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次の日、今まで彼の世話を任せっきりだった女主人は、
「彼にシャワーを浴びさせてあげようと思うの」
と提案してきた。
断る理由はない。私は了承した。
「でもあなたはドアの前で待機していて」
彼女はそう言うと、まるでこうもり傘でも渡すような気軽さで、私に猟銃を渡してきた。
「―――念のため」
彼女は言いながら、簡単な使い方を教えてくれた。
念のため。
それは彼が抵抗したり彼女に危害を与えようとしたときだろうか。
女主人と共に部屋に入りながら彼を見下ろした。
腹に右手を乗せ、左膝を立てて眠る姿は、やはり昨日までとは違って見えた。
「おはよう」
彼女が言葉をかけると、彼は眉間に皺を寄せながら瞳を開けた。
こうして近くで見ると、睫毛の長さだけではなく濃さもわかる。
彼は後ろに私もいるのに、女主人だけを見つめた。
「気分はどう?」
彼女が聞くと、彼は右手で軽く目を擦りながらむくりと起き上がった。
「―――悪くない」
彼の言葉に女主人はフフと笑った。
「シャワーでもどうかと思って」
言いながら、白く清潔なバスタオルを上げて見せる。
「―――シャワーか。いいな……」
彼はそのバスタオルを見ながら言った。
意志は、ある。
意思も、ある。
だけどどこか彼の眼は虚ろで、心ここにあらずといった感じだった。
女主人がこちらを振り返る。
それが退室を促しているとわかり、私は一礼すると廊下に出た。
ドアを開け放ったまま、すぐに踏み込める位置で壁に背を付けた。
「ーー立てる?」
彼女の声が聞こえ、ベッドの軋む音がして、その後二人分の足音が続く。
やがて服を脱ぐ衣擦れの音が聞こえ、それはシャワーの音にかき消された。
今頃女主人は、あの若く引き締まった身体を堪能しながら、洗ってあげているのだろうか。
鎖骨に指を滑らせ、腹筋の凹凸を確認しながら、そして――――。
昨日、触れた陰茎を思い出す。
あの雄々しい太さと硬さ、そして熱さを思い出す。
私は壁を背に立ちながら、その手を股間に持っていこうとして、自分の持っているものを改めて見つめた。
そこには彼の反り勃った陰茎よりも太くて硬くて黒いものがあった。
「――――」
この毎日のシャワーが、彼と彼女の艶事に変わるまで、時間はかからなかった。
◆◆◆
今日もシャワールームから、彼の堪えたような息遣いが聞こえてくる。
部屋の掃除をしながら、ユニットバスへ続くドアの隙間からこっそり覗いてみる。
彼女が洗い場に跪いて、彼のソレを口に咥えている。
彼は遠慮がちに彼女の赤い頭を掴むと、快感に首を上下に振りながら、荒い呼吸を繰り返している。
シャワーは誰もいない浴槽の方を向いて流れ続けている。
私が部屋にいる手前、彼女の口からこぼれる吸引音や、彼の息遣いを消すために流しているのかもしれないが、全く意味を成していなかった。
「あ……出る……!」
彼は彼女の頭を掴みながら言い、その頭が頷くと、彼の綺麗な顎のラインが浴槽の天井を向いた。
私は彼が達したのを見届けると、静かに廊下に戻り息をついた。
ーーー私も、彼に触りたい。
彼のそれに触れて、あんな悩まし気な表情をさせてみたい。
しかし私が握っているのは今日も、彼の熱いソレではなく、冷たい猟銃だった。
彼の部屋の掃除と、衣服の洗濯。
私に課せられた仕事はそれしかなかった。
たまに女主人の気まぐれで庭の草むしりや、エアコンの室外機の掃除などの雑用を任されることはあっても、祖父母と暮らした家の二倍以上はある彼女の豪邸の掃除を命じられることもなければ、彼女と彼女の娘、そして地下の彼が食べる食事を作らされることもなかった。
住み込みで雇われているのだから、そういったことも求められると思っていたのに。
私は彼女が外出中は手持無沙汰で家の中を歩いてみた。
扉に鍵がついている部屋がいくつもある。
貴重品はおそらくその中に入っているのだろう。だから他人とも呼べる私を家に残して外出などできるのだ。
私が入ることができるのは、リビングと―――続きの和室だけだ。
今まで用がないがために足を踏み入れたことのない和室を覗いてみる。
客間と仏間。
奥が仏間で、この家の新しさに似つかわしくない古い仏壇が収まっている。
何気なく遺影を眺めていく。
調べたことはないがやはりこの秋元家は何らかの会社の家系であるらしく、仏壇上の鴨居には、その歴代の経営者と思しき遺影が順に並んでいた。
一つだけ仏壇の台の上に飾られている真新しい遺影がある。
「――――!」
その顔を見て、背筋が凍り付いた。
柔和な表情で微笑んでいたのは、地下に眠る彼だった。
◆◆◆◆
ある日、彼女と彼はバスルームには行かなかった。
「この間、聞いたでしょう。この先を知りたい?って」
何かチェーンのような金属音が響いている。
―――この先?何の話をしているのだろう。
「どう?先を知りたくなった?」
彼女の少し鼻にかかる声は明らかに艶を含んでいて、その”先”が示すものもなんとなく想像ができた。
彼女は明らかに、この男とセックスをしようとしていた。
彼女と彼の関係は何なのだろう。
この家には彼女と娘しかいない。
遺影の男はおそらく彼女の夫だ。間違いない。
ではその顔にそっくりな彼は―――?
もしかして夫は死んだことになっているが、実は地下で生きているとか……?
つまり死体を入れ替えた―――?
現代の医学でそんなこと可能なのだろうか。
それか夫の弟?近しい親戚?
わからない。
どちらにしても、こんな廃人のような生活をして、
彼は本当に幸せなのだろうか。
「う…ぁあッ!」
彼の余裕のない高い声が聞こえてきた。
「あ……ああ!あ!はあ…!」
「ん……ふ……あ!あん…!」
二人の喘ぎ声が混ざり合う。
―――ああ。始まってしまった。
私は廊下で猟銃を握りしめながら目を閉じた。