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二人して親子丼を食べ始めると、悠真くんはこんなことを話しだした。
「さっきマネージャーと話していて、僕って……芸能活動を止めたら、価値のない人間ですかね?」
いきなりどうしました!?と、その真意を問うと……。
「今、僕は青山悠真という看板を背負い、芸能活動をしています。有難いことに沢山お仕事もいただけているし、僕のサインや握手を喜んでくださるファンもいます。でももし僕が芸能活動をやめたら……もう誰も見向きもしなくなり、ああ、昔ちょっと顔が売れたあの青山悠真なのか、って思われ、価値のない人間になってしまうのでしょうか」
本当に突然、どうしたのかしら?
マネージャーとどんな話をしたの……?
まず、そこが気になるものの、問われた点に関しては……。
「綺麗ごとは意味がないので、ズバリ本音で言うなら、悠真くんが言った通りだと思います。一時よく、映画やドラマで見た人だよね……となるかと。でもそれは芸能界だけではないと思います。会社勤めでも同じですよ。会社の看板、名刺がなくなったら、ただの人。ローンを組みにくくなったり、会社を辞めると同時に縁が切れる人も、沢山いると思います」
悠真くんは親子丼を食べながら真摯に頷く。
亜麻色のサラサラの前髪が揺れ、実に美しい。
「重要なのは、悠真くんが有名になる前から仲良く応援してくれた人。芸能活動に関係なく、親身になってくれる人。そういった方は、悠真くんが芸能活動を止めようが関係なく、そばにいてくれる人でしょうから。そういった人達の中では、悠真くんの価値は不変だと思います。彼らの中での自分の価値を大切に考え、それ以外の人達の中の自分の価値は、気にしても仕方ないかなと」
もう帽子を被っていない悠真くんは自身のサラサラの髪をかきあげ、なんだか少し照れたような顔で私に尋ねる。
「……鈴宮さんが手料理を食べさせてくれるのは、僕が青山悠真だからですか?」
「それは……それもあると思います。まったく素性の分からない男性だと、部屋にいれること自体、怖いじゃないですか。悠真くんに関しては芸能活動をしているから事前情報がありますよね。どんな性格なのか、ある程度は分かります。そこで『この人なら悪さをしないだろう』という判断は自然にしていると思います」
「ではもし僕が芸能活動していなかったら……」
そこで私はその事態を考える。
「そうですね……。悠真くんとの出会いはかなり特殊だったと思います。でもあんな悲壮感を漂わせて逃げてしまった飼い猫を探している人が、悪人とは思えないです。どのみち、シュガーちゃんは洗濯機の下にいて、私ではそこからシュガーちゃんを連れ出すことができない。部屋の中に入ってもらうことになったと思います。ただ、もしかすると警戒はして、警察立ち会いの元、になったかもしれませんが」
悠真くんは「なるほど」と頷く。
「ただ、警察立ち会いの元、シュガーちゃんを洗濯機の下から救出して、その時に悠真くんのお腹がなったら……。チャーハン、ラップにくるんだおにぎりにして渡したと思います。よかったら自身の部屋で食べてくださいって」
「それはつまり、僕が芸能活動していることに関係なく、ということですよね?」
「そうですね。飼い猫が消えて悲しくて、食事もせずに猫を探していた。そんな人は悪人には思えないので、私のチャーハンで良ければどうぞって、あげたくなります」
すると悠真くんは切れ長の瞳を細め、眩しいぐらいの笑顔で私を見る。
「今の話を聞けてよかったです。……鈴宮さん、やっぱりイイ人です」
「そ、そうですか。それはどうも」
一体マネージャーとどんな話をしたのか、それは気になるが、話題はクリスマスの話に移ってしまい、完全に質問するタイミングを逸してしまった。
そして食事を終えると、悠真くんは後片付けを率先してやってくれた後「これからボイトレに行く必要があって。歌手デビューの予定なんてないのですが、事務所がそういう仕事はいつくるか分からないから、練習しておけって言われて」と言い、「帰宅したら連絡します。……ブリ大根、めっちゃ楽しみにしています」と笑顔で帰って行った。
それを見送る私は……。
もう、お母さんね。完全に、悠真くんが息子みたいに思えてきた。
がんばれー! 母ちゃんは美味しいご飯を用意して待っているよ、みたいな。
さっきは人生相談みたいな話を聞かされたし、間違いなく、私は悠真くんの頼れる東京のお母ちゃんだろう。
***
ボイトレを終えた悠真くんは、わざわざお土産を買い、部屋を訪ねてくれた。イギリス発の有名店の、日本初出店となったお店のカップケーキだ。それはSNSでも度々見かけるカップケーキで、見た目もとても可愛い!
ストロベリーチーズケーキ味のカップケーキには、チョコレートで作られた花が飾られている。チョコミントのカップケーキは、色がとても鮮やか。バタークリームがソフトクリームのようにのせられたカップケーキは、珍しい白餡とホワイトチョコレートをミックスした味だという。キャラメルソースがたっぷりかかったカップケーキは、その甘い香りがたまらない。
お味噌汁、ブリ大根、白米、お漬物。
そんなザ・和食の後に、この洋風スイーツの代表とも言えるカップケーキを食べられるのは、実に嬉しくなってしまう。
輸入コーヒー豆を買っていたので、早速美味しいコーヒーをいれ、カップケーキをいただくことにした。
「悠真くんって無口が売りなのに、ボイトレもしているんですね。というか、私は悠真くんが無口にはまったく思えないのですが」
私の指摘に悠真くんは、困ったような照れた顔になってしまう。
うわー、こんな照れた顔を見られるなんて、たまらないなぁ……ついそんな風に思っていると。
「いや、無口ですよ、僕。でも鈴宮さんといると……緊張しないで済むんですよね。それで……いろいろ話せるんです」
「なるほど。私、悠真くんのお母さんみたいですもんね」
「お母さん!?」
悠真くんが驚いて目を丸くしている。
これまた激レア過ぎて、思わず頬が緩んでしまう。
「僕、21歳ですけど、鈴宮さんは……25歳ぐらいですよね? 全然母親の年齢ではないと思うのですが」
「25歳! 嬉しい! そんなに若く見えるのね」
「え、違うんですか? いや、別に違っていても気にしませんけど。……年齢、特に女性には本人が言わない限り、尋ねるのはご法度ってマネージャーから言われているんですけど……」
そう言って悠真くんは、チラリと私を見る。
この切れ長の目でそれをされると、ドキッとしてしまう。
「25歳に見えると悠真くんが言ってくれましたが、私はもうアラサーですよ」
「え、そうなんですか!?」
「……ドン引きされるかもしれないですけど、もう29歳ですから。おばさんです」
「そんなことありません」
予想外の強い声で即答され、驚いてしまう。
でも悠真くんは至って真剣な表情で、こんなことを言い出す。
「鈴宮さんは、実年齢よりずっと若く見えますよ。おばさんなんかじゃありません。しっかりした性格は僕より年上だろうなと思いますが、嬉しそうに笑ったり、シュガーを見て微笑んでいる時は……十代にだって見えますよ」
「ありがとうございます、悠真くん。アラサーには見えないって言ってもらえるのは、とても嬉しいです。でも十代はさすがに言い過ぎですよ」
「そんなことないと思いますけど。多分、鈴宮さん、学生服着ても、まだ似合うと思います」
悠真くんは思いがけず真剣に言うから、私はもう笑うしかない。
学生服って!
でもあの青山悠真が真面目にこんな風に言ってくれるのだ。
見た目は実年齢より若いんだと、自信を少しもてた。