“シロコ!アル!右腕”
「了解!」
「任せてちょうだい!」
先生の号令が二人の耳へ届くと同時に踵を返し距離を保ち、既に消耗し切った巨大ロボットーーカイザー理事が操縦するゴリアテの右腕に弾丸が降り注がせ、豪快な音と共に爆散させる。
『ぐぐうっ!?お前ら如きに……!!』
ゴリアテのスピーカーから流れる声は、先程見せた余裕たっぷりの態度の男ではない。それは焦燥感に駆られ無闇に暴れ出す無様な男だった。
ゴリアテは思い切って残った左腕の機銃をこちらへ向け、操縦者の心情とは裏腹に正確に弾丸を飛ばす。しかし生徒達や囚人らはその粗末な弾丸の雨を華麗に躱し続け、反撃の隙が生じる度に効果的な一撃を叩き込む。
「あっははっ!あの人ったらヤケになっちゃって……未完成の兵器持ち込みも含めて勝つ気あるの〜?」
「ふふっ!今まで私達を舐めまくったツケよ!」
「ちょっとそこ!軽口叩くならあいつ倒してからにして」
あまりにも勝ち戦に、遂には節々で戯言を吐く始末。相手の舐め腐った態度に男は激怒する。
『さっきから舐めた言動を……!』
男は怯まず再度乱射するが、その弾丸の雨の中を『5本のレイピアを展開』する人影がゴリアテの付近へ弾丸を弾きながら接近していた。
ロージャ人格《ロボトミーE.G.O :: 涙で研ぎ澄まされた剣》
憂鬱を表すような青を基調に鎧を模したスーツを身につけ、彼女の周辺に青く輝くレイピアが標的を剣先を立てている。こちらが凍りつくような涼しい顔でゴリアテへ近づくと、地面を蹴って宙を跳び左腕の装甲へ着地する。
「これぐらい、あの時の押し寄せる憂鬱よりマシね……」
淡々と相手を蔑む言葉を静かに投げかけ、全てのレイピアが一度に装甲の一点を立て続けに刺突を放ちまくる。
相当な致命的攻撃だったのか、左腕は膨張し爆風と黒煙を周囲に解き放つ。至近距離にいたロージャが心配だが、彼女は冷静な判断で爆風を利用し安全な距離まで後ずさったようだ。
「ぶ、無事に制圧出来そうです」
「ですが油断は禁物です。まだ奥の手を隠しているかもしれません」
ノノミが言うように、我々が戦っているゴリアテはまだ未知数。いくら奥の手があっても不思議ではない。そして予想は的中してしまい……。
『くくっ、くはははははははっ!消し飛ばしてくれるわ!!』
勝ちを確信した叫ぶと共にゴリアテが前のめりになると、背後に隠れていた巨大な砲台が現れたと思うと、発射口に光が収束し始める。
「背中の砲台から異常なエネルギー量を検知!エネルギー砲です!」
「この街一帯消し飛ばす気!?」
「分かってますよね、ダンテさん!あのエネルギーでは私の防御でも……!」
あのエネルギーの量は壮大な威力になるだろう。そうなると、強大な防護力を誇る西部ツヴァイ3課イシュメールでも流石に体勢を崩されるだろう。
しかしあのエネルギーが発射されるまでかなりの時間が残されている。未完成か或いはこの世界の都合上か……なにがともあれこの瞬間は最大の隙となる。
我々は狡猾でずる賢い旅人だ。この隙を的確に、そして容赦無く突かせてもらおう。
〈ヒースクリフ!あのエネルギーコアに弾丸をぶち込め!〉
「ーーおうよ!任せろ!」
黒い隊服を着たヒースクリフが短く応えると、もはやゴリアテに目をくれることなくしゃがみ込み、アモ缶に長大なスナイパーライフルを構え、今まで発射していた金色の弾丸とは異なる銀色も弾丸を取り出した。
「……ロジックアトリエ製高速粉砕弾を装填」
エネルギーが解き放たれるまでいくら時間が残っているか分からない。しかしスナイパーは如何なる時も焦ってはならない。ヒースクリフは静かに確認を行いながら、模様を彫られた銀色の弾丸を装填する。
ーーかつての都市、銃規制が厳しい中で最高級の威力を引き出すためのちょっとした小細工だ。
ヒースクリフの肉眼が光り輝く戦場の中のエネルギーコアを捉える。
「ーーこの前のお返しだ、鉄クズ野郎!」
より早く空を切ったのは、一筋の閃光だった。
ダァァァン! ドォォォォォォォォン!
