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私は医師に診察室のようなところに案内されると、椅子に座るよううながされた。
「簡単なカウンセリングのようなものだから、気楽にね」
医師が言う。
「貴方はどうして7階から飛び降りたりしたのかな。悩みがあるのかな?」
悩み?
悩みだらけに決まってる。
こんな狂った世界で何度も殺されて、普通の神経を保てるものか。
しかし、私は悲観して飛び降りたわけではない。
「娘に会いたくて、飛び降りました」
私は正直に答えた。
「娘さんに?どうして会いたいの?」
どうして?当たり前じゃないか。
「自分の子供です。会いたいに決まっています」
「会いたい人がいるなら自殺しちゃ駄目だよ」
だから自殺じゃない。
「櫻田さん、小学校の授業でよくありますよね。道徳だっけ。命の重さについて考えましょう、なんて授業は受けた事はありますか」
「あったと思います…」
うろ覚えではあるが、そんな話は嫌と言うほど先生から聞かされた記憶はある。
子供ゆえに命が何かなんて答えは出なかったが。
今だって命が何かなんて明確な答えはない。
「貴方は命の重さについてどう考えますか?」
難しいことを言う。
命。命とは。
「命は平等だとは思いますか?」
医師が立て続けに質問をしてくる。
「平等ではないと思います」
貧困国なら当たり前に子供が死んでいく。
お金があれば、病気も治せる。
どんな国に生まれるかによっても、人の命は生まれながらに平等ではない。
日本でさえ、どんな家庭に生まれるかで子供の運命は変わる。
愛されて育つ子、虐待で死んでいく子供。
同じ命でも周囲の環境で変わってしまう。
ただ一つだけわかっていることがある。
「私は、子供を産んで初めて人を愛するということを知った気がします。よく考えたら、動物の本能と一緒で子孫繁栄のために子供を守るようなプログラムがDNAの中に組み込まれているだけなのかもしれません。だけど、子供が笑っているだけで嬉しいし、損得なしに愛せるのは自分の子供だけ。子供の幸せを守るためなら自分の命を失ってもかまいません。」
医師が、頷きながら話を聞いている。
「それが、今の私がわかる命の重さです…」
そう、思えばどんなに好きな恋人と付き合っても彼のために死ねただろうか?
彼のためと言いながら、尽くしたりすることも結局は自分を好きでいて欲しいという結果を求めていた。
子供には見返りなんて求めない。
ただただ笑って楽しそうにしている姿を見るだけで、私は幸せだったのだ。
何故、そんな大事なことを忘れていたのだろう。
小さい頃の可愛かった春奈を思い出し、涙が出そうになる。
成長し、生意気になっても子供を可愛いと思う気持ちだけは変わらないのだ。
「私にも子どもはたくさんいますが、その考えはなかったですね」
医師らしからぬことを言う。
子供を愛していないということか?
「櫻田さんは現実に戻りたいのですね?」
「戻りたいです」
「どんなに辛い現実でも?」
「ここにいるよりはマシです」
「貴方は現実の生活に辟易していたのでは?」
辟易。確かに退屈していた。
何故ここに来る前の私の心がわかるのだ。
やはり、この人は神か霊的存在なのだろうか。
「甘えていました…。この世界に来てよくわかりました。普通の生活こそが幸せなのだと」
雨風をしのげる家がある。
食料がある。
暖かく寝られる場所がある。
仕事がある。
元来、人間の幸せとはそれだけで事足りるのだと。
「人間は同じ過ちを繰り返す。貴方は大丈夫?」
医師に聞かれるがあまり深く意味は考えなかった。
「大丈夫です」
今度は大丈夫。
家族を大事に、毎日に感謝して生きる。
驕り高ぶることなどもうしない。
どうにも陳腐な言葉に聞こえてしまうが、その時の私は心底そう決意していた。
「そう、わかりました。チャンスをあげましょう」
やった!やっと現実に戻れるのだろうか。
そして、私は最初にいた病室に戻され、ベッドに横になるよう言われる。
医師が私に点滴を打とうとする。
本当に戻れるのだろうか。
一抹の不安がよぎる。
「この点滴って何ですか…」
医師がニッコリと笑う。
「大丈夫。現実を見ることが出来る薬が入っている。」
点滴の針が刺される
現実を見る?戻れるということ?
「今度は良い夢を見るんだよ」
医師が言うのと同時に私の意識がなくなっていった。
次に目が覚めると、私は暗闇の中にいた。
山林だろうか、木が生い茂っていて月だけが異様に明るい。
ここはいったい…。元に戻れたのではないのか。
「なぁ、高橋」
隣に人が座っていることに今気付く。
暗闇にうっすらと見える、戦闘服を着た若い男性だった。
高橋?私は櫻田だ。
「高橋は歓送会に戻らなくていいんか?折り詰めやビール、美味しそうなものがたくさんあったぞ」
「私は…」
喋ると私は男のような低い声を出していた。
顔を触ってみるとヒゲがチクチクとする感覚がある。
そして、地面に放り出した足。
私も戦闘服を着ていた。
どういうことだ!
また夢を見ているのか。
「ここはどこですか…?」
隣に座っていた男性に話しかける。
「なんだ、高橋。お前も気でも触れたか」
気ならとうに狂っている。
「まぁ、出撃命令が出たら多くの者がそうなるか…」
出撃命令?
戦闘服。
特攻隊。
そんな恐ろしいワードと憶測が私の頭の中を駆け巡っていた。