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レモン
ふわねこカラメル
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新しい会社に慣れてきたある週末の夕方。私は勇気を出して、真言寺くんにメッセージを送った。
【今日は私のアパートに来ない?簡単なご飯作るけど……肉じゃがとか、どう?】
返事はすぐに来た。
【行く! 絶対行く!!何時がいい? 手伝えることあったら言ってね】
夕方6時半、少し緊張しながらドアを開けると、真言寺くんはいつもの黒縁メガネにシンプルなシャツ姿で立っていた。手に小さな紙袋を持っている。
「穂乃果さん、お邪魔します……って、わぁ……」
彼は玄関に一歩入った瞬間、ぴたりと動きを止めた。私のアパートは、築25年の1K。6畳の部屋にベッドと小さなテーブル、キッチンは二人で立つと肩が触れ合うくらい狭い。天井も低めで、収納も少ない。真言寺くんは目を丸くして、部屋の中をゆっくり見回した。
「……これが、穂乃果さんの部屋?」
「うん。狭いでしょ? ごめんね、御曹司様には刺激が強すぎたかも」
私は照れ笑いしながらエプロンを着けた。真言寺くんは慌てて首を振ったけど、明らかに動揺している。
「狭い……っていうか、すごいコンパクトだね。ベッドとテーブルがこんなに近くて……一人で生活するのって、こんな感じなんだ」
彼は自分のマンション(最上階の広い部屋)を思い浮かべているのだろう。そのギャップが面白くて、私はくすくす笑ってしまった。
「ほら、座ってて。すぐ作るから」
キッチンに立って肉じゃがを作り始めた。じゃがいもを切り、にんじんを薄切りにし、牛肉を軽く炒めてから調味料を入れる。部屋中に醤油とみりんの甘辛い香りが広がっていく。真言寺くんはテーブルの横にちょこんと座り、私の作業を真剣に見つめていた。
時々「すごい……家庭的だ」とか「匂い、いいね」と小さな声で呟く。15分ほどで完成した肉じゃがを、湯気が立つお皿に盛ってテーブルに出した。
「はい、どうぞ。普通の家庭の味だけど……」
真言寺くんは箸を手に取り、一口目を口に運んだ瞬間——
「……!」
彼の目が大きく見開かれた。
「うわ……美味しい……」
二口目、三口目と食べ進めるたび、彼の表情がどんどん緩んでいく。
「じゃがいもがホクホクしてて、味が染みてる……牛肉も柔らかくて、甘辛いのに後味が優しい……これが、穂乃果さんの作った肉じゃが……」
彼はほとんど夢中になって食べ続け、気づいたら二杯もおかわりしていた。
「真言寺くん、そんなに食べるの?」
「だって……すごく美味しいんだもん。僕、家ではシェフが作る料理ばっかりで、こういう『お母さんみたいな味』って食べたことほとんどないよ……」
彼は少し照れくさそうに笑いながら、残った汁まで綺麗に食べ終えた。
「穂乃果さん、ありがとう。今日、僕、すごく幸せだ」
部屋の狭さで肩が触れ合う距離で並んで座っていると、彼の体温が伝わってくる。真言寺くんは箸を置いた後、私の肩にそっと頭を預けてきた。
「狭い部屋なのに、すごく温かいね……ここにいると、穂乃果さんの匂いがする。僕の部屋より、ずっと落ち着く」
私は彼の髪を優しく撫でながら、小さく笑った。
「御曹司様が狭いアパートで肉じゃが食べて喜んでくれるなんて……なんか不思議な感じ」
真言寺くんは顔を上げ、私の目を見て真剣に言った。
「不思議じゃないよ。僕が本当に欲しいのは、高級な食事とか広い部屋じゃなくて、穂乃果さんが作ってくれるご飯と、こうして隣にいられる時間なんだ」
彼は私の手に自分の手を重ね、指を絡めてきた。
「これからも、たまにはこうやって呼んでくれる?僕、肉じゃがの味、ずっと忘れられないと思う」
私は頷きながら、彼の指をぎゅっと握り返した。
「うん。いつでも来て。次はカレーにするね」
狭いアパートの小さなテーブルで、御曹司の青年は、普通の肉じゃがに心から感動していた。その姿が、私には何よりも愛おしくて、胸がじんわりと温かくなった。
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