弾丸が機体を貫く音が響くと同時に、エネルギーが暴発し機体が自爆した。この戦いの最後を飾る壮大なフィナーレの音だった。
「ご、ゴリアテ、撃破……!」
アヤネの戸惑いを含んだ報告により、戦闘は終了した。
「ななななっ、何よ今の!!!かっこいいじゃないの!!」
“少年心をくすぐる一撃だった!”
「ちょっと社長、落ちーーなんで先生も!?」
ヒースクリフの一撃を見たアルと……先生は歓喜した。アルはともかく先生まで喜ぶとは……。確か彼の趣味がプラモデル?というカッコいい物を作る事だったような……。
「ヒースクリフ。まさかこんな物を隠し持ってたなんて。もっと早く出すべきだった」
「あ?オレらにとって、この銃は『最終兵器』みたいなものなんだ」
「ん?見かけはただの銃みたいに見えるけど……何か仕掛けはあるの?」
〈私もよく分からないけど……私達が住んでた場所はこれみたいな威力の弱い銃じゃないとダメなんだ……〉
「え?これで弱いって……そっちの世界の銃はインフレしすぎじゃないの!?」
「違います。あんな威力が出せる理由は弾丸にあるんです。本来この銃単体であのような威力は出せません」
“そっちの世界では、銃は駄目って事なのかい?”
「まぁ……上が規制してるっていう理由もあるし……ごめんダンテ。一回この人格解除してくれない?」
〈ああ、そうしようか〉
気だるげなで憂鬱そうなロージャを見て、ハッと我に帰り他の囚人含めて人格を解除した。
「……よしっ。私達の世界だと銃は弱い武器扱いなの。こんな武器扱うより、自分の体に強化手術した方が断然良いって訳」
「銃が霞む世界ですか……よく生きてこられましたね」
〈想像してるかよりかは、生きやすいと思うよ〉
私はそう答えるしかなかった。戦闘後の一時、お互いの世界同士の常識の大きな違いに誰もが困惑するしかなかった。
ふと爆破現場に目をやると、カイザーが所有するヘリコプターが着陸しカイザー理事を保護し回収しているようだ。再び接敵の可能性も否めないが……カイザー理事が打倒されたのだ、さすがに士気は下がっているだろう。
敵の撤退を眺めていると、先生がゆっくりと近寄り口を開いた。
“最初の難所はどうにか越えられたが……次はどうする?”
〈……ホシノか〉
そうだ。今回はなんとか越えられたが……借金問題やホシノ誘拐の件はまだ解決していない。
〈そうだ、あの男がホシノを連れ去った事で学校は存在しなくなったと言ってた時、先生は否定してたよね。どうしてそんな確信を持てたの?〉
“ああ、それはね”
先生は悪戯っぽく微笑んだ。
“ただ、書類のルールに沿っただけ。あの時のホシノの退部届、担当顧問としての私のハンコは押されててなかったからね”
〈……そうか〉
書類通りに沿っただけ。単純明快なその言葉に私は納得した。
〈それなら、学校の効力は残っている。カイザーを攻める口実はいくらでも立てれるわけだが……問題は手段だ〉
“そうだね。今のアビドスの生徒達とリンバス・カンパニーのメンバーでは力不足だ”
作戦決行の目処は立っている。しかし戦力が足りない。私達指導者はしばらく頭を悩ませると……。
“……そうだ!便利屋とゲヘナ風紀委員会に頼めば良いじゃないか!”
