黒霧志麻と草壁監物
黒霧志麻と草壁監物
「くそ、丑蟇に続いて万城目まで・・・」監物が歯軋はぎしりをした。
「先生、娘が・・・」弟子が耳元で囁く。
決闘場の中央に、白装束に白袴、真っ白い鉢巻に真っ赤な襷を掛けた志麻が立ってこちらを睨んでいる。
「おい、そこの悪人面の侍ぇ、さっさとその嬢ちゃんに討たれっちまいな!」
「そうだそうだ、助っ人が二人ともやられっちまったんだ、往生際が悪いぜ!」
竹矢来の外の見物衆が野次を飛ばし始めた。
「うぬ、野次馬が勝手な事をほざきおって!」
監物が刀の鐺こじりを地面に打ち付けて睨みつける。
「草壁監物、叔父桐山権太夫の仇、尋常に勝負!」
既に志麻が刀の柄に手を掛けて腰を落としている。
「小娘、そう死に急ぐ事もあるまい」
肩に羽織っていた羽織を脱ぎ捨てると、監物が徐おもむろに立ち上がった。
「志麻、俺たちの加勢はこれまでだ、後はお前一人の力でやれ」
一刀斎が背後から声を掛けた。
「分かってる!」
「ふふふ、儂に勝てると思うてか」監物が嘯うそぶいた。
「勝つわ!」
「儂が勝てば返り討ちだ、そこの二人には悪いがな」
「お前ぇが勝っても俺たちゃ手出しするつもりはねぇ、安心しな」一刀斎が言った。
「目の前でこの小娘が斬り殺されてもか?」
「そんな事は勝ってから言え」
「そうだな」
監物は弟子に水を持って来させると、口に含んで刀の柄に吹き掛けた。
「参る!」
悠然と志麻に向かって歩き始めた。
志麻は抜き付けの一刀を監物の頸に狙いを定めた。
監物が一間半まで迫った時、鯉口を切った。
「今だ!」
駄目!下がって・・・
女の声が聞こえた。
「え?」
踏み出そうとした足で咄嗟に地を蹴って飛び退る。
監物の突きが伸びてきて咽喉のど元で止まった。
「チッ!」
一度引いた剣を、監物が再び突き出して来た。
左よ・・・
左に転移して躰を躱す。
間合いを切って・・・
大きく跳んで監物との間合いを取った。
それで良い・・・
危なかった、あのまま突っ込んでいたら串刺しにされるところだった。
「あなた誰?」思わず志麻は訊いていた。
私は鬼神丸・・・
「え、女なの?」目を丸くした。
「何をぶつぶつ独り言を言っておる!」監物が怒鳴った。
話は後、焦らないで・・・
「分かった」
「何が分かっただ、真剣勝負の最中だぞ!」
「ごめん、こっちの事」
さあ、ゆっくりと私を抜いて・・・
志麻は言われるまま鬼神丸を抜く。
私は危ない時にだけ教える、後は自力でやりなさい・・・
志麻は小さく顎を引いた。
「さっきはうまく逃げおったが、今度はそうは行かん」
監物が猛然と迫って来る。
剣を正眼に構えて迎え撃つ。
デヤッ!!!
真っ向から斬って来た。
受ければ力負けをするのは分かりきっている、切っ先を落として手元を上げた。
監物の剣が鬼神丸の鎬しのぎを削って流れる。
「今だ!」
体の延びた監物の背に斬りつけようと、鬼神丸を振り上げた。
退がって・・・
「えっ!」
思わず飛び退いたが納得が行かない。
「絶好の機会だったのに!」
見て・・・
監物がこちらを見て笑っている。流れた剣が刃を上にして跳ね上がっていた。
あのまま斬っていたらやられていた。
「思ったよりやるではないか」
監物が正眼に構えた。
「これからは本気で行くとしよう」
え、今までは本気じゃなかったの?・・・志麻の背筋が凍った、本当なら三度死んでいる。
鬼神丸を前に突き出して切っ先を真っ直ぐ監物に向けた。
「覚悟!」
手元を引き付けながら走り出す。間合いに入った瞬間剣を突き出した。
ふん!吐息と共に監物が剣を跳ね上げる。
「かかったわね!」身を沈めて脛すねを狙った。
監物がスッと身を引いた。
止めた刀の刃を返して斬り上げる。これで終わり!
ところが剣が動かない。いつの間に降りて来たのか、監物の剣が鬼神丸の切っ先を抑えていた。
鬼神丸を握った手に力を込める。
「惜しかったな」ニヤリと監物が嗤う。
不意に切っ先にかかった力が抜けた。
階段を踏み外した時のように、躰が前にツンのめった。
「死ね!」
手の力を抜いて・・・
柄を握る力を緩めた途端、鬼神丸が跳ね上がり監物が打ち下ろした剣を受け止めた。
「なに!」
「今だ!」
一瞬、監物の左腋に隙が出来た。思い切り斬り上げる。
絶叫を上げて監物の躰が反り返った。
剣を握ったままの腕が宙高く舞い上がる。
「志麻、とどめを刺せ!」一刀斎が叫んだ。
「はい!」
鬼神丸が監物の左胸を深々と貫いていた。







