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「どうしたの?」
「私が自由なのは、私を気にかける人が誰も居ないから。何でも一人で決めるのはそうするしか無かったから。羨むような環境じゃないでしょ」
「……でも、私も沙雪みたいに強くなりたかったの。自分の意見をちゃんと言えて、一人で生きていけるように」
「雪香には無理じゃないの?」
はっきりと言い切ると、雪香の顔が一気に曇った。
「だって私の所にすら一人で来れないじゃない。結局今も蓮に頼ってる」
「そ、それは……」
言い返せない雪香に、私は更に追撃する。
「雪香は確かに辛い環境に居たのかもしれない。だからといって雪香のやったことは許せない。自立したいなんて言ってるけど、本当に自分の行動に責任とれる訳?私だけでなくミドリの家族までバラバラにしてどうする気なの!?」
感情的になる私に、雪香は恐れ体を震わせた。
「沙雪! もう止めろ!」
蓮が雪香を庇い、大声を上げた。
「蓮は黙ってて!」
「黙らない、聞け! 雪香は本当に後悔して反省している。謝りに来たのだって自分が楽になりたいからじゃない。思い込みや怒りを捨てて話を聞いてやってくれ」
蓮は萎縮したように、小さくなっている雪香の代わりに頭を下げる。
何も分かっていない。蓮がそうやって雪香を庇う程、私は頑なになってしまうのに。
この怒りが嫉妬だと自覚している。
一時でも心を開いた蓮が、雪香を助けている姿を見るのが苦しかった。
やっぱり私は間違っていた。最初から心を許さなければ、傷付く事なんて無かったのに。
もう一人になりたかった。
「……出て行って、もう謝罪は聞いたんだから、これ以上話す必要は無い」
蓮への好意を断ち切るように言い、二人を視界から外した。
「沙雪!」
蓮は私の態度に腹を立てたようだったけれど、私はそれを無視した。
しばらく続いた気まずい沈黙の後、雪香が躊躇いがちに口を開いた。
「今までのこと、ちゃんと話を聞いて欲しかったけど、沙雪には迷惑でしか無いんだね」
「……初めからそう言ってるでしょ?」
私は雪香に視線を戻しながら言う。雪香は悲しそうに頷いた。
「分かった……帰るね」
雪香はそう言いながらも。もなかなか動かないでいたけれど、しばらくすると諦めたようで立ち上がった。
蓮も雪香に続く。その顔は冷たく険しかった。
玄関に向かっていた雪香が立ち止まり、振り返った。
「沙雪の言う通り、私は蓮や周りに頼ってばかりだったけど、これからは変わりたいと思ってる」
「そう、それなら二度と私の名前を使ったりはしないで」
素っ気なく言うと、雪香は私から目をそらした。
「それについては、本当に悪かったと思ってるの」
「もう今更いいから、早く帰って」
また話が元に戻りそうでうんざりした。
でも雪香は気が済まないようで、早口で訴えて来た。
「本当は以前にも一度来たの、沙雪に事情を話して謝りたくて……でもこの部屋の前に来たら怖くなって引き返してしまった。沙雪が怒るのは分かってたから。今日蓮について来てもらったのはまた逃げ出さないように見ていてもらいたかったの」
「そんな話信じられない」
私がそう呟いたのと同時に、聞き慣れたクラッシック音楽が耳に届いた。
三神さんが帰って来たのだろう。
揉め事を聞かれたくなくて、雪香と蓮に早く出て行ってもらおうと考えてると、雪香が三神さんの部屋の方に目を向けた。
「この曲……」
知っている曲なのか、興味を惹かれたように三神さんの部屋側の壁をじっと眺めている。
「前に来た時もこの曲が流れてた。沙雪の部屋の前で悩んでいる間、何回も聞いた」
雪香の言葉に私は眉をひそめた。
「それっていつの話?」
「え……あの、半年以上前。沙雪がここに引っ越して来て間もない頃」
その答えに、私は大きな溜め息を吐いた。雪香の嘘には、もううんざりだ。
半年前、三神さんはこのアパートに住んでいなかったのだから、雪香がこのクラシック音楽を聞いているはずが無いのに。
「本当に大嘘つきね…… 今度は何を企んでる訳?!」
軽蔑の目を雪香に向ける。すると雪香は信じられないといったように、目を見開いた。
「嘘なんてついてない、どうしてそんなこと言うの?」
「隣の人はね、最近引っ越して来たばかりで、半年前はいなかったの」
「え……でも、私は確かに……」
雪香は困惑したように、視線を泳がせる。
「本当に雪香には呆れる。見え透いた嘘ばかりで。もう話したくないから早く帰って」
雪香は泣き出しそうなのを堪えているかのように、唇をかみしめた。
「信用してもらえないのは自業自得だって分かってる。でも本当に嘘じゃないから」
「そう」
冷たく聞き流すと、雪香は肩を落として蓮と共に玄関のドアを開け出て行こうとした。
先に蓮が出て、それに続こうとした雪香は最後に悲しそうな顔で振り返った。
「沙雪が私を受け入れくれないのは仕方ないのかもしれない……でも蓮は何も悪くないでしょ? 全てを拒絶しないで、沙雪がいくら強くても一人じゃ生きてはいけないんだよ」
心配そうな表情はとても演技とは思えなかったけれど、その言動は私の神経を逆撫でした。
「私に偉そうなこと言う前に直樹に償ったらどう? どれだけ恥をかかせたか分かってるの? それから緑川家の人達にも!」
一気にまくし立てると、私は雪香を玄関から押し出してドアを閉めた。
鍵をかけ、ロックをするとフラフラと部屋の奥に戻った。最後に雪香に言われた言葉が、胸に突き刺さっていた。
怒りや悔しさ、沢山の感情が湧き上がって来て苦しくて仕方なかった。
雪香に言われなくたって分かっている。
私は一人で生きていける程強くない。
今だって、蓮が雪香と行ってしまった事が悲しくて仕方ない。
本当は行かないで欲しかった。
でも、素直に本心を言えなかった。蓮は何があっても雪香の味方だと分かっているのに、弱いところを見せられない。
もっと広い心で雪香を許せば良かったのだろうか。
そうすれば一蓮に冷たい目を向けられる事も無かったし、今孤独を感じていなかったはず。
だけど……たとえ一人にならなかったとしても、胸の痛みはきっと無くならない。
私は蓮に、雪香より大切にしてもらいたかったのだから。
ずっと心の底ではそう願っていたのだと、今頃になって気が付いた。