〈そうか!でも、どうすればこちら側に誘えるんだ?〉
“ゲヘナ風紀委員会は後で考えるとして、便利屋は今すぐでも頼めばいけるんじゃないかな?”
先生の言葉に誘導されるように、私は便利屋の方へ視線を向ける。
現在便利屋は私のメンバーから抜け足で離れており、今すぐにでもどこかへ行きそうな雰囲気だった。ここで逃げられてしまっては面倒だ。即座に呼び止めよう。
〈おーい!〉
「わあぁっ!!?」
私が全力で声を張り上げると、アルはその場に停止するどころか派手にすっ転んでしまった。
……思ってたよりも大きかっただろうか?
「きゅ、急に大きい音出さないでよぉ!!?」
「あっはは!アルちゃん、盛大にすっ転んだね!」
「だ、黙ってなさい!」
〈そのつもりは無かったんだ……ごめん〉
私がぺこりと頭を下げると、「まあ、許してあげるわ」とでも言いたげに、アルは服についた砂を払いながら立ち上がり咳払いをした。
「……で。一体何の用かしら?」
“……ホシノの救出作戦。どうか君たちの力を貸してはくれないだろうか”
「……一応、こちらも商売でやっていることは分かっているわよね?」
“ああ……。大金でも構わない。だからどうか助けてくれないか”
先生は深々とその小さな社長に向かって頭を下げた。 その真摯な姿を見てアルはふっと満足げに笑うと、ぽんと彼の肩を叩いた。
「……もちろん、特別料金よ。これまでのよしみだわ。今回は無償で引き受けてあげる」
“……っ! 本当か!? ありがとう、アル!”
アルのあまりにも粋な返事に、先生は心からの喜びと感謝の声を上げた。
「社長って、本当にお人好しだよね」
「はい……! それがまた、アル様の魅力なのです……!」
「ちょっとあんたたち! せっかく良い感じで締められたのに水を差さないでよ!」
アルの照れ隠しのツッコミが砂漠の空に明るく響き渡った。 こうして私たちは頼りになる 助っ人を手に入れたのだった。
カイザーとの激闘から数時間が経過した。
あの後、私たちは一度アビドス高校へと戻り、戦闘で破壊された教室の一部を応急処置だけ済ませた後、疲弊しきった心身を癒すためこの日は一時解散となった。
しかし私たち、指導者二人の仕事はまだ終わっていない。 今回の作戦にはできるだけ多くの、そして強力な味方が必要だ。
「……風紀委員長と教官は、今忙しいんだ。すぐに会うのは難しい」
“そんな……!”
ここはゲヘナ学園のとある場所。 私たちは風紀委員会との正式な連携を取り付けるため、ここまで交渉に来たのだ。
しかし生憎、現実はそう都合よくはいかないらしい。 対応に出てきたイオリ曰く、ヒナとウーティスは別の仕事で席を外しておりすぐには会えないそうだ。
さてどうしたものか。私が、思案に暮れていると……。
「そうだな。じゃあ土下座して私の足でも舐めたら……」
耳を疑うようなとんでもない言葉が飛び込んできた。 その瞬間。
私の隣で、ヒュッと、鋭い風が吹いた。
嫌な予感を察知し横を振り向く。先生がいない。突如として腹が痛んでくる。今度は正面を向き直す。そこで繰り広げられていたのは地獄絵図だった。
「うえぇ!?ちょっと何してんだ!??大人としてのプライドとか、人としてのプライドは無いのか!!?!?」
“今は緊急事態なんだ!”
