「千春、来なさい 」
特葬課に帰りついてすぐ、 千春は椎名に呼ばれた。 一体なんの用だろう。
「今回のこと、どう思った?」
「どう、と言われても」
一体何が言いたいのか、分からない。 千春がその問いに首を傾げていると、 見かねたように再び椎名が口を開いた。
「強くなりたいとは、思わなかった?」
「…はい」
「私もそう。わざわざあなたを突き放すようなマネをしないと、あの死呪人は相手できない、そう判断することしか出来なかった」
「いや、椎名さんは充分強いですよ!現に、片腕が使えないのに、あの強そうな死呪人を退けたじゃないですか!」
「“退けた”ではダメなのよ。私たちの仕事、忘れた?」
「そ、それは…」
「たしかに、良く見れば、生き残れただけでも充分な結果かもしれない。でも、私からすれば、私の戦い方を覚えた敵が、今度はしっかりと対策をとって襲いかかってくる。それ以上の脅威はないわ」
「それは、そうかもしれないですけど…それで、俺になんでその話を?」
「決まってるじゃない、あんたを強くしてあげるって言ってるの。赤津には許可とってあるわ」
「え、いいんですか!?」
「いいもなにも、強くなってもらわなきゃ、こっちが困るのよ。それに、あんたが使えるようになれば、安心して私はあんたに背中を預けて死呪人と戦える」
「あ、ありがとうございます!」
千春は思わず頭を下げる。 椎名は、
「そういうのいいから、 早くついてきなさ
い!」
と千春を急かしながら、つかつかと歩いて いってしまった。 慌てて千春もその後を追う。
「さてと、ここでいいかな。」
椎名に連れてこられたのは、 この間の劇場のときより一回り狭い、 和室の空間だった。 畳にはなにやらシミが目立つ。 椎名は手に持った竹刀を千春に向ける。
「今からあなたに教えるのは、私の剣術である二階堂流剣術よ」
「二階堂流剣術?」
「ええ。二階堂流剣術は、その名のとおり、2つの流派がある。切り開くと書いて“切開”と石を壊すと書いて“石壊”。この2つのうち、あなたには後者の“石壊”を教えるわ」
「それって、どう違うんですか?というか、俺は銛しか持ってないんで剣術を覚えても‥」
「説明してもいいけれど‥身を持ってくらったほうが、わかるでしょ。」
へ? と千春は思わず開いた口が塞がらなくなった。 そんな千春などお構いなしに、 椎名はすっと身をかがめ、 千春のほうへ一直線に突進する。 慌てて千春が横に避けようとすると、 椎名は竹刀を千春が避けた方向の手に持ち 替え、素早く左へ動く。 動いた地点からもう一度一直線に突進し、 千春に激突する。 千春はあっという間に壁に吹き飛ばされ、 その一撃はみぞおちに深く入り込んでいた ため、千春の呼吸を一瞬にして奪い取る。 叩きつけられたあと、うずくまって、 千春は悶えていた。 吐瀉物が声の代わりに吐き 出される。
「これが、あなたに今から習得してもらう“石壊”。今のはかなり手加減して、威力は抑えたけれど、本来はこんなもんじゃない。当たれば一瞬にして意識を飛ばせる必殺。対死呪人において、意識を飛ばすのはとても重要よ。あなたの銛でこれをやれば、威力は跳ね上がるわ」
悶えながらそれを聞いていた千春は、 見せるならサンドバッグとかでよくない か、と思ったが、 それを言うだけの余裕はなかった。
「ほら早く起きなさい!どこまで鍛えてあげられるかわからないんだから!」
「どういうことですか?」と壁にもたれかかりながら言うと、
「こないだの死呪人たちがいつまた現れるかわかんないんだから、そうやってうずくまってゲロ吐いてる暇なんてないってことよ」
と容赦ない返事が帰ってきたので、 なるほど、ここの畳にやけにシミがこびり ついているのは、そういうことか。と 納得した。 千春は、今このときだけ、 特葬課に入ったのを後悔した。
