目を合わせない陸太朗と一緒に、微妙な食感を味わいながら、コンテストに向けて作戦を立てる。
コンテストは二週間後。予選は書類選考で行われる。それを突破した組だけが本選に出場でき、会場でお菓子を作れるという。
「でも、どうすんの? やっぱりど素人二人じゃ、まともなもの作れないんじゃない?」
この淡雪羹も、味がほとんどない。陸太朗がまた砂糖を減らしたのだろう。なぜスケールを使ってまで削るのだ。
次はあたしが砂糖を担当しようと思いながら尋ねる。
「今回のテーマは『秋』なんだ。いろいろ考えたんだが、あまり器用さが必要とされるものは無理だと思う。焼き菓子系なら焼けばなんとなるだろうし、女子受けを考えると見栄えも重要だ。それで、一つ考えたんだが――」
陸太朗が適当なことを言いながら、ノートに書いたイラストをテーブルに広げた。
「わ、すごい! きれーい! え、でもこれ……、ロールケーキ?」
「それじゃ洋菓子だろう。これはカステラだ。ビジュアルは、フルーツサンドを参考にしてみた」
「へー、カステラって和菓子だったんだ」
感心しているあたしを見て調子を取り戻したのか、陸太朗は腕を組んで偉そうに胸を張る。
「常々思っていたんだ。フルーツサンドというのはスイーツとして完成していないとな。そもそも、食パンの塩気が合わないんだ。あれをそのままスポンジに変えたものと比べたら、フルーツサンドは圧倒的に負けている」
「……え?」
「第一、食パンの塩気と生クリームの甘さ、そしてフルーツ特有の風味が、いまいちマッチしていないと思う。一度、分解して別々に食べてみたことがあるが、そっちの方がうまかった。あれを全部合わせて完成品とするには、マリアージュというべき一体感が足りていない」
信じられない。昨日、フルーツサンドを勧めた本人を前に、こうも堂々と罵倒するとは。
「あんた、昨日のフルーツサンド、味わからなかったんでしょう!?」
「だから、こうなる前の話だ。洋菓子は自分からすすんで食べたわけではないが、子供のころから差し入れは結構もらっていたからな。転校先で食べたのも含めて、スポンジケーキに勝るものには会えなかった」
(差し入れ? ……ああ、そういえば、こいつ、もてるんだった)
淡雪羹さえ作れなかったくせに、なんかむかつく。
いきなり饒舌になったことにもいらだち、口上を続ける彼の頬をつまんで伸ばしてやった。本気で怒りそうだったのでその寸前で開放したが、多少溜飲が下がったのでよしとする。
気を取り直して、真剣にノートを覗き込んだ。
文字は殴り書きで汚いが、陸太朗の描いた完成図はきれいだった。どうやら絵心はあるらしい。色鉛筆で、きちんと色分けされている。
解説を読むと、白い生地のロールカステラの内側は白あん、そしてそれに包まれるのは、秋の味覚である柿やイチジクとある。フルーツサンドのようにごろりと入った果物の断面が純白に映えてきれいだ。周りにはブレスレットのチャームみたいな小さな紅葉の寒天が散らされており、清廉で可憐な美しさに思わずときめいた。
「これ、作れたらほんとにきれいかも……。作れたら、だけど。……うん、作れたら」
「作れるに決まってるだろう!」
その自信はどこから来るのか。味のない最後の塊をようやく飲み込んだあたしは、隣のページに視線をずらした。
「……あれ? 陸太朗、こっちのは?」
陸太朗のレシピはもう一つあった。形は同じだが、よく見るとカステラ生地の色が違う。最初に見たのは白かったが、隣のページのは黄色かった。陸太朗はちらりとあたしの顔を見てから、おもむろに口を開いた。
「……テーマが『秋』、ということは、連想するのは紅葉とか、暖色系の色だろう。いくらもみじ型の羊羹を散らしたとしても、背景が白じゃ秋らしさが足りないと思ったんだが……」
「うーん。確かに、真っ白だと秋っていうか冬っぽいよね。でも、じゃあ、こっちにするの?」
陸太朗の言う通り、あくまで外見にこだわるなら、二つ目の方が少し秋らしいかもしれない。だが、そうすると、洋菓子のロールケーキとほとんど見目が変わらなくなる。
それは陸太朗もわかっているようで、しばらく迷った後、「とりあえず作ってみるか」と言った。
「……そうだね。一度両方作ってみて、実物見てから考えるってのもアリだよね」
二人で顔を見合わせて頷く。ひとまず結論は後回しにして、次の日から早速試作品に取り掛かることにした。
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