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鳩時計の鳴く午後9時。なんの変哲も無い満月の夜。
しかし、一軒家の一室は、穏やかな夜とはかけ離れた空間に悲しみと怒りが渦巻いていた。
白髪の少し浮いた男性の持つ新聞紙は、怒りでぐしゃりと音を立てる。見出しには『中学生女子 ○殺』の文字。
啜り泣くやや歳をとった女性は、華やかなワンピースの柔らかいオレンジを涙で段々と濃く染めてゆく。
ソファに腰掛ける学ラン姿の青年。手に持つリモコンがテレビに向けられ、暗黒の液晶に、淡々と話す男性と字幕が映る。
「連日報道されている“プリズン”の現状をお伝えします。只今国が総力を上げプリズンのリーダー格を__」
昨日も、一昨日も、その前も耳にした言葉、“プリズン”
あの日、姉が死んだ日から世に広まり出した言葉。
なんで、今。もう取り返しがつかない今、その言葉を並べるメディア、何も知らないくせに勝手な御託を並べるコメンテーター。
遺族の気持ちはそっちのけ。話題があればそれに食いつく。例えば、飢えに飢えたピラニアが偶然血肉を見つけ、それに食らいつき、貪るような様。
それが青年から見た、メディアという社会だ。
青年の心を怒りと憎しみで埋めていくメディアは、そんなことも知らずにある事ない事言葉を積み重ねていく。
ぎり、という歯を食い縛る音が部屋に響き渡る。それほどまでに、この部屋は静かだった。
静かな部屋は、音と共に芳香剤のにおいがほのかに香っている。
においの元は少女の部屋。脱ぎっぱなしのパジャマや、本棚に並んだ参考書。とてもよく読み込まれており付箋がたくさん付いている。ページや表紙が黄ばみ、大切にしていたのが一眼でわかる。
勉強机の上には柔らかい笑みを浮かべる少女の写真、そして少女の好物であるショートケーキが飾ってあった。少女はとても柔らかい笑みを浮かべ喜んでいる。その柔らかさに相まったシトラスの芳香剤のにおいと、いちごの鮮やかな赤。しかし写真の縁には、朗らかとは程遠い黒と白のリボンと、線香が飾ってあった。
世に広まり出した“プリズン”プリズンの闇に葬られたひとりの少女「綾瀬紗和」を襲った悲劇とは__。
第一章
エピソード1 綾瀬紗和