なんと先生はイオリの要望通り、土下座しながら彼女の足をゆっくりとしかも繊細に舐めまわし始めたのだ。しかも……ご丁寧にブーツと靴下を外してだ。
ある意味元凶である被害者のイオリは、辱めを受けながら抵抗はするが、なんというか満更でもないようで引き離す行為までには至らない。
そして狂人の先生。彼はその道の熟練がするような目付きでイオリの顔を赤く染めらせた顔を覗きながら、しかし足元を見つめる時の表情はまさに恍惚だった。舌先は寸分の狂いもなく、足指先、第一関節と第二関節の間、根本と順番に、垢でも掃除するかのように丁寧で乱暴に、親指から小指まで一本ずつ舐め尽くすのだ。
こんな繊細な描写を考えられる私に嫌悪を抱いてしまう……。
いつまで続くか分からない地獄に、救いの手が差し伸べられた。
「随分と楽しそうね?」
「おい、銀鏡イオリ!これは一体……」
仕事からヒナとウーティスが帰って来たのだ。これでなんとかこの地獄を止められる、と思っていた矢先。
「え……………えっ!?」
凄惨な現場を目に焼き付けてしまったはヒナは理解できず、唖然として固まってしまう。そして隣のウーティスですらこのような光景は数十年で一度も目撃していなかったのか、ヒナほどでは無かったが唖然とした表情のまま直視していた。
〈なっ、なんて事だ!?どうすればこの事態を……!〉
立て続けに起こるアクシデントに、私はカチカチと鳴らしながら一層頭を悩ませる。
その後、思い悩む私に気付き我に返ったウーティスのおかげで、なんとか収束がついた。どうやら風紀委員会側はこちら側と話を合わせてくれるそうだ。
〈先生……〉
“あれは仕方がなかった事だ。そんな蔑むような目で見るなよ”
〈あそこまで入念に舐めるのは失望するよ……〉
“まさか分からないのか?イオリの足は俺をーー”
これ以上聞いて入れなかったので、私は渾身の蹴りを入れた。すると先生の身体にクリーンヒットして、彼は悶え苦しんだ。
“なっ……!?どういうことだ、アロナァ……!?”
『たまには蹴られてもいいと思いますよ!』
〈言われてるじゃないか〉
地面に伏して悶絶し、時々見せるこう鋭い性格の先生は何処となく『私』を彷彿とさせる。
〈前からずっと思ってたんだけど、君って私に似てるよね〉
“……似てる?どこが?”
〈外見は全く違うけど、素の口調だったり時々ふざけたりするところとか〉
“ダンテって俺みたいな鋭い口調してた?”
〈うーん、なんて言うんだろうか。『記憶をなくす前』の私って感じだ〉
“……?”
記憶失くした時、確か最初の私はどこか粗い性格だった。今こうして丸く収まっているのも感慨深いが、その前の口調が先生の素の口調と同じ波長だと無意識に感じてしまったのだろうか。
その答えは誰にも分からない。
新たに生まれた疑問に思い更けていると、先生が思考を遮った。
“なんか癪に触ったか?”
