死ネタ
腐要素なし
一松side
僕は松野一松。
いきなりだけど、僕は死んだ。
路地裏に新入りの子猫を庇って。
その子はまだ警戒心が強かった。
それを分かっていたのに、餌をあげようとしてしまったんだ。
その子は痩せ細って今にも死んでしまいそうだった。
だから、見ていられなかったんだ。
僕が近くに膝を着いただけで後退りしたのに、新入りの毛艶の良い可愛い猫に興奮していた僕はそれに気付いてやれなかった。
猫缶を開けて地面へ置く。
その子は踵を返して必死に逃げていく。
その先は車がよく通る道路で。
僕は焦って今までで1番早く足を動かした。
猫を抱き上げ、振り返って投げた。
猫は丈夫だし大丈夫だよね、とか考えてたら、視界がブレて痛みよりも前に大きな衝撃が身体に走った。
そこからはあまり記憶が無いけれど、人の悲鳴や怒鳴り声が響いてた。
身体は冷たくなるのに頭は暖かくてふわふわして。
記憶を失う前、その子がにゃあと細く鳴いた。その子の鳴き声を聞くことが出来たから嬉しかったな。
目を覚ませば、デカパンのラボ。
あれ?生きてる?って思って、起き上がる
やけに身体が軽くて普段からある倦怠感も頭痛もなくてすっと起き上がれた。
辺りを見回すと兄弟がいた。
「あ…みんな…」
声は枯れていた。
おそ松兄さんは俯いて顔が見えない。
カラ松兄さんは拳を握りすぎて手が白い。
チョロ松兄さんは肩が震えてる。
十四松は目の周りに涙の跡がついている。
トド松はぐすぐすと泣いている。
僕は訳が分からなくてオロオロしていた。
ふと立ち上がり、振り向いた。
そこで僕は絶句した。
何故かって?だって、だって…
青白い僕が白いベッドの上に寝ていたから。
思わず大きな声で叫んでしまった。
でもその声を咎める声はもう無くて。
そこでやっと理解したんだ。
あぁ、僕死んだのか、ってね。
兄弟の顔を見ながら立ち竦む僕に誰かが話し掛けた。
「松野一松くん」
僕の肩は跳ね上がり、猫耳と尻尾がシュバっと登場した。
僕はその声の主を探すように辺りを見回せば、くつくつと楽しそうに笑われた。
「上だよ。君は面白いね」
バッと上を見れば優しそうな顔をした男が頬杖をしながら見ていた。
「っえ、だ、誰…?!」
その男は浮いていて、目を閉じて自己紹介を始めた。
「僕は神様だよ。君が死ぬ前からずっと見てたよ!君は勇敢だね。そして偉い。」
何故か褒められた。
少し暖かくなる胸に手を当て、頬を緩める。
「で、突然だけど6日間だけ生き返らせてあげるよ」
「は”?」
…と、言う訳で一時的に猫に転生させて貰えた。
訳が分からないけど、とっくに帰ってしまった家族の元へ走る。
やっぱり猫って身体が靱やかで走る速度も早くて息があまり上がらない。
ようやっとのことで着いた家は豪邸のように広く見えた。
おそ松side
ある何でもない日。
俺の3番目の弟の一松は普段通りに猫の元へ出掛けた。
そして、呆気なく死んだ。
居間でゴロゴロしていた俺達の元へ掛かってきた電話はお前が出ろ、いやお前が…
と擦り付けられていた。
そんな空気が数分続いた時、痺れを切らしたチョロ松が態とらしく溜息を吐きながら鬱陶しそうな声色で返事をした。
「はい。…えぇ、松野ですけど。ん、デカパン博士!どうした…っえ、嘘でしょ…あ、わ、分かった。急いで行くよ。」
慌ただしく返事をするチョロ松に異変を感じた俺は襖から顔を覗かせて呑気にどうしたーと声を出した。
チョロ松の顔は青ざめていて、コンクリート造りの地面の上へへたりこんだ。
「おそ松兄さん…一松が、事故にあって…し、死ん…だって」
状況説明をしろとは言ったが重すぎる話で大声を上げてしまい、他の兄弟もわらわらと出てきた。
