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タクヤ
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【 第2話 】 秀哉 視点 .
「 その顔、たぶん世界で一番きれい 」
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政裕さんはカメラの前じゃなくて、少し横に立っていた。
ライトの外。
でも、なぜか一番視界に入る場所。
ポーチを開けて、ブラシを一本だけ取り出す。
「 秀哉 」
「 はい 」
呼ばれて、反射的に顔を上げる。
その瞬間。
「 動かないで 」
低い声。
次の瞬間、頬にほんの少しだけ影が落ちた。
⸻
触れたのは、指じゃなくてブラシだった。
でも、それ以上に距離が近い気がする。
政裕さんは無言で、目元のメイクをほんの少し直す。
削るみたいにじゃない。
“ 整える ” みたいに。
⸻
「 ……今の顔、ちょっと固いかも 」
ぽつりと言う。
「 さっきまでは良かったんだけどな」
「 それ、プレッシャーのせいじゃないですか 」
「 違うから 」
即答。
ブラシが止まる。
政裕さんは一瞬だけ、俺の目を見る。
⸻
「 “ 見られてる顔 ” になってる」
その言葉が、妙に刺さる。
見られるための顔。
仕事用の顔。
癖で作る表情。
全部バレてるみたいで、少し息が詰まる。
「 じゃあどうすればいいんですか 」
気づいたら、そう聞いていた。
政裕さんは少しだけ間を置いて、
「 今、考えてること一個だけ残して 」
と言った。
「 他は全部、いらないから 」
意味がわからないのに。
… そのまま数秒。
スタジオの音が遠くなる。
ライトの熱だけが残る。
・
「 OK 」
政裕さんが言う。
カシャッ、とシャッターが鳴る。
「 ……今の 」
カメラマンが小さく息をのむ。
「 さっきまでと全然違う 」
周りにいる誰かが言う。
でも俺はまだ、自分が何を変えたのか分からない。
まーくんはブラシを戻しながら、静かに言う。
「 今のが “ 素 ” に一番近い 」
「 そうなんですか? 」
「 うん 」
即答。 迷いがない。
少しだけ沈黙。
そして最後に、
「 秀哉 」
「 はい 」
「 メイク、もう一回ちゃんと仕上げる 」
そう言って、また近づいてくる。
今度はさっきより、ほんの少しだけ距離が近い。
そしてスタジオの空気が、また変わる。
さっきより静かで。
さっきより、逃げ場がない。
でもなぜか _
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政裕さんは、またポーチから別の道具を取り出した。
今度はブラシじゃない。
細いスティック。
ほんの少し色が乗っている。
「 動かないで 」
さっきと同じ言葉。
下唇に、軽く何かが触れる。
ほんの一瞬。
なのに、やけに意識がそこに残る。
「 ……これ、必要なんですか ? 」
「 必要 」
何回もされた即答。
また間もなく、次の一手が入る。
迷いがないのが怖いくらいだ。
・
「 秀哉 ってさ 」
不意に、政裕さんが言う。
作業しながら、視線は落としたまま。
「 普段、人に合わせるの得意でしょ 」
「 ッ ……なんでわかるんですか 」
「 顔 」
短いいつもの一言。
でもそれ以上に、何かを見抜かれている感じがする。
手が止まる。
政裕さんはそこで初めて、ちゃんと目を合わせた。
「 今もそう 」
「 今も ? 」
「 “ こうした方がいい顔 ” しようとしてる」
胸の奥が、少しだけ引っかかる。
否定したいのに、言葉が出ない。
政裕さんはため息でもなく、ただ事実みたいに続ける。
「 それ、仕事ではいいけど 」
「 …… 」
「 今は違う 」
・
一瞬、静かになる。
スタジオの音が遠い。
ライトの熱だけが残る。
・
・
「 今は ? 」
俺が聞くと、
政裕さんはほんの少しだけ間を置いて、
「 撮る側が、そうしたいから 」
そう言った。
・
意味が分からないのに、変に心臓が跳ねる。
「 じゃあ今、どうすればいいんですか 」
さっきより少しだけ小さい声になる。
政裕さんはスティックを戻しながら、
「 何もしない 」
