今旬の独日です。
ごゆっくり堪能して下さいませ。
まだ白む港に、汽笛が霧を震わせた。
潮の香りが漂い、春風に散った花びらが水面をかすめてゆく。
朝靄に包まれた黒塀の町並みが、まるで旅立ちを祝うかのように揺れていた。
薄紅に染まる桟橋で、深く息を吸い込み、日本は家族の姿を見つめる。
「……父上、そんな顔をなさらないでください。眉を寄せては、跡がついてしましますよ。」
柔らかく広げた手を、父の頬にそっと運ぶ。
すると、霞んだ瞳が細まり、淡い光を帯びて揺れた。
「……やはり、駄目だ」
「異国の地に、我が子をやれるものか」
その声は深く響き、胸を締め付ける。
「心配しすぎですよ。死ににゆくわけじゃないんですから。」
熱くなる目頭を抑え、やわらかく微笑む日本に、父の唇もかすかに動いた。
大きな背で時代を示してきた人が、今はただ一人の子を案じる父の顔をしていた。
ーーすると、白檀の香をまとった祖父が、鋭くも穏やかな声を響かせた。
「日本の言うとおりじゃ。行かせてやれ。若き芽は、外の風を受けてこそ強うなる」
「親父は…日本が心配じゃねぇのかよ!」
荒げた声が海の喉を震わせる。
港を満たすざわめきが、その一言で止んだ気がした。
「海兄」
空が袖をそっと掴み、静かに言葉を差し挟む。
「……抑えて。海兄の気持ちは分かるよ。僕も同じだから」
「だけど、日本の意志はもう揺るがない。」
「日本が留学に行くって伝えてくれた日から、ずっと止めてきたけど、一度も迷わなかったでしょ」
海の肩が小さく揺れる。
噛み締めた唇からは、言葉が落ちることはなかった。
「……なら、せめて英国に。技術も学べるし、身の安全も守れる」
「あの老狐は胡散臭ぇが、他国よりは信頼できる…だから、日本──」
「それでも」
「それでも私は、ドイツに行きたいのです」
日本の瞳は揺れず、強い光を宿していた。
「私のように国を背負えぬちっぽけな存在でも、役に立ちたい…」
「医学と憲法を学び、この国を、未来を、より良くしてみせます」
その言葉に、沈黙がゆっくりほどけていく。
「……ね、言ったでしょ」
空が柔らかく微笑む。
「もう、守らなきゃいけない小さな甥っ子じゃないんだよ」
海は深く息を吐き、諦めにも似た笑みを浮かべた。
「……そうかもな。やっと我儘を言えるようになった甥っ子だ。ここで叶えてやらなきゃ、叔父の名折れだな…」
陸は静かに目を閉じ、深く息を吐いた。
「……子は、いつまでも子ではいられぬ、か」
その声には切なさと、成長への希望が滲んでいた。
「日本。」
「外の風を胸いっぱいに吸うて、戻って参れ」
江戸の覆眼の黒絹が風に揺れる。
普段のあっけらかんとした姿は何処にもおらず、彼の影だけが揺れていた。
潮風が吹き抜け、桟橋に花片が舞う。
港を満たす香りは、旅立ちを祝福するように日本を包み込んでいた。
──港では荷役人たちが慌ただしく動き、帆船の帆が風を受けて膨らむ。
汽笛が再び鳴り、船はゆっくりと港を離れていった。
桜の散り残る港町を後にし、朝焼けを映す波間に新しい世界が広がっていく。
胸に宿る痛みと高鳴りが混ざり合い、日本の眼差しを未来へ押し出していた。
(続く)
コメント
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相変わらずの語彙力やね…尊死。 そうです独日の旬は今です🫵供給全裸待機!!