〈うーん、そうでもあるかな〉
“いいだろ?今まで抑制した訳だからさ”
抑制はあまり良くはない。今までの経験、そして囚人を見て抱いた価値観だ。
“はぁ……君もこの口調が嫌いですか”
先生が軽口を叩いて咳払いする。次の先生の言葉は装った口調だった。
“さて、風紀委員会も暇っていう訳じゃないから、なるべく早く……作戦を練るために2時間後にアビドス高校で集合という予定にはなるかな。だけどこれ以上やれる事はないから、今日は切り上げダンテはシャーレに戻ろう ”
〈……?先生は帰らないのか?〉
“それがさ……”
先生は言い淀みながら、懐から一枚の葉書を取り出した。しかし普遍的な葉書ではなく、漆黒の紙に亀裂のような白い線が刻まれている、なんとも前衛的なデザインのものだった。
しかしその唯一のデザインに強烈な既視感を感じた。
〈その葉書……黒服のか?〉
“ここからは大人の戦いってことだ、ダンテは面識あると思うけど何されるか分からないからそのまま帰ってね”
彼はそう言い残すと私とは反対の方向へ足を進め、地平線の彼方へ消えていった。
〈……先生はやけに一人で背負おうとするな〉
先生の少し大きな背中を見守った後、私の足は通行手段であるバス停へ向かい始めた。
時計の針は先程より2つほど進んでいる。
アビドス高校のメディアルーム。砂埃が少し舞う室内で、いつもとは違い大勢の人々が用意されたパイプ椅子に腰掛け待機していた。
「ど、どうして……こんな所にヒナが……!?」
「ももも、もしかてハメられたのでしょうか?」
「いや、そんな事はないと思う……」
「くふふ〜?何だか面白くなってきたね〜?」
「妙に騒がしいと思ったら……成程、便利屋の方々がいらっしゃるようですね」
「な、なんで便利屋がいるんだ!?犯罪者と手を組むなんて聞いてないぞ!?」
「静かにしてくださいイオリ。我々にとって敵対している組織でも、それらは先生が選んだ結果です」
「そうよイオリ。だから今回は目を瞑って」
「わあ〜、学校にこんなにも人が集まるなんて……初めてです☆」
「集まりすぎて逆に怖んだけど……」
「き、緊張しますね……」
「ん……」
アビドス高等学校の全生徒。便利屋68の全社員。そしてゲヘナ風紀委員会の主力メンバー。 珍しくこの廃れゆく学校に多くの人々が、たった一つの目的のために集結していたのだ。
彼女らは後方のパイプ椅子に腰掛けながら、興奮したように周りを見渡したり、逆に絶対的な強者の存在に身を縮こませたりと、その反応は多種多様だった。
無論、これまでアビドスに関わってきた、私達リンバス・カンパニーの囚人たちもここに揃っている。
「おお。なんかすげぇいっぱい人が集まってんなー」
「ゲヘナ風紀委員会の方々までいらっしゃいますね。一体どれほどの規模の作戦になるのでしょうか……?」
「作戦の規模はこれから決まるんでしょ? にしても長いのよね~。もっとお菓子でも持ってくればよかったかな」
生徒たちとは対照的に、前方の席では囚人たちがどこか呑気にそれぞれの感想を述べていた。
そして――。
「……それにしてもシャーレの先生は遅いな。この作戦の見通しを立てた当人が遅刻とは、どういう風の吹き回しだ?」
ウーティスが苛立ちを隠さずに言った。
〈先生は……最後の情報収集を行っているらしい〉
「……でしたら、開始時刻を引き伸ばしましょうか」
〈――いや、始めよう〉
囚人たちの集団のその端で、私とウーティスは静かにそう話し合っていた。 もう、時間は残されていないのだから。
この異例づくめの集会。その目的はただ一つ。カイザーコーポレーションに連れ去られたアビドス生徒会副会長、小鳥遊ホシノを救出するための合同作戦会議だ。
「管理様のご判断に従いましょう」
ウーティスは静かに応えると、白い画面を映すプロジェクターの隣、その教壇へ上がり、この場に集まった生徒や囚人を鋭く見渡す。
軽く見回し、全員の注意を引くため彼女は靴の踵で床をトントンと響くように鳴らした。
自然と全ての視線が、音源へ集中する。
