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涼ちゃんも恋してんの?距離が縮まっていけばいいなぁ
第1話:白熊と狼の出会い
涼架side
学校の屋上は、ひっそりと静まり返っていた。
美術部の私は、絵の題材を探しに屋上へと向かう。この暑さの中で誰もいない場所、そして、いつもと違う光と影を探して。
重い鉄製の扉を開けると、真夏の太陽が一気に肌を突き刺す。
眩しさに目を細めながら一歩踏み出すと、微かな風に乗って、聴き覚えのないギターのメロディーが届いた。
(誰かいる……?)
音のする方へ、恐る恐る近づいていく。そこにいたのは、軽音部の若井滉斗くんだった。
彼はいつもクールで、近寄りがたい雰囲気を持っている。だか、今、フェンスにもたれかかり、ギターを弾く彼は、どこか孤独でそして魅力的だった。
彼が奏でるメロディーは、彼の外見とはまるで違う、切なさと力強さが混ざり合った、不思議な音だった。
私は、ただ立ち尽くして、その音に心奪われていた。
若井くんは、しばらく弾き続けると、ふと指を止め、ギターを膝の上に置いた。
その瞬間、私は「ハッ」と息をのむ。そして、彼と目が合った。
「…あ」
私は慌てて、言葉を探した。こんなところに、私が見ているなんて知られたくなかった。
「ご、ごめんなさい!うるさくしちゃって…」
私は反射的に謝罪の言葉を口にした。若井くんは、少し驚いた顔をした後、小さく首を振った。
「いや、別に…。誰もいないと思ってたから、俺こそごめん」
彼の声は、予想よりもずっと優しくて、私は少しだけ緊張が和らいだ。
「あの…ギター、すごく、きれいな音でした」
「そう…?別に、特別なことしてないけど」
彼は照れくさそうに言うけれど、私は正直な感想を伝えたかった。
「そんなことないです。なんか、胸の奥がぎゅってなるような不思議な音でした」
私の言葉に、若井くんは少しだけ見開いた後、すぐに視線を逸らして、照れくさそうに頭を掻いていた。
その表情は、普段の彼からは想像できない、少しあどけないものだった。
「君、美術部だっけ?」
「はい。あっ、すいません、素人なのに偉そうに……」
「あ、いやそういうわけじゃなくて。屋上に来る人珍しいから何しに来たのかなって」
「絵の題材を探しに来ました」
「へぇ。この屋上に、そんなのあるのかな」
「…はい。今、見つけました」
私は、彼の目を真っ直ぐ見て、少しだけ勇気を出して言った。
彼こそが、私の「描きたいもの」だと、暗に伝えたかった。若井くんは、私の言葉にの意味を理解したのか、ただの冗談だと思ったのか、ただ静かに微笑んだ。
「そう。…暑いから、無理しないでね」
彼はそう言って、再びギターを抱え直した。
それは、「もう行っていいよ」と言われているようで、少し寂しさを感じたけれど、同時に彼と話せたことへの小さな喜びが胸いっぱいに広がっていった。
「ありがとうございます。…若井くんも、熱中症には気をつけてください」
私はそう言って、彼の邪魔にならないよう、屋上の隅に腰を下ろし、スケッチブックを広げた。
そのページには、先ほどまで彼がいた場所の景色が、すでに鉛筆で描き始められていた。
若井くんは、そんな私の姿を少しだけ気にかけているように見えた。
「白熊のように涼しげでいたいの、でもこの熱意は募る」ーー私の内側に秘めた熱い想いは、彼の存在によって、今、静かに動き出した。
この日の出会いが、私の「短い夏」の始まりだった。
次回予告
[視線が交差する屋上]
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