それからは、地獄だった。 銛で椎名に一直線に襲い掛かり、 あっけなくみぞおちを殴られ、蹴られ、 悶える。その繰り返しだった。 執拗にみぞおちばかり狙うものだから、 もはや途中から吐くものがなくなり、 黄色い胃液が出てくるようになった。 倒れるたび、畳に新たなシミが増える。 そのうち、痛みにも慣れ、 殴られても多少反撃ができるようになって きた。それを椎名も分かっているのか、 一旦ストップ。と千春を止めた。
「あんた、戦闘の筋はいいわ。ただ、肝心の、“石壊”が全くと言っていいほどできてない。ただ突っ込むだけじゃ、対策なんて簡単でしょう?何度も言ってるじゃない」
その通りだった。 千春は、椎名のように素早く動くこともで きなければ、フェイントのようなこともで きない。 今のところ、椎名の言う通り、 ただ突っ込んで、殴られているだけだ。 反撃ができたと言っても 、 十回に一度できればいいほうだ。
「あんたに一つアドバイスしてあげる。この技はね、突っ込む勢いで威力を作るんじゃない、脱力によって威力を作るの。突っ込むのはあくまで距離を詰めるためなのと、ブラフのため。」
「なんで、それを早く教えてくれないんですか」
「習うより慣れろ、よ」
まず習っていない。 単にボコボコにされているだけだ。 千春は、 この人、本当は教えるの下手な んじゃないかとさえ思い始めていた。
「さ、やってみなさい」
言われるがままに、 千春はまた距離を詰める。 脱力。今度はそれを意識する。 手元の銛を握る力を近づくにつれ弱め、 一気に力を込め突きを繰り出す。 が、軽くいなされ、 今度は顎に膝をくらってしまった。 視界がくらっと回る。 地面に倒れ込んですぐ、意識が戻り、 椎名が見下ろす。
「違う!脱力は意識するんじゃない、自然にするの!意識するのは、相手の動き!どう動かれても対応できるようにするための、予測よ!」
「‥‥‥‥‥‥!はい!」
元気よく返事をして、2人は再び距離をと る。そして、千春が駆け出した。 まずは距離を詰める。 そして、相手を見る。 脱力は意識せず 、銛が体の一部だと考え る。椎名は腕を少し上にあげた。 銛を振り払って反撃する気だとわかった 千春は、逆の手を銛の代わりに突き出す。 千春の目論見通り椎名はその手を払い、 銛のほうへの反応が一瞬遅れた。 その隙を、千春は流さなかった。
「“石壊”!」
脱力した腕を突き出し、 力を目一杯込める。血が勢いよく腕に回る のがわかる。自分で思ったよりも、 かなりの威力が出たように思えた。 が、その威力は、ほぼゼロに抑えられてし まった。なぜなら、当たった瞬間 椎名が、 その凄まじい握力で千春の腕を掴んだこと により、銛を離してしまったからだった。 それでも、一瞬当たったのがかなり効いた のか、椎名は胸のあたりを押さえている。
「‥あんた、やるじゃない…まさかここまで早くこの技を習得するとは思わなかったわ」
「あの、褒めてくれるのは嬉しいんですけど、手!離してください!痛いっす!」
「ああ、ごめん」
抑えられた手首あたりが、真っ青に腫れて いた。手を離した途端ようやく血が巡りだ し、腫れた部分に痛みが走る。 なんて握力 だ。
「さて、技も習得できたことだし、あとはひたすら実戦で慣れるだけね」
「へ?これで終わりじゃ‥?」
「何言ってるの?あんたまだまだ雑魚なんだから、まだまだ鍛えるに決まってるじゃない。さ、今からは殺す気でいくから覚悟してね?」
千春はそれを聞いて、思った。
激しく帰りたい。助けて誰か。
コメント
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千春~頑張れ~!ヽ(◕o◕)ノ.
二階堂流剣術…!?石壊と切開か…切開を使う人も出てくるんだろうな~!! 千春くん頑張れ~w