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社長室の入り口に立っていたのはもの凄く顔の綺麗な男性。身長は聖壱さんと同じくらい高いけれど、男らしい彼よりも少し線が細くまるで物語に出てくる王子様のようだった。
「久しぶりだな、|柚瑠木《ゆるぎ》。お前の記憶は間違ってないぞ、ここは俺の社長室だ」
聖壱さんは私の上からゆっくりと体を起こして、入り口の男性に向かって手を上げる。のんびり挨拶してないで私の上からどいて頂戴よ!
「そうですか。聖壱が堂々と女性と乳繰り合っていたので、僕は来る場所を間違えたのかと思いましたよ」
ち、乳繰り合ってですって? こんな綺麗な顔でそんな事を言われると、恥ずかしくて堪らない。さっきの私たちの姿だけを見れば、そう思うのも仕方ないのかもしれないけど。
「そうか、悪かったな。あまりに香津美が可愛くて、柚瑠木が来るのを忘れてたんだ」
私が可愛くてって……もしかして私は聖壱さんに揶揄われていたの? 聖壱さんは私が慌てているのを見て楽しんでいたんだわ!
「ああ、この人が聖壱の契約婚の相手ですか。とても華やかな美人で良かったですね」
感情のこもらない声でそう言うと、彼はまだ立ち上がれないでいる私の傍へと歩いて来る。男性とは思えないほど綺麗な肌に氷のように冷たい瞳……
「初めまして、僕の名前は|二階堂《にかいどう》 |柚瑠木《ゆるぎ》。聖壱の幼馴染で、今は仕事仲間です」
そう言ってゆっくりと差し出された右手。
「二階堂……さん?」
私は慌ててソファーを降り自分の手を二階堂さんに差し出した。一瞬だけ握られすぐに離れていった冷たい手のひら。
……二階堂さんって見た目も冷たそうな感じだけれど、体温も冷たいのね。
「狭山 香津美です」
「僕の事は|柚瑠木《ゆるぎ》でいいですよ、貴女は聖壱の奥さんですからね。僕も貴女の事は香津美さんと呼ばせていただきますから」
聖壱の奥さん……そんな呼び方をされると何だかムズムズするわね。まだまだ聖壱さんの妻としての自覚が足りないのかしら?
「柚瑠木さん、これからよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
二階堂さんは私との会話が終わると、秘書を呼び「お祝いです」と私に大きな花束をくれた。冷たそうだけれど、悪い人ではないみたい。
「ところでどうなんですか? 二人の新婚生活とやらは」
「思ってたのよりもずっと良い、きっと香津美が妻だったからだな。柚瑠木ももうすぐ始まるんだろう、|月菜《つきな》さんとの結婚生活が」
私が妻だったから……こんな恥ずかしい事を聖壱さんは誰かれ構わず話してしまうのね。恥ずかしくて顔が熱いわ。
「そうですね。来週からこちらのレジデンスで月菜さんと二人の暮らしを始めます。だから聞きに来たんです、僕達より先に契約結婚を始めた聖壱に……色んな事を」
……え、それってどういう事?
「つまり……|柚瑠木《ゆるぎ》は俺たちの結婚生活を聞いて、これから始まる自分たちの契約婚の参考にしたい、と?」
聖壱さんは少し驚いたような顔で、柚瑠木さんに確認をした。
「そういうことです。聖壱にはいちいち細かい説明をする必要が無くて助かります」
それって私達だけでなく、柚瑠木さん達も契約結婚をするって事よね。そして聖壱さん達はそのことをお互いにすごく理解し合っているようで……
何故かしら、二人の会話に何かが引っかかるの……
「ねえ、聖壱さん……?」
「悪いが、香津美は先に部屋に帰っていてくれ。俺はもう少し柚瑠木と話す事があるから」
聖壱さんと柚瑠木さんはお互いに目を合わせ、私に部屋から出ていくよう指示する。どうしてよ、私がここにいると困る話でもしようとしてるの?
「聖壱さん、私は……っ」
「いいから先に帰ってろ、いいな香津美」
私は貴方と契約婚をした、いわば仲間みたいな存在では無いの? どうして私は二人の話を聞かせてもらえないの?
「聖壱、彼女は僕の秘書に送らせます」
二人に対して疑問ばかりが浮かぶのに、それを上手く言葉にする事も出来なくて……結局、私は柚瑠木さんの秘書にレジデンスまで送られて帰った。
部屋に帰って着替えてから、晩御飯の準備をする。相変わらず難しい料理は出来ないけれど、簡単のものをいくつか作って並べて置く。
こんな私の料理でも聖壱さんは喜んでくれたから。
……だけど料理が終わり、お風呂の準備が終わっても聖壱さんは返ってこない。
「遅いし……」
ソファーで丸まって、彼を待っている時間……ずっと私たちの間に交わされた契約について考えていた。
聖壱さんが私の事を「好きだ、愛しい」と何度も繰り返すからきちんと考えていなかったけれど、私達の結婚は聖壱さんにとって都合の良い契約婚に過ぎないのだ。
「何てことかしら、適当な言葉でのせられてその気になって……私、馬鹿みたいじゃないの」
世間知らずのお嬢様の私なんて、あの人からすればその気にさせるのは簡単よね。その方が楽に都合よく使えるし……何とも言えない感情で涙が溢れそうになった、その時。
【カチャリ……】
玄関の扉の開く音がした。だけど私はソファーで丸まったまま、そこから動こうとはしなかったの。彼の足音がだんだんと近づき、リビングの扉が開く。
「やっぱり拗ねているのか、香津美」
そう言って私の髪に触れる聖壱さん。だけど私はそんな彼の言葉に腹が立ってしまって……
「拗ねてなんていないわ。どうせ私は聖壱さんと契約婚しただけのお飾り妻だって、ちゃあんと分かってますからね」