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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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パン屋の朝は早い。そして、忙しい。


毎日変わらないルーティンをこなしている間は、あまり頭を使っていなかったのだろう。昨夜、何時ベッドに入ったのか、覚えていないことに気がついたのは、朝食を作り終えた時だった。


リビングのソファーで寝ていたマーカスが、起きてきたのだ。

仮にも貴族の令息がソファーで、平民がベッドで寝るなどと良いのだろうか、と思ったが、マーカスは己を貴族とは名乗っていないのだから、後であれこれ言ってきたとしても問題はない。


あれ? 私、ソファーを使って、って言ったっけ?

ベッドの方が良い? とも言っていない。

そもそも、そんな押し問答をした記憶がない。


マーカスの方を見ると、軽いストレッチをして、体をほぐしていた。


今更、文句言わないわよね。衣食住の“食・住”は提供したんだから、言わせないわ。


気を取り直して朝食をテーブルに運ぼうと、手を伸ばした。すると、皿に触れた感触がないのにもかかわらず、すぐ目の前に、まさに運ぼうとしていた皿が現れた。


「これ、運んで良いんだよな?」


私が驚いた顔をしたせいなのか、マーカスは困ったように確認を求めてきた。


まだ、頭が正常に動いていないらしい。

朝食を二人分、作ったっていうのに。

でも、まさか貴族の令息が、手伝ってくれるなんて、誰が想像するだろうか。私はしないし、期待もしていなかった。


しかし、私が承諾すると、マーカスは慣れた手つきで、もう一枚皿を手に持ち、テーブルまで運んでいった。


考えてみると、十七歳で家を出て、今は十九歳なのだから、つまり二年もの間、放浪生活をしていたんだよね。貴族の令息が、しかも後ろ楯もなく旅をしていれば、色々あっただろうし、何でも一人でやらなければならなかっただろうな。


「いくらこれから世話になると言っても、全部俺に運ばせる気か?」

「うっ、さっきまで寝ていたんだから、それくらいしてくれても、良いと思うわよ」


前回撤回。皮肉を言う男には、これくらいで十分!


マーカスは小さく笑みをこぼし、キッチンに置いてあった最後の皿を取って、アンリエッタの後を追った。



***



パン屋の朝が早いのは、ギラーテの街が早いからでもある。


学者の街だからと言って、侮るなかれ。彼ら学者、もとい研究者には、時間と言う概念があまりない。いや、全くといっていい程ないのである。

だから、朝が早いのではなく、朝までかかってしまった、なってしまった、と表現した方がいいかもしれない。


「いらっしゃいませ」


オープンの札に切り替えると、今日の朝のお客さんが、待っていたとばかりに入ってきた。


先程挙げた徹夜明けとおぼしき研究者がふらふらと、幾人かやってきて、トレイにパンを乗せていく。食事よりも睡眠では、とは言いづらく、会計を済ませて出ていった。

また、研究室に籠るのか、心配になった。大事な常連さんなのだから。


入れ替わりに今度は、冒険者風の男がやってきた。


「あいつか?」


急に背後から耳元で囁かれ、体がビクリとなった。


そうだ。今、カウンター内には私だけじゃなかったんだ。


マーカスは、店内にいる深緑の髪色の男を凝視していた。明らかに、気に食わなさそうな顔をしている。

私は、溜め息を吐きたい気持ちを押し止めながら、


「違う」


マーカスを後ろの方へと押した。近すぎるのと、まだ出番じゃない、と言う意味を込めて。


すると、後ろからガシャンと大きな音が聞こえて振り向くと、こっちも不満げな茶色い瞳と目が合ったように感じた。けれど、それは気のせいだった。私を通り越して、後ろにいる者へと視線は向けられていた。


