恒例の月曜パンケーキの朝食で一週間が始まり、月曜日と火曜日は結構、残業をした。
そして迎えた水曜日。
ノー残業デイであり、悠真くんが映画に招待してくれた日だ。
待ち合わせは新宿の映画館。
上映開始は19時15分から。
待ち合わせは18時45分。
これは……デートではない。
それはよく分かっているが、それでもあの青山悠真と一緒に映画館に行くのだ。
オシャレをしたくなるのは乙女心として当然だと思う。
ということで少しだけ早起きして、選んだコーデは……。
ワイン色のハイネックにパールのネックレス、黒のハイウエストのロングスカート、ショート丈の千鳥格子柄のコートに、ミドル丈のブーツ。
深まる秋を意識して、アイメイクはボルドーとゴールドのラメを組み合わせた。目元がバッチリなのでチークは淡い色を乗せ、口紅は少し大人っぽいボルドーカラーにグロスを重ねる。
マスカラもしっかりつけたので、普段より少し、お化粧を頑張った感じになっている。
会社に着くと森山さんが早速、私のメイクに気が付き……。
「鈴宮先輩、おはようございます! もしかして今日のノー残業デイ、デートですか!?」
「で、デートなんかじゃないわ。友達と映画に行くだけよ」
「なーんだ。メイクがいつもより少しだけ力が入っているから、もしかして~と思ったのに」
そんな会話で仕事がスタートする。
月曜日と火曜日に頑張ったおかげで、今日は余裕を持って仕事ができていた。森山さんは午前中、忙しそうだったが、午後は余裕ができたようで、15時になると「鈴宮先輩、コンビニにコーヒー買いに行きませんか?」と誘ってくれる。
ちょうど一息いれたかったので、森山さんと二人、コンビニへ向かう。
私はコーヒーを買っただけだが、森山さんはお菓子も買いたいという。
お会計を終え、コーヒーを淹れ終わった私は、雑誌が置かれているコーナーで森山さんを待つことにした。
すると。
悠真くんが表紙の雑誌があり、心臓がドキッと反応してしまう。
表紙が悠真くんだ!ということに加え、切れ長の瞳を閉じかけ、まるで誘うような表情が実にセクシーで、その顔付きにも心臓が反応していた。
男性でもこんなセクシーさを表情で演出できるなんて……。
思わずドキドキして見つめていると「鈴宮」と声をかけられ、今度はその声に心臓がビックリしている。
「あ、中村先輩、お疲れ様です」
振り返るとグレーのスーツに黒のコートを着た中村先輩が、まさに店内に入ってきたところだった。中村先輩は朝から直行で営業さんに同行している。しかもはしごで二件の営業同行をしていた。
「お疲れ。コーヒー買いに来たのか」
「はい。森山さんがお菓子を買っているので、待っているところです」
「そうか」と返事をした中村先輩はチラリと店内を見てから、少し声のトーンを落とし、私に尋ねる。
「鈴宮、今日のノー残業デイ、予定あるのか?」
「映画を観に行きます」
「そうなのか。……あ、だから今日は……。もしかしてデート?」
森山さんにもデートかと指摘されたけど。そんなにメイクが濃いのかしら!?
「デートではないですよ」
「……そうか」
「あー、中村先輩、お疲れ様です」
森山さんが来ると、中村先輩は「俺も飲み物買うから」と私と森山さんに手を振り、ドリンクコーナーへ歩いて行く。私と森山さんは席へ戻った。
定時まで約2時間。
パワポで営業さんが使うプレゼン資料のひな型を作っていると、チャイムが鳴った。
続きは明日でも大丈夫。
今日はもう、おしまい!
