめる。
どれだけそっけなく返しても、ローレンは当たり前のように距離を詰めてくる。ローレンのことが好きな葛葉にとっては、生殺しのような毎日だった。
「はい、じゃあ次、クラス代表リレーのメンバー決めるぞー。誰か立候補いるか?」
学級委員の声が教室に響く。
すると、前の席から椅子をひっくり返す勢いで振り返った男がいた。不破湊だ。
「はーい! 俺、第一走者やりまーす! ローレンも走るよな!?」
少し嫌そうな顔をした気がしたが、すぐニコニコになり「お、いいじゃん湊。俺、アンカー前の一番おいしいところで爆走しちゃおうかな」
ローレンが顔を上げて、不破と楽しげに笑い合う。
「じゃあ俺、その前の第二走者で。バトンは不破から受け取ってローレンに繋げばいいわけね」
不破の隣の席から、イブラヒムも気だるげに片手を挙げた。
その光景を横目で見ながら、葛葉は心の中で唇を噛み締めていた。
いつもこうだ、、不破には何も考えずに笑顔で甘え、イブラヒムには本音を漏らす。なのに、自分に対してだけは、甘えてくれてはいるが、どこか一線引いたような位置に置かれている。現に、リレーのバトンパスの組み合わせも、ローレンは自然と不破やイブラヒムとの繋がりを優先させていた。
葛葉はそこに割り込んで「俺にバトンを渡せ」などと言えるはずもなかった。ただただ、一歩引いた場所で悔しさに耐えるしかない。
「あ、そうだ。アンカーまだ決まってないじゃん。葛葉、お前走りなよ」
突然、ローレンが葛葉の顔を覗き込んできた。
「は……? なんで俺なんだよ」
「だって葛葉、文句言いながら走るのクソ速いじゃん。俺が繋いだバトン、葛葉がアンカーでゴールテープ切ったら絶対カッケーって」
「……チッ、しょうがねぇな。お前がどうしてもって言うなら、走ってやってもいいけど」
「あはは、サンキュ!」
そんな二人のやり取りを、前の席から不破がニヤニヤと見つめていた。
不破は机の下で、隣のイブラヒムの脇腹を小突く。ノートの端に『やっぱりあの二人、絶対両想いやって。ローレンもあんなに葛葉のこと特別扱いしとるし、俺の直感ガチで当たっとるわ』と書き殴って見せた。
イブラヒムは、不破から回ってきたノートの端のメモ書きを見て、静かにため息をついた。
イブラヒムはローレンが葛葉に向ける視線に、不破の言うような熱がないことを見抜いている。ローレンの態度は、本当にただの友達のそれだ。
だが、ここで否定して話をややこしくするのも面倒だったイブラヒムは、不破に向かって「かもな」とだけ小さく頷き、話を合わせておいた。
「ふぅ……やっと終わった。ホームルーム長すぎ」
放課後。チャイムが鳴ると同時に、ローレンが大きく伸びをした。
「ローレン、今日この後バイトだっけ?」
不破がカバンを肩にかけながら聞く。
「そうそう。駅前のカフェ。じゃあ、俺先行くわ!」
ローレンはいつもの笑顔で不破とイブラヒムに手を振り、最後に葛葉の席の前に立った。
「葛葉、リレーのアンカー、マジで頼んだからな。絶対1位取ろうぜ」
「……おう。お前が遅れなきゃな」
「へへ、任せろって。じゃあな!」
ローレンはいつも通りの調子で教室を出て行った。
コメント
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第2話、めっちゃ刺さったわ…! 葛葉の「他の二人には楽しそうに笑うのに俺には隙を見せるだけ」みたいな、報われない片思いの描写がリアルすぎて胸が痛い。イブラヒムが全部見抜いてるのに「かもな」で流す空気感も好き。俺はバトルジャンル専門だけど、こういうすれ違いラブコメもガチで刺さるから続き早く読みてぇ🔥