コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
不運なのか幸運なのか、私はまた目を覚ました。
ハッキリと覚えている。
目の前の巨大な活火山から飛んでくる噴石。火の粉。
噴石に当たって私は死んだ。
やっぱりまた夢…。
右手がちぎれていたはずだが、ちゃんとある。
石が当たったはずの腹部も綺麗なまま、出血の跡すらない。
痛みもない。
それにしても、ここはどこだろう?
病院のようだ。
真っ白な部屋に、私は白いベッドに寝かされていた。
「もしかして現実に戻れた?」
私は一縷の望みにかけた。
その時、スカートのポケットに入れていたスマホから通知音が鳴った。
急いでスマホを取り、画面を見る。
画面にはまた真っ黒な画面に赤字でニュースが流れる。
この画面が現れるということは…
まだ夢の世界なのか…。
スマホには「富士山噴火、活動が小康状態に」
とだけ書かれていた。
渡邉さんの話によれば、このニュースは現実に起きている話。
やはりあれは富士山が噴火していたのか。
日本はどうなっている?
富士山噴火に大地震に津波。
娘は、春奈は無事だろうか。
とりあえず、ここがどこなのか知りたい。
私はベッドから降りようとした。
すると、部屋のドアから白髪の医師らしき白衣を纏った老人が入って来た。
「大丈夫ですか?」
優しそうな微笑みを浮かべ、老人が話しかけてくる。誰だろう、この人は。
今までの経験のせいで警戒心がつのる。
「あの、ここはどこですか?」
私は恐る恐る尋ねた。
「心配しなくても大丈夫だよ。元気になったら元いた場所に戻れるからね」
少しの希望が私の心に宿った。
現実世界に、娘のいる世界に、戻してくれるということなのか。
「あの元いた場所って…」
「貴方はサタンがいた棟で働いていたんでしょう?」
サタン? 悪魔。
嫌な予感しかしない。
「あのサタンって誰のことでしょうか?」
「貴方がたの上司。黒い服をまとった…」
「大柄の女性のことでしょうか…?」
「そうだよ」
あぁ、終わった。
脱出作戦は失敗に終わった。
絶望感で心が死んでいく。
やはり、この悪夢から覚めることは二度と無いんだ。
しかも、あの女がサタンだって?
やはり、ここは地獄なのか。
私は人の役にも立たず、ダラダラと不平不満をたれてきたただの主婦だと思っていたが、地獄に落とされるほど悪いことをしたのだろうか?
だとしたら、ほとんどの人間は死後は地獄行きなのではないだろうか。
そんなことを思ってしまう私だから罪が深いのだろうか。
「貴方は心が疲れてしまったんだね」
老人の医師が言う。
医師の物言いは優しい。最近の地獄には産業カウンセラーも常駐しているのか。
自分で想像して笑ってしまう。
「ここにいて心が壊れない人なんているのでしょうか」
現実に戻れなかった私は八つ当たり的に医師に言う。もうやけくそだ。どうなっても良い。
ミサイルが飛んできても驚かない。
「たくさんいるよ。それを人間の弱さだと私は思わない。」
予想に反して、医師は優しい言葉を投げかけてくれた。
あの女がサタンなら、この人は神様?
いや、まだ油断は出来ない。
「この棟には他にも患者がいるよ。会ってみるかい?」
医師が言った。
私は怖かったが、医師に言われるがまま後をついていくことにした。
患者、と医師は言った。
さしずめ、ここはこの狂った世界で心が折れた人のための病院、療養所といった所か。
「ここが休憩室になっていて、誰でも自由に使えるよ」
大きな部屋を案内されると、中には何人かの人が座っていた。
ブツブツ独り言を言っていたり、ぼんやりと一点を眺めているだけの人もいる。
「先生!」
突然大きな声が聞こえ、男性がこちらに近寄ってくる。
「大橋さん、今日も元気そうですね」
医師が男性に話しかける。
「先生、アイルちゃんのライブチケットが当たったんです!」
アイルちゃん?
何の話だ。
「それは良かった」
医師がニコニコと笑って答える。
「だから今日も元気です!」
男性はそれだけ言うと走りながら、部屋から出て行った。
「大橋さんも確か、貴方と同じ棟で働いていたはずですよ。知り合いですか?」
「いいえ…」
「彼も心が疲れていたんでしょうね。貴方と同じくオフィスの7階から飛び降りて、まだ治療中です」
私と同じ棟で7階から飛び降りた?
もしかして、渡邉さんが話していた男性では?
彼は戻ってこなかったと言ったが別の棟にいただけだったのだ。
現実世界になんて戻れていなかった。
やはり、私の脱出作戦は徒労に終わった。
彼なんて現実に戻れたどころか、狂気の世界で楽しい夢を己で作り出し現実逃避している。
狂っている。
「この世界でも自殺する人は後を絶たないね」
医師が言うが、
違う。私は自殺なんてしようとしていない。
娘に会うために手段を選ばなかっただけだ。
「何で人間は自ら命を落とすのだろうね。いずれ終わるのに」
医師の物言いは優しかったが、怖かった。
怖くてもすがれる人が今は目の前にいるこの人だけだ。
「先生…この世界はいったい…」
医師が私の言葉をさえぎって話す。
「ここは自殺者の棟」
自殺者の棟?
ホラー小説にでも出てきそうなネーミングだ。
「しばらく私と話をしましょうか」
医師の優しい口調に反して、初めて見せる眼光の鋭さが恐ろしくて、私はそれ以上何も聞けなかった。