「ーーこれより!小鳥遊ホシノ救出作戦に関するブリーフィングを始める!」
軍人らしい厳格な声が室内に響き渡った。
「尚、当ブリーフィングの進行役候補であった、この合同作戦会議の考案者でありながら時間管理の基礎がなっていない偉大なるシャーレ先生、並びに進行が著しく難解になりうる我らがリンバス・カンパニーの管理人様に代わり、この私ウーティスが全権を持って進行役を務める」
「今の侮辱必要でしたか?」
「あ、あははっ……ウーティは普段からあれだから……」
ごく自然に流れる侮辱を挟み込みながら、ホシノ救出作戦合同会議は始まった。
「まず現時点における我々の方針についてだ。当作戦の最終目的は、現在アビドス砂漠の座標不明地点にて、監禁状態にあると推定されるアビドス高等学校3年生生徒会副会長、小鳥遊ホシノの完全なる救出だ」
「そして、目的を達成するための現段階における目標は、小鳥遊ホシノの現在地の特定及び救出決行だ。なお、現在地の特定についてはこの合同作戦会議の場にて、完了させる予定である」
ウーティスが淀みなく概要を説明し終わると、「はいっ!」という少し震えながらも明るい声が、その場に割って入った。
「そこっ!陸八魔アル!」
「はいっ!ウーティス先生!質問であります!どうして小鳥遊ホシノは連れ去られたのでしょうか!」
「貴様!当作戦遂行に直接影響しない質疑をこの場で行うな!まずは頭の中で、その問いの必要性を十分に整理してから挙手をするように!それと私の名を呼ぶ際は、敬意を込めて『教官』を付けろ!理解したか!」
「そ、そんな!?」
「い、今、アル様を侮辱ーー」
「ハルカ待って」
「暴君がすぎるでしょ!?」
進行権が彼女に渡った時点で、この合同作戦会議は修羅場に豹変すると分かりきったことだ。ウーティスのいい加減な進行に生徒の何人かは悪態を吐くが、戦場で精神を鍛えた彼女の前には無意味。言い返す代わりに、少し重みのある咳払いで聴衆を黙らせた。
「……さて、少々話が逸れてしまったようだな。前置きはここで切り上げ、本題に入ろう」
少し億劫そうに発言しながら、彼女はプロジェクターのリモコンを操作する。
すると今しがた真っ白な画面だったのが音もなく、色味のある地図へと変わった。見た感じここアビドス自治区の地図のようが、驚くほど精巧なものだった。
「これって……」
アヤネが不思議そうに精巧な地図を見つめながら呟いた。ウーティスは一体どこでこれを……。
「ここアビドス自治区、特にアビドス砂漠を重点的に示した戦術地図だ。ゲヘナ情報部の、技術の賜物である」
「情報部の……」
簡潔な説明を済ませると懐から一本の指示棒を取り出し、スクリーンに映し出された地図のある一点をカツンっと叩いた。
「ーーまず現状を正確に把握しろ。敵の目的は『アビドス砂漠のいずれに埋められた宝の採掘』という最終目的を達成する為、障害となり得るアビドス高等学校の排除。しかし我々の目標である、小鳥遊ホシノの正確な監禁場所は不明だ」
何者も質疑を出さない静寂の中、微かにぶつぶつと呟く声やペンを走らせる音が聞こえてくる。
「しかしだ」
「一度偵察へ向かったアビドス生徒らの証言。そして詳細は省くが、我々が新たに発見した、過去のアビドス自治区の古地図。これらの情報を照合・分析した結果、彼女が囚われている可能性が極めて高い場所を、2箇所までに絞る事に成功した」
すると、億劫そうに説明を聴いていたヒースクリフがでかい声で挙手した。
「おい、なんで1つに絞らねぇ?普通に1個に絞った方が効率いいだろうが」
「……お前にしては、随分鋭い質疑を出すのだな。だがその思考こそが、素人の浅はかさの証明だ」
「あ?」
見下すような発言にヒースクリフの眉が動くと、 その空気にクスクスと笑う声が注がれた。 声の主はロージャである。彼女も何も分かってはいないだろうに。
「――ならば貴様にも確たる証拠を見せつけてやろう……おい! 偵察班!」
