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「あ…、あん……!ああ!はあ!ああ!」
今日も地下室からは甲高い彼女の喘ぎ声が響く。
何のために作られたのか、この地下室のドアは防音で、閉めてしまえば地上階は愚か地下での階段でも、その高い声も、鉄のベッドが鈍く軋む音も響きはしないのに、彼女はドアを閉めることを禁じた。
手錠で彼を拘束してから、その細い腰に跨りセックスをする。
ーーーこんなの、監禁レイプじゃないか。
こんな仕打ちを受けて、彼は幸せなのだろうか。
私は暗い廊下の壁際で、二人の交わりの音と声を聞く。
「―――愛してるわ、パリス」
いつしか彼女はそう囁くようになった。
「俺もだよ。ヘラ……」
男の低い声がそれに続く。
パリス?
ヘラ?
とんだ茶番だ。
行為の匂いが残るシーツと、彼の汗の匂いが染みついた着替えを回収する。
階段に出て防音のドアを閉める。
そしてもう一枚、鍵付きのドアを出てから音を立てないように鍵をかける。
そこまでしてからやっと、私は腕の中にあるものの中に自分の顔を埋めた。
彼の匂い。
彼の汗の匂い。
なんて男らしい。
そしてそれに交る、精液の匂い。
願わくばもう一度―――。
彼のモノを目の前で見て、あの匂いと熱を感じたい。
「ーーー鍵はかけなくてよかったのに」
慌てて顔を上げる。
そこには、彼女の娘が立っていた。
給仕係の娘が、盆に食事を乗せ階段を下ってくるところだった。
「し……つれい致しました」
慌てて戻り鍵を開けると、娘は表情一つ変えずに「どうも」と言った。
彼女は母親の情事をどう思っているのだろう。
そもそも地下に監禁されている男のことをどう思っているのだろう。
私は壁際によって、彼女の通路を作った。
「ーーーどうも」
彼女はまた乾いた声で言って、私の前を通り抜けていった。
母親も母親で、どうして自分の娘に、自分の男の世話をさせるのか。
わからないことばかりだ。
しかし質問は禁止されている。
私は黙り、階段を上っていった。
◆◆◆
事件が起きたのはその数日後だった。
乾いた洗濯物を畳んでいると、リビングで何か言い合いのような声が聞こえてきた。
女主人と娘だ。
彼女たちは喧嘩は愚か、話しているのさえろくに見たことがなかったが、女主人がひどく狼狽しているのが分かった。
彼女は足音を立てながらサニタリールームから出てきた私の前を通ると、インナーガレージに駆け込んでいった。
―――まさか。
彼女は猟銃の入ったケースを持ち、そのまま地下へ降りて行こうとした。
「あ、奥様……!」
思わずその腕を掴んだ。
「―――何!?」
彼女の般若のように引き吊った顔がこちらを振り返る。
―――どうされたのですか?
―――それを何に使うつもりですか?
―――彼を、殺すおつもりですか?
「…………!」
私が口を結ぶと、彼女はふっと力を抜いて、抱えていたケースを床に落とした。
リビングから少女がこちらを覗いている。
「――――いいわ。一緒に来て」
「一緒に……?」
「私が合図したら、彼を殴って」
―――彼を、殴る……?
彼女は私を見つめると、ケースをそこに置いたまま、よろよろと階段を下り始めた。
私に選択肢などない。
その小さな背中に続いて階段を下り始めた。
◇◇◇
「随分、がっかりした顔してるわね」
女主人はドアを開けるなりそう言った。
「―――当然だろ。腹が減った」
彼の声が聞こえる。
私は彼女に続いて部屋に入った。
「飯は?」
彼がベッドの上で起き上がりながら、ため息混じりにそう聞く。
確かにいつもなら娘が食事を運んでいる時間だ。こんな昼夜もわからない地下空間でも彼の体内時計は正確らしい。
「それどころじゃないってわからない?」
強い言い方とは裏腹に、彼女の小さな手は震えていた。
「あなた、もうバレたのよ?」
―――バレた?何がバレた?
この男が女主人の何かを刺激することをしたのだろうか。
この完璧な閉鎖空間で?
この自由のない飼育生活で?
一体何を―――。
「あなた《《たち》》はもう終わり。二度と会わせないわ」
あなたたちは……?
もしかして―――。
アレがバレたのか?
彼が意思を取り戻したあの行為。
私が彼の陰茎をしごいて射精させたあの行為が、もしかしてバレたのか?
「弁解しないのね」
彼女の声と共に、こめかみに冷たい汗が流れ落ちる。
「……年下の若い体がよかったの?」
彼女は彼をまっすぐに見ながら言った。
「――――」
―――年下の若い体?
彼は私に触れていない。
女主人が言っているのは私のことではない。
じゃあ誰だ。
残る人物は一人しかいなかった。
娘―――?
娘と彼の間に何かあったのだろうか。
「あなたもやっぱり女たらしだったのね。私を裏切った罪は重いわよ、パリス」
やはりそうだ。
この口ぶりでは彼と娘の間に何かあったのだ。
毎日唇と身体を重ねる女主人が、“裏切り”と感じるような何かが―――。
まさか、娘ともセックスしたのだろうか。
給仕に来た彼女を誘惑し、あるいは襲って―――。
そうだ。
女主人と娘はリビングでその話をしていたのだ。
自分の飼っている男が、自分の娘に手を出した。
だから女主人は猟銃を取り出すほど怒り狂ったのだ。
私は若い彼女を美しい彼が襲う姿を想像した。
『やめてください……!』
ダイニングテーブルに手をついて必死に抵抗しようとする少女に、彼の大きな身体が背中から覆いかぶさる。
小さく膨らみ切らない乳房を彼の大きな手が包み、揉みしだきながら制服のスカートを捲り上げる。
『あ……あん……あっ、ダメ……』
少女の顔がピンク色に歪む。
『あっ、あ、あ……、はぁん……』
甘い声が響く。
「――――」
言い様のない怒りが私を包みこんだ。
女主人がこちらを振り返り、目配せをしてきた。
私は拳を握ると、それを何か言おうとしている彼に向って思い切り撃ち入れた。