「ね、どう?アルバイト。うまくいってるの?」
「うん、昔やってた仕事が役に立ってる。家事や育児に支障が出ないくらいの量だし。たった数時間でも、頭の中から家庭のことを追い出していられるから、いい気分転換になってるよ」
「へぇ、よかったね。で、アルバイトのことは、ご主人には内緒のまま?」
「言ってないよ。お母さんもその方がいいって言うから。雅史さんもなんだか私に隠し事があるみたいだから、おあいこってことで」
「えっ!ご主人、もしかして、もしかしてるってこと?」
なんだかうれしそうにも見える成美が、おかしかった。
「ね、なんかうれしそうじゃない?うちの夫の浮気疑いなのに」
「ほら、外で浮気してたら無理にヤられたりしないでしょ?それってホッとしない?それにさ、本当に浮気してくれてたら、こっちも何かする時に罪の意識が薄くなるし。で、本当に浮気してるの?」
「確実な証拠はまだ。でも、この前女物の香水をプンプンさせて帰ってきたんだ。晩ご飯も食べずにすぐシャワー浴びたし」
「そのこと、ご主人に確かめたの?」
「まさか。もしもそうだとしても、家庭を蔑ろにするつもりがないみたいだから、見て見ぬふりをしとく、今は。それにね……」
「それに、なに?」
「雅史さん、なんだか優しくなったというか、家でのイライラが減ったの。今までは仕事のストレスの八つ当たりもあったと思うんだけど。だから家庭内の空気も、以前より柔らかい感じだよ。私もピリピリしなくていいから」
「それって、いい兆候じゃない?家の中に溜まったイヤなガスを抜いてるってことよ?」
「そうかも。で、成美はどうなのよ。何か変化があったんでしょ?そうでなきゃ、こうやって私を呼び出したりしないもんね」
「まぁね!ちょっと聞いてくれる?」
「うん、聞く聞く!」
「実はね、これ見て!」
成美はスマホの動画を見せてくれた。
そこにはクシャクシャの髪とくたびれたTシャツにジーンズ姿で、ギターを弾きながら歌っている若い男が写っていた。
どこかの駅前での路上ライブだろう。
数人の通行人が足を止めて、カメラを向けたりリズムを取ったりしている。
歌っている曲は、オリジナルなのか聴いたことがない。
「どう?」
「え、どうって?」
「可愛くない?なんか無邪気に一生懸命に歌っててさ」
「まぁね、うん、アイドルとはちょっと違うけど、自分なりのスタイルがあるね。魅力的だと思うよ」
「でしょ?それでね、コレ見て!」
次は写真を見せてきた。
そこには、右手で成美の頭を寄せて成美の頬に口付けているさっきの男がいた。
成美は照れくさそうにキュッと両目を閉じているが、とてもうれしそうな顔をしている。
「え?!なになに、コレはどういうこと?」
「実はね、私から声かけて、仲良くなったのです」
「は?成美、まさか、もう?」
「もうって何よ?あ、まだこれ以上のことはしてないわよ。でもね、そのうちするかも?えへっ♪」
「まだそんな深い関係じゃないのね」
「そうよ。でもね彼の存在があるだけで、毎日頑張れちゃうのよ。家事も仕事も育児も。ちょちょっとLINEでやり取りするだけでもね、応援してくれる人がいるとやる気出る!それに私も彼を応援してるしね」
「そういえば、仕事は完全復帰したの?」
「やっと慣らし保育が終わって、仕事もなんとか定時までやってるよ」
「そっか、すごいね。そういう楽しみもないと、へこたれそうだもんね」
「そう言う杏奈はどうなの?アルバイト先にいい男っていないの?」
「いや、それがね……こんなこと話すと成美でもドン引きするかもだけど」
「いいから話してみなさいよ」
私はまず、あの夢の話をした。
見知らぬ男とセックスした夢、そしてバイト先にその男と似た人がいて驚いたけど、その人にはなんの魅力も感じなかったこと。
別の男性の、少し影がある雰囲気が何故か気になって自分から連絡先を教えてもらった事を話した。