チョロ松は涙を溜めながら説明し、みんなも身体を震わせながらデカパンの所へ向かった。
着くと暗い顔をしたデカパンが迎えてくれた。
なんとも嬉しくない出迎えだ。
そこからはほぼ記憶なんて無く、
デカパンが拭いてくれたのか少しだけ血が着いている愛おしい弟の青白く、冷たくなった顔を見ながら手を握っていた。
その後は皆で涙しながら今までの思い出だのまた6つ子に…だの、返事を返さない一松と話していた。
そんな風にしていたら時間が過ぎるのはあっという間で、気付けば家を出てから3時間。
きっと母さんは一松が死んだ事を知らない。
だからきっと家へ帰れば遅いだの夕飯が冷めただの怒られるだろう。
俺達はデカパンに御礼を言って1つ足りない足音をコツコツ鳴らしながら一松を抱き抱えて帰路へ着いた。
家に帰ればやはり予想通り母さんは小言を言いに玄関へやってきた。
が、俯いた俺達の頭上に小言が降ってくることはなく、何かを察した母親が震えた手で一松の頬を撫でた。
俺が顔を上げたと同時に母さんの目からとめどなく涙が溢れ、それを筆頭に我慢していた俺達も涙を流した。
父さんも何かを察し居間から覗けば慌ててやってきた。
その後はひたすら一松を綺麗にして血で汚れ破れたパーカーを脱がして予備のパーカーに着替えさせてやった。
俺達より細くてもちゃんと肉付きがあり柔らかかった腹は更に細くなり、肉が硬くなっていた。
一松を中心に皆で座って頬を撫でたり手を繋ぐ。
ゆったりした時間を過ごしていた時、玄関のチャイムが鳴らされた。
俺達は怪訝そうに顔を見合わせて、全員でドタドタと足音を響かせながら少しの希望を抱いてドアを開けた。
そこには黒い黒猫がちょこんと座っていた。
眠そうに半分ほど閉じられた目からは紫色の宝石を覗かせていて、毛はボサボサだった。
「…一松兄さんみたいだね」
赤くなった目を細めて愛おしそうに黒猫を見詰めるトド松。
それに皆同意し、とりあえず家に入れてやる。
玄関の鍵を閉めて2階へ連れて行っている間、猫は一言も鳴かず、されるがままだった。
そして2階へ着くや否や布団の上へ置いてやり、一人一人話し始めた。
「一松の友達?あいつさ…死んじゃったんだよ」
目を瞑って自分に言い聞かせるようにおそ松は呟く。
「しってる。ちょっとだけ痛かった。」
咄嗟に目を開き、目の前の猫を痛い程見詰める。
驚いて固まって居るのは皆も同じなようで、全員理解できないといった顔をしていた。
「え…わからなかった?僕一松だけど…」
バツが悪そうにぐしぐしと毛繕いをする目の前の猫が弟?兄?わからない。
その時は6つ子シンパシーが通じたね。
まぁその後は一悶着あって、なんとか全員信じた。
「信じてくれた?よかった。いきなりだけど、僕は神様?に6日間だけ生き返らせて貰ったの。だから1日ずつ皆と2人きりで過ごしたいの。」
キラキラと輝く紫がそれぞれの目を見詰め、
なんとも言えぬ感情が渦巻くように布団をトントンと肉球で叩いた。
「「「「「勿論!行こう!」」」」」
もう夜も更けた暗い空に響く大声。
しかし咎めるものはおらず、皆涙を拭う事も忘れて今は小さな一松に抱き着いた。
「っちょ、苦し…」
そこから俺達は寝てたみたいで記憶はない。
とにかく、朝。
早速今日は俺が一松と出掛ける日。
一松は周りから見ても猫だし、周りの人には声が聞こえないらしいから出掛けてもあまり楽しくはなれなさそう。
「うーん…よし、一松!」
おそ松の膝の上で朝食をカリカリと口にする一松は端からみれば確実に猫である。
「ん、なに。おそ松兄さん」
見上げるアメジストに微笑み、提案する。
「今日一日ブラブラしよーぜ!」
「ぶらぶら…」
「そ。そこら中歩き回って、2人で風呂入って、2人で寝る!どう?」
“2人”その単語に兄弟が不満を垂れ流すが聞こえないフリ。
