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#オリジナル
モノクロナツキ
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「何ニヤついてんねん、気持ち悪いな」
俺が呆れたように言うと、もとちゃんはグラスを弄びながら、どこか遠い目をして笑った。
「いや、秀太がスタイリストデビューの日、めっちゃ緊張しながら『俺に切らせてくれへん?』って言ってくれた時のこと思い出してた」
「きっも、どんだけ記憶力ええねん」
悪態をつく俺をよそに、もとちゃんは少しだけトーンを落として言葉を続ける。
「ほんまはな、めっちゃ嬉しかってん。でも、わざと一回断ってんよ。こっちはさ、『しゃあないな、そこまで言うなら行ったるわ』って余裕かまして言うセリフまで用意して、もう一回、秀太が恥ずかしそうにお願いしてくれるの見たいなって思ってさ。……そしたら秀太、『じゃあ、ええわ』って即答したやん? あの時、俺の心臓、ヒュンってなったわ」
「……そんな駆け引き、俺に通用するかよ」
そっぽを向いてぶっきらぼうに返す。
通用するかよ、なんて偉そうに言ったが、内心は思いがけない告白に激しく動揺していた。断られた時、俺は俺で「やっぱりもとちゃんにとって、俺は普通の友達以下やったんか」と普通に落ち込んで、それ以上誘えなかっただけなのだ。
「そうやんな。……俺は、洸くんじゃないからな」
もとちゃんがぽつりと、自嘲気味に呟く。
その名前を出された瞬間、俺は何かを言い返そうとしたが、言葉は喉の奥に引っかかって出てこなかった。
もとちゃんはそれ以上その話題に触れることなく、「じゃあな、秀太。オープンまで忙しいやろけど、頑張って」と、いつもの気の置けない幼馴染の笑顔に戻って玄関から出て行った。
いつもなら「送ってくわ」と当たり前に出ていた言葉も、今日に限っては素直に出てこなかった。さっきの言葉の返事を、いまだに自分の心の中で探し回っている。
「うん、ありがとう。もとちゃんも気をつけて帰ってな」とありきたりな返事で見送った後、静かになったリビングで片付けをしながら、胸の奥がなんだか妙にざわついていた。
あいつの本当の気持ちを知ってしまったせいで、明らかに動揺してる。だけど真剣に返したところで、いつもの冗談だったかもしれない。でも、もしかして──。
『もしかして』を脳内で何度も繰り返して、頭の中があいつのことで一杯になってしまっている事実が、何気にものすごく悔しかった。
♢
──そんな、消えない古傷と、もとちゃんとの気まずい別れを抱えたまま、気がつけば一ヶ月が瞬く間に過ぎていった。
ついに迎えた、グランドオープンの4日前。
今日は気心の知れた家族や友達だけを招待した、最終調整を兼ねた新店舗の「プレオープン」の日だった。
「いらっしゃいませ! こちらへどうぞ!」
「シャンプー台ご案内しますねー!」
新しく雇った、洸以外の3人のスタッフたちが、オープン前とは思えないほど小気味よく動き回り、店内には心地いい活気と、真新しい内装の匂いが満ちている。
洸と同時にスタイリストデビューするスタッフの1人が、連れてきた母親のシャンプーを担当しながら「お力加減いかがですか?」なんて一生懸命やっているのを横目で見て、自分の若い頃の必死だった姿と重なり、少し涙ぐんでしまいそうになった。みんな、ここから始まるんやな。
そんな感慨に浸っていた俺だったが、現実に引き戻される。
本来なら、今日の俺の予約枠には、空くんが入っているはずだった。
それなのに、目の前のセット面の椅子に座らされているのは、なぜか弦と空くんに背中を無理やり押されるようにして店に入ってきた、もとちゃんだった。
「いや、空くんがさ、秀太に髪切ってもらう前に緊張してお腹痛くなってもて……。代わり誰がいいかなって考えてたら、この人しかおらんなって」
弦がニヤニヤしながら、俺の肩をポンと叩く。
「じゃあ、頼んだで!」
「秀太さん、親分のこと、かっこよくしてあげてくださいね!」
空くんがキラキラした笑顔で手を振る。おい待て空くん、それ、絶対にお腹痛いって顔じゃないやろ、めちゃくちゃ元気そうやんけ! それに、一ヶ月前はあんなに嬉しそうに「秀太お兄ちゃん大好き!!」って抱きついてきたんは嘘やったんか!!
嵐のように去っていった二人の背中を呆然と見送り、俺はゆっくりと視線を鏡の中へと戻した。
そこには、オシャレに着飾ったスタッフや他のお客さんが行き交う空間にどうにも馴染めず、耳まで真っ赤にして、鏡越しにじっと俺を見つめているもとちゃんが映っていた。
すると、すぐ隣のセット面から、聞き覚えのある楽しそうな声が響いてくる。
「新くんが来てくれるやなんて、おもてなかったわぁ。てっきり弦でデビューするもんやと思ってた」
「秀太さんが提案してくれたんですけど、もし、提案してくれてなくても、僕は弦さんを突き飛ばしてでもここに座るつもりでいました」
「ははっ、新くんも弦の扱いに慣れてきたなぁ」
覗き見れば、そこにはスタイリストとして堂々とハサミを握る洸と、サプライズで現れて本当に嬉しそうにカットされている新くんの姿があった。
俺が一ヶ月前の決起会でこそこそ仕組んだサプライズを、さっそくこのプレオープンの場で最高の形で実行してる。
弟たちの眩しすぎる姿に目を細めながら、俺は自分の目の前の幼馴染へと向き直った。
カットクロスを広げ、もとちゃんの首元にふわっと巻きつける。
「……で、今日はチンピラ風カット? パンチパーマ? どっちにする?」
俺は小さくため息をつきながら、わざと前のやり取りを引っ張り出して、からかうように聞いた。
「……それやったら田中のおっちゃんのとこと変わらへんやん。ちゃんと、向こうには『これからは親友にカットお願いしますんで』って、お煎餅持って挨拶してきたんやからな」
「……は?」
思わぬもとちゃんの義理堅い報告に、クロスを留める俺の手がピタッと止まる。鏡越しにしっかりと目が合うと、もとちゃんは気まずそうに視線を泳がせながら、ぽつりと呟いた。
「ずっと秀太に切って欲しかってん。でも、あの日以来きっかけがなかったから、今回弦にちょっとお願いしてん。そのために、髪もできるだけ伸ばしてきたし……」
少し照れたように、でも真っ直ぐに言われたその言葉が、俺の胸の奥をどくんと激しく跳ねさせた。
伸ばしてたって……そういえば、珍しく髪伸ばしてるなってずっと思ってた。
それ、全部この店が出来るのを。
俺に、髪を切ってもらうのを、ずっと待ってたからなんか。