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それからしばらく、彼氏は家に帰って来なかった。
カトクの返信は一つもない。
私は、捨てられたのかな……
今頃別の女の子と一緒にいるんだろうなと思うと、涙が溢れて来た。
こんなことになるなら、同棲するんじゃなかった。
家に帰ると、彼氏と幸せに過ごしていた日々を思い出して、辛くなる。
帰りたくないな……
退勤してHYBEの社屋を出ても、何となく足は帰路から遠ざかっていった。
当てもなく街を彷徨っている内に……
「あれ?もしかして…」
帽子とマスクを着用した怪しげな男性が、私に近づいて来た。
ん?この声ってもしかして…!?
私「テヒョン!?どうしてこんな所に?」
テテ「ヌナこそ、こんな時間に何してるの?」
私「えっと……」
テテ「女の子ひとりでこんな時間にうろうろしてたら危ないよ」
私「………」
テテ「…もしかして、彼氏と何かあった?」
私の顔を覗き込んだテヒョンが、心配そうに訊いてくれた。
顔には出さないようにしていたけど…もしかして、泣きそうな顔になっていたかもしれない。
テテ「やっぱり…!ヌナ、おいで。話聞いてあげる」
テヒョンに連れられて来たのは、地下駐車場。
テヒョンはすたすたと歩いて、一台の車へ向かっていく。
見るからに高級車だ。私は車に疎くて、車種が分からないのが悔しい…
風を切って大股で歩く姿も、さらさらの前髪が風になびくのも、軽く羽織ったシャツがはだけてインナーのノースリーブと素肌が覗くところも、ポケットからサッと遠隔キーを取り出して車のロックを解除する所も、まるでドラマのワンシーンのようにスマートで、格好良かった。
テテ「ヌナ、助手席乗って。少しドライブしよ」
私「う、うん」
テヒョンが助手席のドアを開けてくれたので、私はそこに乗り込んだ。
ドライブって、どこに行くんだろう。
何にしても、あまりテヒョンに迷惑を掛けないように、話が終わったら早めに帰らなくちゃ。
私「あ、あれ、シートベルトは……」
初めての車に乗る時って、シートベルトの場所とか分からないよね。
私が助手席でキョロキョロしていると、車外にいたテヒョンがぐっと身を乗り出してきた。
私「わ…!?」
びっくりしたけど、黙ってされるがままに。
テヒョンは私のシートベルトを付けようとしてくれていた。身を乗り出した拍子に、私の胸とテヒョンの顔が触れそうになって…
私「…!////」
(こんなのキスの距離じゃん…!!////)
シートベルトが、バックルにカチャンと差し込まれた。
テテ「できたよ」
私「ありがと…////」
バタンと助手席のドアを閉めてくれたテヒョンは、そのまま何事も無かったかのように運転席に乗り込んで、エンジンを掛けた。
・
・
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テヒョンが運転する高級車は、夜の街を滑るように走って行く。
ネオンライトや、テールランプ。信号機の明かり。街路樹を照らす街頭が、テヒョンの美しい横顔を照らしていく。
本当に、車を運転しているだけでも絵になる男の子だ。
そういえば、年下の男の子の車に乗るのって、初めてだ。
テヒョンの横顔を盗み見ていると、不意打ちのように目が合った。
私「……!」
テテ「何?」
私「あ…なん、何でもない…!」
テテ「そ。」
見惚れてたって、言っても良いのかな。
テヒョンはアイドルだし…そんな言葉、毎日のようにARMYから言われてるよね。
私「ド、ドライブって、どこまで行くの?」
多分、10分くらいは走ったと思うけど……
テテ「ん…好きな女の子を隣に乗せていたいだけ」
私「…えっ?」
テテ「嘘だよ。この先、夜景が綺麗な場所があるんだ」
今、テヒョンは何て言ってた?
……聞き間違いかな……
顔を赤くして俯いた私の頭に、何かが触れた。
テヒョンの手だった。
優しく撫でるように、髪に触られて……
私「な、なに…?」
テテ「可愛いなと思って」
私「可愛い…?私が…?」
何かの間違いだろうか。
テテ「着いたよ」
テヒョンが車を止めたのは、埠頭だった。
海は真っ暗だったけれど、街の明かりを受けて水面がキラキラ輝いている。
海の上に、静かに浮かんでいる月。
ーーこれをロマンチックと言わずに、何と言うのか。
その後、テヒョンに促されて、私はぽつぽつと話し始めた。
彼氏が家に帰って来ないこと。
カトクもスルーされていること。
きっと他の女の子の家に行ってる…ということ。
彼氏に束縛されて、暴言やDVを受けても我慢していたけど…
もしかして、これは『普通』では無いんじゃないかって、思い始めたこと。
テヒョンは私の話を遮らずに聞いてくれた。まるで夜の月みたいに、私の心を優しく照らしてくれているようだった。
テテ「それで、これからヌナはどうしたいの?」
私「分かんない…分かんなくなっちゃった」
テテ「僕は、ヌナにはずっと幸せでいて欲しい」
私「幸せ…?」
テテ「幸せでいてくれなきゃ嫌だよ」
テヒョンはそう言って、私の手を握った。
私「今は…幸せでは無いかな…」
テテ「どうしたらヌナは幸せになれる?」
私「……彼が、私を愛してくれたら…」
テテ「それって、その人じゃないといけないの?」
私「え?」
テテ「僕が、ヌナのこと愛してるって言ったら?」
今、テヒョンは何て…?
テテ「初めてヌナを見た時から気になってた。なんて悲しそうな目をしてるんだろうって。それからヌナを見ている内に、彼氏がいるってことを聞いて、でも諦められなくて…気付いた時には、もう好きだった」
私「そんなこと…急に言われても…!」
テテ「困るよね?」
私「…うん…」
テテ「ごめんね。今辛いのに。ヌナの気持ちも考えなきゃ」
私「………」
狼狽える私。
テテ「でも、僕がいつもヌナのこと考えてるって知って欲しくて」
私「…テヒョン…」
テテ「分かってる。今の彼氏とのこと、はっきりさせないといけないよね」
私「…うん……」
テテ「今すぐ結論を出せないのは分かるよ。でも僕が彼氏になったら、ヌナをこんな風に泣かせたりしない」
テヒョンの話を聞きながら、私は知らず知らずの内に涙を流していた。
テヒョンはそれを優しく拭ってくれる。
テテ「彼氏のこと、ヌナが大切に思ってるのも分かる。だから……待ってるから」
私「…うん……」