「ん…良いね」
目を細くして微笑む黒猫にはやはり一松の片鱗があって。
ぼやける視界を乱暴に拭い、優しく微笑んだ。
早速朝食を食べ終わり、服を着替えて既に玄関で待っている一松の元へ走る。
「そんなに急がなくてもいいのに…」
照れたように毛繕いをする一松が愛おしすぎてすぐさま抱き上げる。
「っちょ、わ…」
「これで行こう!一松!」
一松は顔を俯かせ、小さく頷いた。
腕の中に鎮座する猫と会話をする男なんて通報案件だろうと考え、普段からあまり人通りがない河川敷で座っていた。
「一松、俺さ…こんな呆気なく5人になるなんて考えてなかったわ。正直悔しいし俺も後追いたい。」
青く広がる空を眺める一松の目は眩しくて目を細めているのかそれとも泣きそうなのかわからないほど影が差していた。
「俺…いや、僕も。正直言うと成仏するのが怖いし皆から離れたくない。ずっと、っずっとこのままでいたいよ…でも、後を追うのはやめてね。後50年以内に来たら怒るよ。」
アメジストから水滴がポタリ、ポタリと垂れる。しかし数秒もすれば水は消え、一松ははにかんでいた。
その後はぼーっと空を眺め、偶に言葉を零していた。空は赤と紫が混じり、まるで俺達みたいだと思った。
「空の色、僕達みたいだね。」
目を丸くする俺を怪訝そうに見詰める一松が可愛くて頭をくしゃくしゃと撫でる。
「俺もおんなじこと考えてた。…もう帰るかぁ。おいで一松。」
にこりとはにかんで手を広げれば少し戸惑った様子で飛び込んでくる小さな一松。
朝と同じように会話をしながらゆったりとした動きで歩き、家では2人で風呂に入った。
羨ましそうに見られたが無視して別室で2人用に布団を敷いて他愛もない話をしていると、気付けば一松は寝ていた。
カラ松side
昨日はおそ松と一松が2人で出かけた。
今日は俺と一松が2人だ!
なんやかんやあって死んだ一松が猫になって会いに来てくれた。
猫が一松だとわかった時、嬉しくて嬉しくて涙が止まらなかった。
今の時刻は午前6時半だ。
ニートな自分達が起きるにはあまりにも早すぎる時間であり、まだ眠気が襲ってきている。
しかし今日は一松と2人で出掛けるんだ。
自分の臀に鞭をうち、立ち上がる。
誰も起こさぬようにひっそりと襖を開け、廊下へ出るととても僅かな音が廊下へ響いていた。
その音はカリカリ…カリカリと何かを引っ掻く音だった。
察した俺は隣の部屋の襖を開ける。
すると両足で引っ掻いていたのか一松は勢いよく廊下に倒れ込んだ。
「い、一松?!大丈夫か?」
焦って一松を抱き上げるが、威嚇された挙句顔を引っ掻かれてしまった。
そのまま一松は階段を1段1段降りていった。
慌てて追いかけてまた抱き上げる。
肉球で何度も叩かれるが無視して居間へと連れて行けば諦めたのかだらんと四肢を伸ばしていてとても愛おしかった。
まだマミーも起床していないことをいいことに一松に肩に居てくれ、と頼み朝食を作り始めた。
一松も今日を含め後5日しか一緒に居られないと分かっているのか普段より柔らかい態度で接していた。
料理を片手に一松を撫でながら卓袱台へと向かう。一松にもカリカリを用意してあげ、会話をしながら朝食を咀嚼する。
「ねぇ、今日どっか行くの。」
やはり素直になりきれないのか少しふてぶてしく聞かれる。そんな一松も愛おしくてなんとも思わないが。
「今日は海に行こう!まだ少し寒いかもしれないが、水に触れるだけでもしようじゃないか!」
話を聞きながらもカリカリを口の中いっぱいに詰める一松はとても可愛らしく、人間だったという事実さえ忘れてしまう程だった。
口の中を空っぽにした一松は口を開いた。
「いいね、海。カラ松と2人で行くの初めてだし…。」
カラ松…
カラ松…?!