と言った。
「 何もしないって…… 」
「 そのまま 」
逃げ道みたいな言い方だった。
・
そして、ほんの少しだけ距離を詰める。
ライトの下で、影だけが重なる。
政裕さんの指先が、もう一度だけ頬に触れる。
今度はメイクじゃない。
位置を確かめるみたいな、軽いタッチ 。
「 ……今 」
小さく言う。
「 余計なこと、考えてない顔してる 」
その言葉に、なぜか少しだけ呼吸が乱れる。
カシャッ。
シャッターが鳴る。
一度じゃない。
続けてもう一回。
カシャッ、カシャッ。
✦・・┈┈┈・・✦・・┈┈┈・・✦
「 ……今のやばい 」
カメラマンの声が小さく漏れる。
誰かが息を呑む気配。
でも政裕さんは、何も言わない。
ただ、少しだけ口元を緩める。
それだけ。
・
「 秀哉 」
「 はい 」
「 今の感じ、忘れないで 」
「 忘れないでって…… 」
「うん 。 絶対 」
・
・
そして最後に、ぽつり。
「 その顔、たぶん世界で一番きれい 」
その瞬間、スタジオの明かりがやけに遠く感じた。
なのに、政裕さん の声だけは、やけに近いままだった。
・
・
・
✦・・┈┈┈・・✦・・┈┈┈・・✦
最後のシャッターの音が止まる。
最後の一枚が切られたあと、スタジオは一瞬だけ完全に静かになった。
さっきまで鳴っていた機材の音も、誰かの小さな声もない。
ただ、ライトの熱だけが残っている。
「 ……OK、終了です 」
カメラマンの声がようやく空気を戻す。
その一言で、張りつめていた糸がゆっくりほどけていく。
・
・
「 お疲れさまでしたー! 」
スタッフの声が重なる。
一気に “ 現場 ” が “ 日常 ” に戻る瞬間。
でも俺は、まだその切り替えがうまくできなかった。
政裕さんの言葉が、まだ耳に残っている。
「 その顔、たぶん世界で一番きれい 」
・
・
・
気づいたら、政裕さんはもう 、少し離れた場所でポーチを片付けていた。
さっきまでの距離が、少し戻っている。
それなのに、妙に遠く感じない。
✦・・┈┈┈・・✦・・┈┈┈・・✦
「 秀哉 さん 。 」
チーフが近づいてきて、軽く頭を下げる。
「今日は本当にありがとうございました 。あの空気から、一気に変わりましたね 」
「……いえ、これは政裕さんのお陰で 笑 」
笑って返す。
でも本当は、自分でもよく分かってない。
ふと視線を上げると、政裕さんと目が合った。
たったの一瞬。
ほんの一瞬だけ。
でも、逸らされない。
「……」
政裕さんは何も言わない。
ただ見ている。
仕事終わりの目じゃない。
評価でもない。
少しだけ、温度のある視線。
先に目を逸らしたのは俺の方だった。
なんか、耐えられなかった。
「 じゃあ、今日はここまでで 」
チーフの声が締める。
「 みなさん本当にお疲れさまでした! 」
スタッフが片付けに入る。
ライトがひとつずつ落ちていく。
スタジオがゆっくり暗くなる。
荷物をまとめながら、出口の方へ向かう。
その途中で、後ろから声がした。
「 秀哉 」
足が止まる。
振り返る。
政裕さんが立っている。
ポーチを肩にかけたまま。
もう完全に
「 今日 」
短く言って、少し間を置く。
「 悪くなかった 」
たったのそれだけ。
「 ……それ、褒めてます ? 」
「 うん 」
⸻
一拍。
沈黙。
⸻
「 じゃあまた 」
政裕さんがそう言う。
それだけで終わるはずの言葉なのに、少しだけ残る。
⸻
「 また……って、次もあるんですか ? 」
思わず聞いてしまう。
政裕さんは一瞬だけ考えて、
「 あるんじゃない ? 」
と言った。
⸻
それから少しだけ口元を緩める。
「 秀哉 、使いやすいから 」
「 それほんとに褒めてます? 」
「うん」
と 、また即答。
⸻
変な人だと思うのに。
⸻
スタジオのドアを出ると、外の空気が少し冷たかった。
さっきまでの熱が、一気に引いていく。
でも頭の中だけは、まだ熱いまま。
「その顔、たぶん世界で一番きれい」
その言葉だけが、ずっと残っていた。
そして背後で、ドアが静かに閉まる音がした。
今日が終わる音みたいだった _ 。
・
・
・
✦・・┈┈┈・・✦・・┈┈┈・・✦
ドアが閉まった音が、やけに遠くで鳴った。
そのあとに残ったのは、静けさだけだったはずなのに。