まったく、と思いながら、それを少し懐かしいとも感じてしまう。私も最初は、彼にそんな態度で接せられていたからだ。


「もう、乱暴に置かないで。壊れたらどうするつもりよ、ジェイク」


名前を呼ばれたジェイク・ジェンダーは、尚も答えない。


そう。ジェイクは極度の人見知りなのだ。どんな相手でも、最初はこのように態度が悪い。

それに気がつかなかった私は始め、別の理由で嫌われていると思っていた。


「今日は、エヴァンさんはどうしたの? ジェイク、一人なわけ?」


こっちには、遠慮なく溜め息を吐いて、話題を変えた。いや、これが本来の用件とも言える。


そもそも、ほぼ毎日朝パン屋に来るのは、兄のエヴァン・ジェンダーだ。ジェイクはその間、家で待っているか、外にいるかのどちらかで、滅多に顔を出すことはない。

代わりに、昼か夕方の方に顔を出すことが多いのだ。

どちらにしても、私にとっては有難い兄弟でもあった。


「兄貴は外で、ポーラと何か相談しているっぽいから、俺だけ」

「そっか」


ポーラ。ポーラ・フォーリーは、ジェイクたち兄弟とパーティーを組んでいる女性である。

彼女と話し込んでいるのならば、冒険者関係の仕事のことなのだろう。

タイミングが悪い。この街で気軽に頼める冒険者は、エヴァンさんしかいないのに…。


「兄貴に用なら、連れて来ようか」

「……うーん。ポーラさんと相談している最中なら悪いわよ。だから、暇な時に寄ってもらえるように、頼める?」

「……そいつが関係してんの?」


ジェイクが顎で、未だアンリエッタの後ろにいるマーカスを指した。


まだ機嫌が悪そう。器用に人見知りするんだから。


「あー、えーと」


そうだった。マーカスについて、どう紹介するべきか。いや、それは昨日話し合ったんだから、その通りに……。


「「実は……」」


まさに説明しようとした瞬間、自分の口から出た言葉と同じ響きが、すぐ後ろから聞こえてきた。しかも、タイミングが合ってしまい、ハモるような形になってしまっていた。


それが恥ずかしくて少し俯くと、突然マーカスに肩を掴まれた。


「……実は私、アンリエッタの兄で、マーカスと言います」


だ、誰? 今、“私”って言った? 昨日も今朝も、“俺”って言っていたような気がするんだけど。しかも、ジェイク相手に敬語を使うなんて……。


「あんま似てないけど、兄妹なんていたんだ」

「ジェ、ジェイクだって、エヴァンさんとあんまり似ていないじゃない? 髪と目の色以外は」


見た目も中身も正反対じゃない。


「はっ。悪かったな。どうせ、俺は兄貴と違って、出来が良くないんだよ」

「そこまでは言ってないでしょ。何でも卑屈に捉えるのは、ジェイクの悪い癖よ。似てない兄弟もいる例えとして、分かり易いと思って言っただけなんだから」

「……分かってるよ」


ジェイクの気持ちが理解できる分、アンリエッタは苦笑いした。


前世の私と兄の関係も、似たり寄ったりだったからだ。

何もかも違い過ぎていて、母親に本当に血が繋がっているのか、確認したほどである。

他人を羨まず、兄を常に羨んでいた。兄は自由で何もかも許されているのに、どうして私だけダメなのかと。同じ兄妹なのに……と。


とりあえず、今はマーカスと偽装関係なので、これくらいのフォローで大丈夫だろう。ジェイク相手なら、深く追及はしてこないはずだから。


マーカスからの視線を感じ、アンリエッタはハッとなった。


「ご、ごめん。えっと、ジェイクって言って、常連さんの弟なの」


そう紹介したが、ジェイクは会釈さえもしなかった。

まぁ、期待なんてしてなかったけど、何だろう。少し腹立たしい。

落胆も苛立ちも、相手に対して何かしら期待をするからだと、聞いたけど違ったかな。


「そうか。それじゃ、親切にしないといけないよな」

「お客さんには、親切に、よ?」

「お客さんには、だろ?」


何故だろう。マーカスの“お客さん”と言う響きが、不穏に感じるんだけど。きっと私同様、ジェイクの態度が悪かったから、機嫌を損ねたんだろう。

マーカスの不敵な笑みを見ながら、そう思うことにした。



***



朝の七時半から開けていた店を、今日は八時半に閉めることにした。