カ ラ 松 ?!?!
久しぶりに呼ばれた名前を何度も脳内で反芻する。
「一松…!!名前、名前…!!」
理解すると同時に小さな一松に抱きつけば鋭く研がれた爪を向けられる。
が、待ち受けていた痛みが到達することはなく、目の前で溜息を吐きながら爪をしまい肉球で頭を叩かれた。
「浮かれすぎ…別に名前くらい良いでしょ…ばーか」
にやにやが止まらず用意をしている時も、駅に着くまでも、電車の中でも一松に何度も肉球で叩かれた。ご褒美だ。
駅に乗ったのが午前8時。
最初の頃は窓の外を見て目を輝かせていた一松だが、1時間程経てば俺の腕の中で眠ってしまった。
幸い人も少なく、動物を連れていることを咎められる事もなかったので耳をぺたんと垂れさせた一松の頭を優しく撫で続けていた。
そんな事を続ければもう目的地で。
そこは全国の中でも上位に入るほど美しい海だった。
ゴミも全くなく、太陽が反射してキラキラと輝く海はまるでサファイアの宝石箱のようだった。
まだ目をくしくしと擦る一松も海を人目見て感嘆の声を零した。
「すごい…!」
その声に相槌を打ち、一松を砂浜へ放つ。
途端はしゃいで水辺へ鳴き声を上げながら走っていく一松を苦笑しながら眺める。
一松は振り返って呼ぶ。
「?カラ松、来ないの。」
「…えっ。っあぁ、今行くぞ!」
慌てて追い掛ける。
そこからは水に浸かろうとする一松を抱き上げたり売店で飲み物を買って少し与えたり。
普段は笑顔どころか目さえ合わせてくれない一松と2人で笑い合える事が幸せでとても嬉しかった。
気付けばもう午後5時。
海の青と淡い紫が混じり、溶け合う。
キラキラと輝いていた海も落ち着き、ユラユラと闇が蠢いている。
これから帰れば丁度夕食の時間だろうと考え、砂をはらって一松を見る。
一松は座っていた俺の膝の上で転寝をしていた。
「一松、そろそろ帰ろうか。」
声を掛けるが一向に開かない目に笑ってしまい、ムッと一松が目を開ける。
「なに笑ってんの。」
「狸寝入りか?」
くつくつと笑いながらなんでもないよと言葉を濁し、抱き上げて駅へ向かう。
電車の中でも一松は眠り、俺も疲れ果てていたので少し微睡んでいた。
夢は見ず、気付けば窓の外は暗くなっており、車内も電車に乗った時より人が疎らになっていた。
電光掲示板を見れば後1駅で最寄り駅であり、眠らずに考え込む事にした。
膝上でくぅくぅと寝息を立てる一松の頭をさらりと撫で、目を閉じることにした。
(実感が湧かないな。案外猫になって俺達も一松もやっていけてる。でも、後5日しか一松の声も仕草も認識できなくなるのか。やっぱり少し信じられないな。出来ることなら逝かないで、ずっと傍にいて欲しい。)
ガタン、ガタンと耳に入っていた音は少しずつ遅くなり、目的の駅に着いたことを知らせる。
一松を起こすのも悪いか、と優しい手つきで抱き上げ、早急に駅から出た。
心地よい風が頬を撫で、空に浮かぶ星が2人を見守るかのように輝いている。
一松に着ていた上着で包みこんだ。
まだもう少し2人の空間が続いて欲しくて、遠回りをした。
チョロ松side
午前7時、昨日は海まで行ったと自慢していたカラ松を一瞥し、いつの間にか居間の隅で船を漕いでいた一松に声を掛ける。
「おはよ、一松。眠い?」
一松の肩がビクリと揺れ、薄く目が開いた。
「おはよ…チョロ松…にいさ…眠く、な…い。」
意地を張ってふんすと鼻を鳴らす一松にくすりと笑って頭を撫でる。
「眠いなら寝ててもいいよ?今日はちょっと遠いから。」
「ん…ど、こいくの?」
「ちょっと遠い所の草原。一松、花に少しだけ興味あったでしょ?前図鑑見てるとこ見たから。」
眠たげな目を見開き、頬を赤く染める一松を抱き上げてぽんぽんと背中を叩く。
「…はな、みたい…くぁ…」