なぜか、頭の中だけうるさい。
⸻
「……はぁ」
気づかないうちに息が漏れる。
疲れたからじゃない。
終わったからでもない。
何あれ …
さっきの光景が勝手に再生される。
ライトの下、あの目。
あの距離。
あの声。
そして 、あの言葉 …
「その顔、たぶん一番きれい」
たったそれだけの言葉なのに。
ずっと残ってる。
・
駅までの道を歩く。
足は動いてるのに、頭だけ少し遅れてる。
考えないようにしても、勝手に戻ってくる。
(だの現場だろ … 、
そう思おうとするのに。
どこかがうまく納得しない。
“ 使いやすいから ”
その言葉も一緒に浮かぶ。
普通ならムカつくはずなのに。
なぜか、それも引っかかる。
なんであの人、あんな言い方すんだよ 、
雑なのか、優しいのか分からない。
でもどっちにしても、軽く扱われてる感じはしない。
ホームに降りる階段。
一段ずつ降りるたびに、さっきの距離を思い出す。
ブラシの感触。
視線の重さ。
見られてた …
ただの撮影なのに。
ちゃんと見られてた気がする。
それが一番、変な感じだった。
・
電車の音が近づく。
風が足元を揺らす。
その瞬間、ふと気づく。
今日ずっと、
“ どう見られてるか ” じゃなくて
“ どう見てくるか ” の方を考えてた。
それが少しだけ、怖い。
でも同じくらい。
ちょっと、気になってる …
その事実だけは、認めたくないのに消えない。
電車が来る。
光が目の前を通り過ぎる。
乗り込む直前、もう一度だけ思う。
あの人、次も来るって言ってたな
その言葉だけが、
・
・
・
✦・・┈┈┈・・✦・・┈┈┈・・✦
Masahiro’s Mind ༘⋆ ꙳ ꕀ
スタジオの明かりがひとつずつ落とされていく中、俺は無言でポーチを閉じた。
金具が噛み合う小さな音だけが、やけに響く。
周りはもう完全に片付けモードに入っている。
でも、自分の中だけはまだ切り替わっていない。
・
「政裕さん 、今日は本当に助かったよ」
チーフの声に、軽く頷く。
「 良かったです 。 」
それだけ。
それ以上は、出てこない。
あの顔 …
ふと、思考が勝手に戻る。
さっきの最後の一枚。
レンズ越しじゃなくて、真正面で見た表情。
⸻
“ 余計なこと考えてない顔 ”
そう言ったのは自分だ。
でも本当は違う。
余計なことを消した顔じゃない。
余計なものを一瞬だけ、許した顔だった。
⸻
荷物を肩にかける。
スタジオの空気が外に向かって流れていく中で、ひとりだけ少し遅れる。
・
・
秀哉 。
名前を呼んだときの反応を思い出す。
少しだけ遅れる返事。
まっすぐすぎない目線。
⸻
ああいうのが一番厄介だ。
“ ちゃんとしてないのに、ちゃんとして見える ” あの顔。
⸻
「 使いやすいから 」
そう言ったとき、ほんの少しだけ表情が揺れたのも見えていた。
ただ 、見なかったことにするには、少しだけ遅かった。
・
あれ、たぶん …
メイクとしても、演出としても。
全部説明できる。
なのに …
「 その顔、たぶん世界で一番きれい 」
あれは完全に、仕事の言葉じゃなかった。
自分の言葉だった 。
⸻
スタジオのドアに手をかけたまま止まる。
たったの数秒だけ。
誰もいない場所で、ほんの少しだけ息を吐く。
……何やってんだろ
小さく、心の中でだけ思う。
こういうのは、深く関わると面倒になる。
今まで何度も避けてきた。
必要以上に踏み込まない。
⸻
なのに。
今日のあの一枚だけが、やけに残っている。
・
・
・
そして 、
「また来ると思う」
そう言ったのは、自分だ。
でも、本当は少し違う。
⸻
来ると思うじゃなくて、
⸻
そこまで考えて、俺は一度だけ目を細める。
すぐにいつもの表情に戻す。
何事もなかったようにドアを開ける。
・
外の空気は冷たい。
でも、頭の中だけ少しだけ熱いままだった。
・
・
・
NEXT …
「 近づく理由がなくなっていく 」
コメント
1件
第2話、めっちゃ良かった…!政裕さんの「仕事用の顔してる」って見抜くところ、プロの鋭さと距離感が生々しい。ブラシで頬を整えるシーンも、ライトの熱だけ残る静けさも、絵が浮かぶわ。“世界で一番きれい”って言葉が、仕事の枠を超えて自分の言葉だったって政裕さんの独白にグッときた。二人の視線の駆け引き、続きが気になりすぎる🔥