ジェイクが、普段エヴァンさんが買っていく量よりも、多めに買っていってくれたからだ。おそらく、ポーラさんの分が含まれているのだろう。


完売しなくても、完売近くなったら店を閉めることにしている。たった二、三個のパンの為に開けているのは、効率が悪いからだ。

余ったパンは、その日の昼食に。昼なら、夕食に。夕方なら、夜食……ではなく、次の日の朝食にしている。


効率と生産性を重要視しなければ、一日三回はお店を開けることはできない。ちなみに今更だが、お店の名前は『ジルエット』という。


「すまない。もう店仕舞いだったか?」


閉店の準備をし始めた矢先、ドアからエヴァンが現れた。アンリエッタは顔を綻ほころばせたが、次の瞬間ハッとなり、眉を顰めた。


それはジェイクが、きちんとエヴァンに伝えたのか分からなかったからだ。

何故かと言うと、ジェイクには前科がある為、どうしても疑わざるを得なかった。


あれはまだ、エヴァンと知り合ってから少ししてからの頃。パン屋だけでは心もとなく感じたアンリエッタが、エヴァンにそのことを相談した。

すると、何か得意なことはないのか、と聞かれたアンリエッタは一瞬、神聖力が頭を過ったが、それは秘密にした。


冒険者であるエヴァンに知られたら、同行を求められてしまうかもしれないと思ったからだ。それによって、教会に見つかる可能性が、1%でも増えてしまうのが怖かった。


アンリエッタが育った孤児院はマーシェルに属している。騎士の国であるマーシェルの教会は、神聖力を持った子供は重宝されていた。何故なら、教会の後ろ楯でもある聖騎士団の助けとなるからだ。さらに力が強い者は、国の騎士団へと出向させられ、教会と国のパイプ役をやらされることもある。


だから、大事になる前に逃げた。いや、大事になりかけていた、というのが正確だった。


もう探していないと良いけど……。


ともあれ、他に得意分野を探してみたところ、パン屋兼自宅の裏に、小さいが畑を作れるスペースがあることに気づき、そこで薬草を育てることにした。その薬草に神聖力を注げば、より性能の良い物が作れるのではないか、と思ったからだ。


それを提案すると、エヴァンはさっそく畑作りから苗まで、色々と準備を手伝ってくれた。

ジェイクという、もう独り立ちしていても良い年齢の弟を、未だに面倒を見ているだけのことはある、と尊敬した。


だが、そのジェイクが問題だった。


その日、薬草の出来を見て欲しいから、エヴァンさんを呼んできて、とジェイクに頼んだ。が、何時間経っても、エヴァンはやってこなかった。


忙しいのか、それとも見捨てられてしまったのか。

落胆は大きかった。


しかし、次の日の朝、パンを買いに来たエヴァンにより、事が発覚した。

ジェイクが伝え忘れていたと言う事実を。


その日以来、アンリエッタはジェイクをエヴァンの弟だからと言って、信用するのを止めた。歳は一つ下だが、五、六歳下の子供だと思うようにした。


「うん。もう、数も少ないしね。もしかして、買い足しに来たの? ポーラさんが来ているって、ジェイクから聞いたよ」


ジェイクが伝えていないことを前提で、返事をした。


「違う、違う。……その、なんだ。何か困ったことでも、あったんじゃ、ないのか?」


エヴァンが少し辿々しく言いながら、店内で空いたトレイを片付けてくれているマーカスに視線を向けていた。


どうやら、ジェイクは“用件”ではなく、“マーカス”の方を伝えたらしい。期待を裏切らないヤツめ!

おおよそ、ジルエットに知らない男がいた! とか、兄を名乗る男が居座っている! とか、そんなところだろう。


アンリエッタは誤解のないよう、エヴァンにマーカスのことを説明した。


元々行商をしている親の護衛をしていたが、その必要がなくなった為、私の手伝いにやってきたこと。しかし、私の手伝いがあまり必要ではないようなので、この街で仕事をすることにしたこと。護衛をしていたことから、私が冒険者としての仕事を薦めたこと等々。


「そんなわけで、エヴァンさん。頼めませんか?」

「それは大丈夫だ。まぁ、なんだ。とりあえず、問題なさそうで良かった。ジェイクが『怪しいヤツが居座っている。アンリエッタは抵抗できないみたいだから、助けに行ってくれ』と言ってきてだな」


何だそれは。的外れも大概にしろ!