不規則なリズムに身体を委ね、あっという間に眠ってしまった一松を2階へ運び、ふわふわの布団へ戻してあげる。
その間に朝食を平らげ、着替えて荷物を確認する。
1時間程バタバタと1階を走り回れば電車の時間が迫って来ていた。
一松を抱き抱えて駅へ向かう。
未だ眠っている一松の頭をわしわしと撫でて顔を緩める。
幸い人があまりおらず、行き先を確認しながら膝上に一松を置く。
まだ3日目だが、最近一松の身体に異変が起きている気がする。
1つ目はよく寝るようになった。人間だった時よりも眠るようになり、少し心配だ。
まぁ考えすぎると一松にも不安なのが伝わってしまう。それは良くないよね。
昔から僕は楽観的に考える事が出来ず、いつも考えすぎて場を冷やしてしまうことが多かった。
そんな自分が嫌になって自己嫌悪。
僕は一松とほんの少し似ている気がする。
気がするだけだけどね。でもこんなに愛おしい弟と共通点があって嬉しい。
膝上で寝ている一松は身動ぎ1つせず、少し不安になる。
目的地が遠いということもあって、スマホのタイマーを設定して僕も目を閉じた。
周囲の人には聞こえないほどのタイマー音。
ピロリロ、ピロリロ。
無機質な機械音が近くで聞こえた事に驚いたのか僕よりも先に一松が飛び起きる。
「チョロ松兄さん、チョロ松兄さん。」
爪でカリカリと腹を掻かれ、擽ったくなり目を開ける。
人が少ないとはいえ数人は居た為急いでタイマーを停止させる。
眠そうに半分ほど閉じられた目と見詰め合い、同時に頬を緩ませた。
「ふはっ…ごめんね一松、うるさかった?」
一松も嬉しそうに目を細め、ううん。と首を振った。
そっか、と相槌を打ってわしわしと撫でてやれば気持ち良さそうに手へ擦り寄ってくるものだから可愛くて仕方ない。
くつくつと笑えばムスッとした顔でそっぽを向く。
そんな風にじゃれていれば目的地へ到着する。
「一松、行こっか。抱っこしてもいい?」
問えば控えめに頷く。
よいしょ、と声を零せば落とさないでよね。と照れ隠しのように吐き捨てられる。
はいはいと笑えばそれ以上は口を開かなかった。
駅から15分程歩けば大きな公園が現れる。
その公園を突っ切って更に10分程進めば手入れが行き届いていない錆びれた階段が現れる。
そこを登っていけば地元の人でも知っている人が少ない程穴場の草原へ出る。
「わぁ…」
思わず感嘆の声を漏らす弟に微笑み、持ってきた図鑑とカメラを用意する。
「早速花見よっか。」
お目当ての花を探すようにキョロキョロと辺りを見回す。
多種多様な花が生息する地であり、簡単には見つからないだろうと少し肩を落とす。
淡々と足を進める。
途中途中「これ何て花?」「えっとね…」
と言った会話を繰り返す。
しばらく歩いていれば、目の前に花なんて言葉とは無縁そうな森のような茂みが現れる。
2人してゴクリと喉を鳴らし、勇敢に進んでいく。
しばらく暗い茂みを進んでいくと先の方が明るくなり、高鳴る胸を抑えて駆け足で向かう。
ようやく茂みを抜ければいきなりの日光が目の奥にじんわりと痛みを送る。
目を細めてじっくり辺りを見回す。
そこ1面に生えていた花は僕がずっと探していた花、ラベンダーだった。
一松も僕もあまりの美しさに目を見開き、息をすることさえ忘れそうだった。
「っあ!一松、写真撮ろう、写真!」
思い出したように大きな声を出す僕に肩を跳ねさせ、写真?と鸚鵡返しをする。
「うん!思い出、作ろう?」
お願い、とキラキラした目で見てやればうぐぐ…と考え込み、やっとこくんと頷いた。
「じゃ、一松そこに立ってくれる?」
指を指してお願いすれば「え?」と素っ頓狂な声が帰ってきた。
「一緒に撮らないの…?」
少し寂しそうにも聞こえるソレは僕の心を締め付けるには充分で。