「鈴宮、悪い。一瞬だけいいか?」
中村先輩が拝むように私を見た。
いつもお世話になっている中村先輩に尋ねられたら「それは明日で」とは言えない。森山さんには先に帰ってもらい、中村先輩のパソコンをのぞきこむ。
なんてことはなかった。
入力した数字のダブルチェックで、3分もかからず終わってしまう。「助かったよ、鈴宮。帰ろう」と中村先輩は片付けを始める。私もハンガーラックからコートをとり、羽織り、中村先輩と非常階段を下りた。
駅に向かいながら、中村先輩は私に尋ねる。
「映画って何を見るんだ?」
「えーと『ファイナル・ラブ』という邦画です」
「ああ、週末に公開されたやつだろう? 邦画だと確かランキング1位だってテレビで言っていた。最近人気の若手俳優、青山なんとかが主演で、女性客が殺到しているって」
「青山悠真くんですね」
なんだか悠真くんの名前を口に出すのが、くすぐったく感じる。
「……鈴宮はその青山悠真のファンなの?」
「……! そ、それは……」
ファン……なのか。
カッコいい素敵な俳優さん。そうは思っていたけど、そもそも芸能人のファンになったことがなかった。映画も俳優ではなく、脚本の面白さで観る作品を選んでいたから……。
「ファンというわけでは……。普通にイケメン俳優だとは思いますけど……」
「じゃあ、この映画を観たいと言ったのは、お友達の方ってこと?」
「まあ、そうですね」
「ふうーん。……どこの映画館で観るの?」
「新宿です」
そこで駅に到着し、改札を抜け、歩きながら中村先輩は……。
「今日はノー残業デイだろう? 新宿はデパートが多いから。デパ地下で晩御飯を買って帰ろうと思う」
「あ、そうなんですね。では新宿までご一緒ですね」
「ご一緒して大丈夫か?」
「“ご一緒”って! 勿論、大丈夫ですよ」
生真面目な中村先輩に思わず笑ってしまう。
そして話題は中村先輩の最近の食生活へと移り、食べ物と恋愛に関する話になっていた。
「では奥さんとは外食が多かったんですね」
「うん。元嫁は仕事も忙しいから、自炊する時間はとれる時はとれるけど、オフの日は疲れているだろうし、無理をさせたくないと思って……。だから本人は作ろうとしてくれたが、結局、外食で済ませていた」
「中村先輩の本音はどうだったのですか? 本当は手料理食べたかった!という気持ちはあるのですか?」
既に電車に乗り込んでいた。
車両の真ん中あたりでつり革をつかんで立ったまま、話を続けていた。
「手料理を作ってもらえたら嬉しいけど、でもその当時はあまり気にしていなかったな。元嫁の友人も外食好きが多くて、よく声をかけられ夫婦で外食したけど……。なんというか、今時、共働きしているのだから、外食が当たり前、って感じだった」
「……よく、好きな相手の胃袋をつかめ、って聞きますけど」
「それはまあ、あると思う。ただこれは俺の独自理論だけど、手料理好きの男はたいがいマザコンが多いぞ。男の舌が覚えている料理の味なんて、自分の母ちゃんの手料理の味だ。手料理を求める男の舌は、知らず知らずのうちに母ちゃんの味を求めている。だからたまに嫁に対し『これ、おふくろの味とは違う』なんていう失言をする」
うわあ、なんかリアルだ。
既婚友人から「旦那から、実家のお雑煮はこの味付けじゃない」と言われ、作り直しを強要されブチ切れたという話を聞いたことがあった。
そうか。
手料理が好き=マザコン。
え、もしかして悠真くんはマザコン!?
そう思ったところで電車は新宿に到着した。
ホームに降り、改札へ向かいながら、中村先輩は「この時間から映画見たら、食事どうするの? 食べている時間ないよな?」と不思議そうに私に尋ねる。
確かにそうだ。
でも……映画が終わるまで我慢するしかないだろう。確か上映時間は1時間半ぐらいだったはず。
映画を観ている最中にお腹がならないといいな……と思いつつ、中村先輩とは改札を出たところで別れ、地下通路を使い、映画館を目指す。
映画館の近くで地上に出て、少し歩くと……。
あ、いる、悠真くんだ、あれ、絶対。
1階はガラス張りになっているから、中がよく見える。
長身の細身。
スモーキーブルーのニットにプラム色のズボン、茶色っぽい黒のロングコートにブーツ。
マスクをつけ、伊達メガネをかけているが……。
カッコいいオーラを隠し切れていないと思う。
思わずその姿をガン見して歩いて行くと、悠真くんがこちらを見た。
あ……。
ほとんど顔は隠れているけど、その切れ長の瞳が細められ、微笑んでいると伝わってくる。
急激に心臓がドキドキしてきた。
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