初夏。
宵の口と言われる、日が暮れて間も無い時間に、マンションの屋上で、空の薄い青が黒く変わるのを一人眺めている。
ずっとこうしていたい、何て思いをぼんやり抱きながら過ごしていると、初夏と言えど充分汗ばんだ私の服や頬がひんやりとした微風に撫でられた。
重い制服のスカートがふわりと風に煽られるのを感じていると、 ガタン と後ろから扉の開く音が聞こえた。
音の先にゆっくりと視線を運ばせると、季節にそぐわない厚手のパーカーを着て深くフードを被った男の人が入ってきた
「いやぁ、やっぱこのカッコじゃ暑いか~」
スウエットのポケットに手を突っ込んでフラフラ歩きながら呑気に一人で話している。
「ん?…何してるの君」
「貴方こそ」
話しかけられるとは思っていなくて、質問で返してしまった。
「俺は黄昏に」
「へぇ?」
「興味無さそ~」
此処は私が知る気持ちを落ち着かせるのに丁度いいスポットだったのに。人が居るなら場所を変えよう、残念だけど。
柵に手をかけるのを辞めて扉に向かって足を動かすと、また一言投げられた
「俺は話したよ?黄昏にって、君は?」
「、、、、」
「俺と同じ理由?」
「まぁ、そんなところです。」
ここにいる訳を長々と話すのも面倒で、適当に返事を返す。
「その制服、彼岸高等女学校?」
「、、まぁ、」
「彼岸高等女学校」私の通っている学校の名前だ。名は彼岸花が校舎近くに多く咲いていることから付けられたらしい。そして、学校の校章にも、彼岸花が用いられている。
「お嬢様校でしよ?あそこ」
「別に、そんなわけじゃ、」
「偏差値も高いし、制服も可愛らしいよね。」
「、、名前、教えてください。」
なんの文脈もなく一言言うと
「名前?いいよ」
「俺は夏に生きるで夏生」
「君は?」
「私は、澪です」
「澪ちゃんね。よろしく〜」
下の名前しか名乗らなかった私も悪いと思うが、もう軽々しく「ちゃん」をつけて呼ばれた。
ぼうっと彼のフードと髪の間に目をやる。
すると、少しだけこちらを見て、くすりと笑った
「俺のことは、夏生でいいよ」
呼び名に困っていると思われたらしい。
「、、、、夏生さん、」
呼びようがない、それしか。下の名前しか知らないのだから。
「ん〜?」
柵に背中を預けしゃがみこむ夏生さんの隣に同じくしゃがむ。
「いくつですか?」
恐らく私よりは上だろう、大学生か、、?
「え〜いくつに見える?」
「真面目に聞いてるんですが、」
「女の子ってこういうのするんじゃないの?」
「少し歳のいった人ですよ。それするの」
「そぉ?まあいいか」
「俺は21歳大学生だよ」
当たった、大学生か。
「タバコ吸ってもいい?」
質問に答えると、ゴソゴソとポケットの中を漁って煙草の入った箱を取り出した
「どうぞ」
今どき、紙なんて珍しいなぁ、なんて吸ったことすらない私がふと思ってしまった。
「で、本当はここで何してるの?」
夏生さんは、立ち上がって柵に片手をかけ、片手に煙草を持ち、煙を吐き出しながら私に聞いた。
ドキリと跳ねた心臓を抑え立ち上がると、その時私のスカートがまたスカートが風に煽られた。
次はもっと強く、向かい風だ
その拍子に、今まで深くかぶられていた夏生さんのフードが脱げた。
その時に見えた夏生さんは、 想像以上に儚かった。
肩までの絶妙に長い伸びっぱなしのウフルカット。
目が隠れるぐらいの薄い前髪、
薄紫に染められた髪が風で揺れる。
「綺麗、」
なんて、相手をガン見してふと口に出てしまった。
「ありがとう」
ふは、と軽く笑い出しながらこちらを向いて答えてくれる。笑った拍子に閉じた目をゆっくりと開く。
垂れた目、優しい目だった。
この人になら、話せる、
私がどうしてここにいたかを。
「—–あの」
キーンコーンカーンコーン
「18時か、、あ、何か言った?」
「いえ、何も、、」
邪魔されてしまった
田舎の名門校、彼岸高等女学校のチャイムを心の中で恨む。
「そろそろ戻らないとだ、」
「そうですか、」
「じゃあね」
ヒラヒラと手を私に振って、扉の先へ足を運んでいる
「はい。」
「明日またここで。」
「え?」
勝手に約束を取り付けて帰ってしまった。
「、、、風、気持ちいいなぁ、」
振り返りまた夕陽を眺める。
ここに来ればいい。今日と同じ時間
この「宵の口の屋上」に
そうすれば、何か変わるかもしれない________
コメント
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最近一寸捻れてる感じの話しか見てなかったから心が浄化されました…… 文章も上手だし雰囲気が好きです! 続き楽しみに待ってます!
儚い感じが好き🫶💕