「…!うん。一緒に撮ろう。でも先に一松と花の写真も撮らせてよ。ね!いいでしょ?」
首を傾げて問えば頷き、早めにしてねと控えめな催促の声が耳に入る。
数枚パシャパシャと撮影して確認すれば中々に充分な出来だった。
一松のアメジストの紫とラベンダーの紫が混ざるように輝き合い、光を反射してキラキラと光っていた。
「良いね…!」
ぶつぶつと呟きながらカメラをチェックする僕に痺れを切らしたのか走ってきて思い切り腕へ飛び込む一松。
「わっ。どうしたの一松?」
目を逸らしながら頬を赤く染める一松。
「別に…。早く一緒に撮るよ。」
それだけ口にするとぴょんと地面へ飛び降りズボンの裾を噛んで花畑の中へ連れて行く一松。
「じゃ、撮るよー」
満面の笑みで映る僕と一松はとても幸せそうに映った。
一松がラベンダーの香りを良い匂いと言いながら走り回っている間にラベンダーを数本ジップロックの中に頂戴した。
あっという間にラベンダーの匂いになった一松を抱き上げてまた茂みの中へと戻る。
「チョロ松兄さん、今何時?」
気付けばもうお昼だ。
「もうお昼だよ。お弁当持って来てるから食べよっか」
そう言えば目を輝かせて腕の中で楽しげに頷く。
茂みを抜ければ先程まで居た空間に抜けた。
そのまま足を進め、草原の中心で自分の存在をアピールするように風に葉を靡かせている巨木の下へレジャーシートを敷く。
鞄から弁当を2つだし、食べやすいように蓋を開けたりしてやると大喜びで食べ始めた。
「美味しい。チョロ松兄さん料理上手だったんだね。」
お互い他愛もない会話を繰り返していたとき、不意に褒められ頬が朱に染まる感覚に更に照れる。
「い、いきなりなに〜…?照れるじゃん。」
可愛いヤツめ!と頭をぐりぐりしてやればきゃーとやる気のない悲鳴が帰ってくる。
2人で目を見合せてくすくすと笑い合う。
こんな幸せな日常が続けばいいのに、と願わずには居られなかった。
食後、少しダラダラしたり一眠りすればあっという間に帰宅の時間になってしまう。
名残惜しい気持ちがじわじわと心を侵食するが気持ちを切り替えてすっかり眠ってしまった一松を抱き抱えて駅へ向かう。
電車に乗り、もう一度写真を確認する。
一松、ラベンダーの紫と僕、草原の緑が爽やかに揺れる情景は誰でも感嘆の声を漏らすだろう。
写真の中で楽しそうに笑う一松を指でさらりと撫で、ないものねだりをしてしまう。
(この中の一松が、人の姿の儘映れば良かったのに。)
一松はどう思っているのだろうか。
死にたくない…この一松が消えるのは死ぬのに入るのか…?消えたくない、が正しいかな。
(一松から離れたくないな…)
「一松…僕達から離れてかないでよ…」
気付けば声に出ていた言葉を慌てて飲み込み、じわじわと溢れてきていた涙も乱暴に拭う。
「…そんなに乱暴に拭っちゃ駄目だよ。」
此方を見上げて哀しく目を伏せる一松。
「…ごめん。起こした?」
くしゃりと頭を撫で、輝く紫を見詰める。
「今起きた。…僕、皆から離れたくないよ。だけど後少しで居なくなっちゃうから…どうか僕のことを” ”」
一松が悲しそうに口を開き何かを言おうとした時、最寄り駅への到着が知らされた。
「降りよう。…一松、さっきなんて言ってたの?」
問えばふるふると首を振り、なんでもないと言葉を濁す。こうなった時の一松はもう絶対に口を開かない。
僕は諦めて一松の喉を優しく撫でた。
2人だけの夜道にゴロゴロと愛おしいノイズが響いた。
コメント
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あーとりあえず死んでる😇 おそ松一松 空 カラ松一松 海 チョロ松一松 花 皆それぞれあって 凄くグッときます!