ウーティスが叫ぶと、風紀委員の二人がパソコンを抱え彼女のもとへ駆け寄った。そして 到着するなり彼女たちだけで打ち合わせを始める。 それが終わると風紀委員の一人がパソコンとプロジェクターを手際よく操作した。
するとスクリーン上の地図に一本の赤い線が引かれた。 真っ直ぐではない、しかし明らかに意味ありげな線がA地点とB地点を通っている。
「ウーティス教官。この妙に揺れている赤い線は?」
「はやとちりをするな、砂狼シロコ。この線について今から説明する」
ウーティスはそう言うと指示棒で赤い線の根元ーー 地図上に記された一つの黒い点を叩いた。
「この地点は現在我々が待機しているこのアビドス高等学校だ」
彼女は指示棒を赤い線に沿ってゆっくり滑らせる。
「そしてこの赤い線。奴らはこのルートに沿って兵力を配置し我々を監視していた」
「……ん?このルートって、私達が過去に通ったルートとは違いますが……」
「疑問に思うのは当然だろう。しかし、奴らがこのように兵力を配置した理由は他にある」
ウーティスが偵察班の風紀委員に合図を送ると、 彼女は再びパソコンを操作し始めた。 すると今度は荒涼とした砂漠の映像がスクリーンに表示された。
「この映像は先程偵察班のドローンに撮影させたものだ。ご覧の通り廃墟の配置、地形、そして砂嵐の風向き。あらゆる要素がまるで『ルートを強制的に一つに絞らせる』ように配置されている。自然の地の利を生かし、あるいは人工的に、そしてそれを補うように敵の兵力が置かれている」
「あまりにも都合が……いや、最近天候操作技術が秘密裏に開発されている噂があったからあり得るかも」
カヨコが肯定するように呟いた。
「そうだ。そしてこのような巧妙な罠の配置がA地点からB地点まで続いている」
「あまりにも手っ取り早いような……カイザーコーポレーションがアビドス高校に負けてまだ数時間ですよね?」
おかしそうにアコが映像を凝視する。
「ふーん、それが出来るのはあいつの権力と金だろうね」
「……ちっ」
ロージャはふんわりと呟き、ヒースクリフは嫌でも納得してしまったようだ。
「ふふーん?要するに、罠に乗っかってあげるってことね?」
「その通りだ浅黄ムツキ。ただ相手の士気を削ぐわけでもなく、2つの地点のどちらかに小鳥遊ホシノが監禁されているという可能性があることだ」
「本当に悪辣だな……」
イオリが嫌そうに呟いた。
「さて、我々のルートについて理解が出来ただろう。次にそれぞれの地点の詳細に入る。現時点から最も近いこのA地点、ここはアビドス生徒らが一度偵察へ向かった場所、カイザーコーポレーションが所有する名称不明の施設。そしてこのB地点は、かつて存在したアビドス高等学校本館だ」
そしてもう一度赤い線をなぞる。
「そして今しがた説明したように、ここからA地点、そしてB地点へ順番に辿る道筋が最も安全だ。ーーつまり、我々に選択肢はない。この敵が用意したルートを、順番に攻略する。それが最も合理的な作戦だ」
「ーーとなると、1番の懸念点は相手の戦力が集中するであろうあ地点ですね」
チナツが熱心にメモ帳にペンを走らせる。
暫し反論が出てこない空気の中、ピシッと黒い手が挙がった。
「……空崎ヒナ」
「その作戦、無謀すぎるわ」
「ほう?風紀委員長よ、何か代案でもあるというのか?」
「ええ。敵の罠だと分かっているのなら、わざわざ正面からその道を進む必要はない。別動隊を編成しこのルートを迂回させ、B地点……旧本館を直接強襲する」
「その間に本隊がA地点の敵を引きつければいい。戦力を分けることで、敵の『一本道』という有利な状況をこちらから崩壊させるのよ」
「中々に洗練された作戦だな?」
ウーティスは、一度はヒナの提案を賞賛した。
しかし。
「――だが、却下だ」
彼女はより合理的であったはずのその作戦を、きっぱりと断言した。
「……理由を聞かせてもらえるかしら、教官」
「理由は二つある。一つ。その『迂回路』では、この本筋へと容易に合流できないことだ。貴様も見たように、周囲の地形は険しく、意図的に侵入を阻むように作られている。……まあ、貴様のその自慢の飛行能力を使えばどうにかなってしまう可能性もあるだろうがな」
