「それはアレだな、ご主人に無理矢理されるセックスに不満があるという身体的な欲求が夢になったんじゃない?でも気持ちはその少し影がある人に向いてるのよ。恋愛ってさ、始まりは相手のことを知りたいと思うことからでしょ?それはもう恋の始まりかもね」
成美は、ふふっと悪戯っ子のように笑って、私のおでこをピンと弾いた。
「恋の始まり?それはわからないけど、でもその人のことを考えてるとドキドキすることもあるから、毎日が楽しくなってるのは事実!」
「でしょ?推しっていうか気になる人がいると、それだけでつまんない毎日がキラキラしてくるから」
その後は、これからもこうやって状況報告をし合おうという約束をした。
あとに残ってしまうLINEでのやり取りは、できるだけしないことも。
「私は写真もクラウドにあげてる。パスワードがないと見られない不自由さはあるけど、完璧に秘密にしたいから。だから、杏奈もそうしなさいよ。家庭を壊してしまわないようにね」
「うん、そうする」
成美とそんな話をしていた時間は、恋バナで大騒ぎした学生の頃に戻ったようで楽しかった。
_____まだ私は女でいられるみたい
そんな気がして、ほっとした。
その夜。
遠藤と、仕事のことでいくつかやり取りをしていた。
〈お忙しい時間にすみません。お返事は明日でもかまいませんので〉
奥さんに見られたとしても、なんの違和感もないように徹底して事務的にコメントする。
家族団欒の邪魔をするわけにはいかない。
ぴこん🎶
《わからないことがあったら、僕はいつでもかまいませんよ》
すぐに返事が来た。
事務的なコメントでも、遠藤とのやり取りはうれしかった。
圭太が寝ていたこともあって、遅くまで遠藤とメッセージを送りあっていた。
ガチャっと鍵が開く音がして、雅史が帰ってきた。
_____しまった!起きてるつもりはなかったのに
急いでスマホを置いて、キッチンに立つ。
_____夜食でも作るつもりだったことにしよう
きっちりと気持ちを切り替えることができる自分に、感心する。
「おかえりなさい。遅くまでお疲れ様」
「あー、うん、ただいま。圭太はもう寝たのか?」
いつもは圭太のことなど気にもしていないのに、どうしたんだろ?と思いながら
「うん。昼間実家に連れて行ってね、お母さんがたくさん遊んでくれたから」
_____しまった!今の返事だとお母さんに預けてどこかへ行ったことがバレちゃう?
「そっか……」
話をそらすために、夜食をすすめてみる。
「何か軽く食べる?」
「んー、いや、風呂入って寝るわ。あ、明日も遅くなると思うから先に寝てていいから」
「あ、うん、そうする」
別にあなたを待っていたわけじゃないんだけどと心の中で返しながら、脱ぎ捨てた上着にあの香水がついてないか確認した。
少しのタバコのニオイだけだった。
_____浮気してて遅くなったわけじゃなかったのか
なんだか残念だった。
次の日。
家事を済ませて圭太を公園に連れて行き、存分に遊ばせた。
体力を使って遊ぶと、早々に寝てくれるから自分の時間を取りやすい。
「えっと、あれ?ここはこのフォントのままでいいのかな?それとも変えた方がいいのかな?」
ほんの小さな質問だったけど、遠藤に質問のメッセージを送った。
昨夜はすぐに返事がきて、そのまま他愛もないやり取りを遅くまでした。
仕事の相談や質問の内容がほとんどだったけれど、何故か好きな季節の話と、家族の話と流行りのドラマの話題が少しだけあった。
それだけなのに、遠藤のことをわずかに知ることができて、うれしくなった。
けれど。
「あれ?今日は忙しいのかな?」
いつまで待っても返事がない。
時間は21時過ぎ。
まだ寝るには早いだろうけど。
_____もしかして、奥さんが近くにいるのかな?
いや、でも、仕事のメッセージならいつでも構わないと言っていた。
今夜はもっとたくさんメッセージをやり取りしたくて、お風呂も片付けもさっさと終わらせて仕事のためにパソコンの前に座ったのに。
〈お忙しそうなので、また後日、教えてください。夜分に失礼しました〉
そんな文面を送った。
その後もスマホを見ていたけど、返事はなかった。
きっと今頃、家族団欒の時間なんだろう。
チラッと聞いた家族の話は、子どもは男の子一人、奥さんはフルタイムでバリバリのキャリアウーマンだと言っていた。
見たこともない遠藤の家族が、仲良く過ごしている風景を想像したら、ひどく寂しくなった。
_____私はただのアルバイト主婦だし
そうは思うけれど、昨夜は丁寧にコメントを返してくれた遠藤のことが気になっている。
最近はあまり会話もしない夫と比べてしまうのは、間違っているだろうか。
_____遠藤さんに構って欲しいだけなのかなぁ?
自分のことを客観的に見る私がいた。
どうやら今夜は返事が来ないようだ。
夫《雅史》もまだ帰ってこないから、今のうちに寝室に行こう。
続けて遅くまで起きているのも、変に思われかねないから。
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