テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
出てきたばかりのカフェの自動ドア横の外壁に背中をぶつけて、優里は後ずさることをやめた。
いや、正確には身動きが取れなくなった。
「優里ちゃんの行き過ぎた要求を俺が突き返したって何の問題もないし」
優里が、肩から下げているトートバッグの持ち手をギュッと握りしめるのを横目に、畳み掛ける。
「もっと言うなら、俺が信じててくれって立花に言えばぶっちゃけそれで済む」
「そ、それで済むって……」
「優里ちゃんさ、俺があいつに自分のいいようにしか青木のこと説明してないって思ってる?」
再び、グッと息を止めるかのように黙り込んだ優里を表情なく坪井は見下ろす。
「親友とか言っときながら舐めんなよ、知ってるよ立花は。俺が青木芹那を、他の女をどんなふうに扱ってきたか」
「だから青木のことを、立花と別れさせる切り札にしようとしてんなら使えないよ」と、続けて言ったが、優里は特に口を挟もうとはしない。
「あいつがどんな思いで俺のとこ戻ってきたか知ってんのかって聞いてるんだよ」
「そ、それ……は」
「てゆーかさ、こんな面倒ごと、今ここでお前どーにかして? 話そのもの消すことの方が俺にとっては簡単なんだけど」
そこで言葉を区切ってから、坪井は一層声を低くして、ゆっくりと問いかけた。
「しないの、なんでだと思う?」
「わ……わからない」
「声小さいね、さっきから。聞き取れないけど」
掠れた優里の声を煽る。悔しそうな顔の中、怯えたような瞳。
「俺が自分のためにあいつを手離さないかわりに、守るって決めてる。面倒なことからも逃げないって腹括って、あいつの強さに甘えてんの、今の俺」
こんな女に、こんな提案を聞き入れるほど。
腑抜けだと思われていたのか。
そう思うと、苛立ちがさらに募る。
「でもまあ、そっちの言うことも一理あるよな。青木の存在にあいつが振り回されないようにするには、こっちから話つけるのが一番だろ」
波打つ感情を逃がそうと、優里の顔、そのすぐ横の外壁を殴りつける。「……ひっ」と小さく上がった悲鳴を聞きつつ、吐き捨てるように言った。
「だから、青木に会う。貸せよ」
「な、何……を」
「スマホだろ? いいよ、別に連絡先くらい。ことが済んだら俺IDも番号も変えるし」
「え?」
「ちょうど、他の女もしつこいのいたからさ、一緒に消せるじゃん」
冷ややかな坪井の笑みと、その口から出てきたセリフ。顔のすぐ横に訪れた衝撃。
優里は顔を引き攣らせた。
「そっちの言うとおり二人で会う、一度きりな。それで話つけるよ、何かあるんならね」
優里がもたもたとした手つきでバッグの中に手を入れてオレンジ色のケースに収められたスマホを取り出す。
「俺が青木の連絡先聞いとけばいいの? そっちに俺の教えればいい?」
「どっち……でも」
口ごもる優里の様子に気がついているものの、坪井は特に気にする素振りも見せずに、あっさりと答えを出した。
「あ、そ。じゃあ青木の連絡先教えて。優里ちゃんの連絡先はあんまり聞きたくないし」
「え、どうして……」
坪井の気迫にポカンとしたまま優里が聞いた。
会社の前まで乗り込んできた時の気迫など今は微塵も感じられない。
「どうしてってさぁ」と、坪井はそんな優里に無表情ながらも冷ややかな視線を送った。
「仮にも、あいつの友達なんでしょ?」
「か、仮にもって……!ちゃんと、友達だよ!」
「どうだろ? 優里ちゃんのやってることってさ、友達がやっていいことじゃないよ」
やっと大きな声を出した優里だったが坪井の言葉を聞き、すぐにぐっと唇を引き結んで悔しそうな表情を見せた。
「ま、優里ちゃんが、今後何か俺に用があるなら立花通してよ」
坪井が、当たり前だろ? と。そんな視線をれば優里は不安そうに眉を下げ、首を横に振った。
「それは……、真衣香には今回のことは黙ってたいから、できたら……」
この後に及んでまだ言うのかと、坪井は優里にも聞こえるようにわざと大きなため息をつく。
「黙ってられるわけないだろ? 優里ちゃんさ、ここまで好き勝手言ってるんだよ、もちろん俺の条件も聞かなきゃダメだよな?」
首を傾げ、優里を睨みつける。
「条件……って」
「俺、あいつにはもう嘘つけないんだよね、約束したから」
「そう……なんだ」
曖昧に頷いた優里を見て、坪井は更に言葉を続ける。
「あいつには前もって全部話す。その上で、あいつがしたいようにさせて。それがこっちからの条件だよ」