「――そこでこの二つ目の理由だ。こちら側の安易な戦力分散は、現状最も合理的な判断ではない。なぜなら、今回の作戦で我々が想定すべき敵はカイザーPMCだけではないからだ。……あの『幻想体』も常に視野に入れて動かねばならん」
『幻想体』という言葉にヒナだけではなく、その言葉を知るアビドス生徒、風紀委員会も同様に反応した。
「……ええ。異議はないわ」
その言葉だけでヒナは完全に説得させられた。
一方、その言葉を知らない便利屋の面々はというと……。
「げ、げんそうたい?何なのかしら、それって?」
「ふむ、少々複雑な存在だ。簡潔に説明するなら……」
純粋な疑問を口にしたアルに、口角を上げよからぬ事を考えているウーティスが近づき、彼女の耳元で囁いた。
「ーー対処を間違えれば、空崎ヒナですら容易く死んでしまうだろう」
「ひっ!!?」
恐怖にあまりアルは短く悲鳴を上げた。
「ちょっと、ウーティス教官。あまり社長を揶揄わないでくれる?」
怯えるアルを懸念して、カヨコが呆れたように、しかし明確な敵意を持って割って入ってきた。
「揶揄う?ただ事実を述べただけだろう……」
「……」
ウーティスのあまりにもしれっとした返事に、カヨコは言い返す気も無くなった。
「ーーさて、諸君らも理解しただろう。当作戦は想像を超える規模と危険度を有している。半ばの覚悟ではこの作戦には耐えられないという事だ」
再び緊迫する空気。そんな中、メディアルームの扉が不意に静かに開かれる。
“やあ。遅れてすまないね”
「先生……!」
この合同作戦会議の議案者である、シャーレの先生がやっと帰ってきたのだ。
「シャーレの先生……随分と時間が過ぎておられますが、一体どういった目論みで遅刻をされたのでしょうか?」
“はは、心の底からすまないとは思っているけどね。その代わりとして、お土産を受け取って欲しいかな”
〈お土産?〉
思いがけず私は聞き返した。すると、先生の口からまさかの言葉が放たれる。
“……ホシノが捕られられている場所を特定できた”
「嘘っ!?都合が良過ぎない!?」
「まさかの朗報ですね♪」
突然の朗報に歓喜するアビドスの生徒達。だがその歓喜ムードに反して、ウーティスは冷静だった。
「こほん……一応伺いますが、小鳥遊ホシノが監禁されている施設はどこでしょうか」
“……ロボトミー・コーポレーションアビドス自治区支部”
「ロ、ロボトミー!?」
なんとホシノが監禁されている場所というのは、ロボトミー支部でありノーマークの地点だったのだ。
「どういう事ですか先生!?折角こちらで、限られた時間で地図を作成したというのに、また刷り直せと言うんですか!? 」
「アコ、うるさい」
“はは……”
自分たちの裏の努力が無意味だったというような先生の発言に、アコは感極まって怒り始めたのだ。
「はぁ……まだ長くなりそうですね」
「ぐぅ……がぁ……」
「なんかヒースクリフ寝てない!?」
「ヒースはね、冷たい床で寝そべって1秒だけ瞼を閉じるだけで熟睡できるんだよ〜」
「あはは、能天気ですね……」
完全に収拾がつかなくなったメディアルーム。一先ず新しく入った情報を整理しよう。
〈先生、座標とかって教えられた?〉
“ああ、地図なしじゃどこかって分からなかったけど”
「でしたらプロジェクターに地図が示されていますので、そちらを利用してください」
ウーティスに促されるがままに、私と先生はスクリーンの前に立つ。
“えっと確か……”
先生はおぼつかない指先で、慎重に地図の至る所をなぞり始める。
その内段々と範囲は絞られていき、最終的には……。
旧アビドス高等学校本館の地点を指していた。
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脚を舐めたァァァァァァ!ホントにtakamagi さんの物語は細かいとこまで作り込まれてて…キャラの性格とかが解りやすくて色々と助かります