「どうも、初めまして。アンリエッタの兄で、マーカスと言います。エヴァンさんには、アンリエッタが随分とお世話になっているようで、その上私まで面倒をかけることになるとは、申し訳ありません」


マーカスが店の奥から出てくると、さっそくジェイクの訂正も兼ねて、丁寧に挨拶した。

本日二度目になるマーカスの敬語に、慣れないのもあってか、平静を装うのが大変だった。


貴族なのだから、全然おかしくないはずなのに、どうしてかな。


「エヴァン・ジェンダーだ。こちらこそ、ジェイクが迷惑をかけたんじゃないだろうか。あいつは良くも悪くも、自分の都合良いように解釈するところがあるから」

「それはお互い様では? それに、警戒されるのは慣れているので。むしろ、あなたが私に警戒しない方が、気になりますね」

「俺のはクセだ。せこいと思うだろうが、ジェイクが俺にとって、物差しになっているんだ」


エヴァンは苦笑いしながら答えた。


いつまでもジェイクが心配で、一緒にいるのかと思っていたが、この二人は互いに一方通行ではなかったことに驚いた。


人付き合いが悪いジェイクをフォローするエヴァン。

お人好しで人を見る目がないエヴァンの物差しになるジェイク。


羨ましいと思う反面、


「それくらいエヴァンさんの役に立たないと、割に合わないんじゃないですか?」


迷惑賃が高いように感じてしまう。

そしてもう一つ、気になることがあり、アンリエッタは口に出した。


「でも、ジェイクって誰にでも、同じ態度を取っていません? 私にも、マーカスと変わらない態度でしたよ」

「そこは兄の特権というやつだよ」


するとエヴァンは、はにかみながら、アンリエッタの頭を撫でた。

いつの間にかアンリエッタの後ろにやってきたのか、なるほどと言いながら、マーカスはアンリエッタの肩を掴んで、後ろに軽く引っ張った。


「す、すまない」

「いえ、一応可愛い妹なので」


そんな兄妹アピールは必要? とマーカスに視線を向けると、笑顔で返された。

そう。必要ならしょうがない。


「両親からも、念を押されて来ているんですよ。女独り身で、しかも店まで出しているので、心配しない方がおかしいと思いませんか?」


まぁ実際、ギラーテに店を出すと宣言した時、初めは反対されたし、心配もかけた。度々、ギラーテに寄る時も、困ったことはないかと言われていた。


でも、本当に助けがいる時に助けてくれたのは、エヴァンさんだったから、そこまで線を引くようなことをしなくても……。


「マ、マーカス」

「うん?」


後ろを向いて、抗議をしようとした瞬間、一言も言わせてもらえず、エヴァンに遮られた。


「アンリエッタ。いくらこの街の治安がそんなに悪くなくても、そこそこ危ないことは変わらないんだ。まぁ、これからはお兄さんがいるから、心配ないだろう」

「やっぱり、絡まれたりしていたのか」

「え?」


やっぱり、って何? そう思っている間に、マーカスに真剣な顔で、肩を掴まれた。


はっ。兄妹アピールね。兄妹アピール。


「えっと、開けている時間が短いから、あまり変なお客さんは、いなかったから大丈夫よ」

「本当か?」

「今朝だって、変なお客さん、いなかったじゃない」


マーカスからしたら、ジェイクが変なお客さんに見えるかもしれないが。とりあえず良い兄アピールは、この辺で止めて欲しい。


「まぁまぁ、マーカスさん落ち着いて。妹が心配だった気持ちは、同じ兄として分かるけど」


さすがジェイクと違い、兄妹ということを、信じてくれたようだった。いや、そういう所が、ジェイクと似ているのかな。


マーカスの手をぽんぽん軽く叩いて、もういいと無言で伝えた。


「……マーカスで構いません」

「なら、俺もエヴァンで」


その後二人は、しばらく店内で話し合っていた。

マーカスの手腕に感心しながらも、同じような手で丸め込まれたことに、アンリエッタは溜め息をついた。


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