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車が走り出して間もなく、彼女が口を開いた。
「そういえば……もときさん、今日はどこに行く予定なんですか?」
「うーん……お台場かな」
横目でちらりと彼女を見ると、ぱっと目が合った。
その瞬間、瞳がきらっと輝いて、子どもみたいに嬉しそうな顔になる。
「えっ、本当ですか? 私、昔行ったきりなので……久しぶりで!」
「ならよかった。ショッピングモールもあるし、スーパーも近いから買い出しもできるし……ちょうどいいかなって」
「ふふっ……楽しみです」
その声を聞いただけで、僕まで頬が緩む。
顔を見なくても、きっと今、彼女は笑っている。
それを想像しただけで、胸の奥がじんわりとあたたかくなった。
無事に駐車場につき、車を停める。
僕は先に降り、助手席のドアを開けて、手を差し出した。
「……行こっか」
僕の手に彼女が手を重ねてくる。
平日だというのに、ショッピングモールの中は意外と人が多い。
逆にこれくらい混んでいたほうが、人目に紛れて動きやすい。
他愛もない話をしながら、僕たちは自然に恋人繋ぎをした。
アクセサリーショップの前で、彼女がふと立ち止まった。
ショーウィンドウに並ぶ小物を、じっと見つめている。
「あっ……かわいい……」
視線の先には、シルバーの地金に小さな星型の宝石が埋め込まれたイヤーカフ。
シンプルなのに、光の加減で上品にきらめいていた。
「気になる?」
「……はい。ちょっと、中に入ってもいいですか?」
「もちろん」
店内に入ると、店員さんが笑顔で声をかける。
「なにかお探しですか?」
彼女が少し緊張した面持ちで尋ねる。
「外にあったイヤーカフって……まだありますか?」
案内されたショーケースの中には、色とりどりのイヤーカフが並んでいた。
「こちらは誕生石をモチーフにしたシリーズでして。ペアで購入されるお客様も多いんですよ」
店員さんの説明を聞きながら、彼女は視線を落とす。
その横顔に迷いがにじむけれど、やがて小さく頷いた。
「んー……買おうかな。せっかくだし」
その言葉を聞いた瞬間、僕も迷わず口を開いていた。
「じゃあ、僕もお揃いにする。みおちゃん、誕生月は?」
驚いたように目を瞬かせ、頬をほんのり赤く染める。
「……12月です」
指先でショーケースをそっと差しながら答える姿が、なんだか愛おしい。
「そっか。僕は9月だから……これだね」
店員さんが気を利かせて、二人分のイヤーカフを取り出してくれた。
小さなトレーに置かれた誕生石が、並んで静かに輝く。
会計のとき、彼女が慌てて口を開く。
「わ、私が欲しいって言ったんですから、私が払います!」
真剣にそう言うものだから、店員さんが思わず吹き出しそうになっている。
可愛いけど、さすがにここは譲れない。
「僕がお揃いにしたいんだから、僕が払うよ」
そう言って支払いを済ませ、品物を受け取った。彼女は少し不貞腐れながらも、
「……ありがとうございます」と小さく呟いた。
一通り店を見て回ったあと、休憩がてらカジュアルなカフェに入った。
ここなら、少しマスクを外してお茶くらいはできる。
並んでいる間に、右隣の彼女がメニューを見せながら首を傾ける。
「もときさん、何にします?」
そのとき、彼女はバケットハットを指で軽く押さえながら、髪をかき上げて左耳を出した――。
……今まで気づかなかった。
儚げで、華奢で守ってあげたくなる見た目なのに。
白い耳には、小さな穴跡がいくつも並んでいた。
ピアスをつけていないのに、そこに確かに残る過去の痕跡。
そのアンバランスさに、思わず息をのむ。
可愛らしい彼女の横顔と、生々しい跡の対比が、やけに色っぽく見えてしまって。
喉の奥がひくりと鳴った。
(……こんな顔で、こんなものを隠してたなんて)
視線が外せなくなっていた僕を、彼女がふいに見上げる。
帽子の影から覗く瞳が、きょとんと揺れて。
「もときさん……?」
心臓が跳ね、慌てて視線を逸らす。
「……いや、なんでもない」
彼女は小首を傾げただけで、またすぐにメニューに目を戻した。
カフェで他愛のない話をしながら、彼女がストローを指でくるくると回していた。
その仕草に合わせるように、僕はそっと小さな箱を取り出す。
「……あ、みおちゃん。これ」
さっき買ったイヤーカフを差し出すと、彼女がぱちりと瞬きをした。
「ありがとうございます……開けてもいいですか?」
「もちろん。――それでさ、僕の誕生石の方を、みおちゃんにつけてほしいんだ」
驚いたように目をまんまるにして、彼女はゆっくりと箱を開ける。
淡く儚く光を宿したピンク色のイヤーカフが、中で静かに輝いていた。
「……ふふっ。てっきり、自分の誕生石をいただくのかと思ってました」
視線を伏せ、頬を染めながら、指先でそっと箱をなぞる。
「かわいいから、つけちゃいますね」
そう言って、彼女は左耳にそっとイヤーカフをはめる。
その拍子に、髪の奥からあのピアス跡がまた覗いて――息が浅くなり、胸がどくんと跳ねた。
「……もときさんもつけてくださいよ〜」
唇を尖らせて拗ねる彼女。
その甘えた声に、ただただ……ほんと、ずるいくらいにかわいいと心の中で呟いていた。
カフェを出ると、お互いの耳にはお揃いのイヤーカフ。手を繋いでスーパーへ向かう。
澪ちゃんが「お手洗いいってきます!」と駆けて行ったので、僕はCDショップの横の壁にもたれて彼女を待つ。
店内から、僕たちの曲が流れてきた。
ふと視線を店頭に向けると――
「メジャーデビュー10周年!アルバム発売!!」と大きく掲げられたブースが目に入る。
モニターにはステージの映像が流れ、棚には僕たちのアルバムがずらりと並んでいた。
「応援してるよ〜!FJORD行くよ〜!」なんて、店員さんの私情たっぷりなPOPまで貼られている。
思わず、くすっと笑ってしまう。
……でも、同時に胸の奥がじんわり温かくなった。
みおちゃんと一緒にいたら忘れていたけれど――今日は僕たちのメジャーデビュー10周年記念の日だった。ポケットからスマホを取り出し、おもむろにTwitterを開く。
アニバーサリーベストアルバム「10」
そして
ライブ映像作品「Mrs. GREEN APPLE on Harmony」
の発売日です。
多くの方に届くといいなぁ。
#M G A10
#M G A_MAGICAL10YEARS
ためらいなく、ツイートを送信する。
「すみません、おまたせしました……!」
小走りで戻ってきた彼女に顔を向け、スマホをしまう。
「待ってないよ。……行こっか」
そう言って彼女の手を取り、CDショップの前を歩く。
そのとき、澪ちゃんの足がふいに止まった。
視線の先――店頭に並ぶ僕たちのアルバム。煌びやかなポップ、流れる音楽、そしてモニターに映る“ステージ上の僕”。
「……もときさん……これ……」
棚と僕を交互に見て、彼女の声が震える。
その瞳は、驚きと、ほんの少しの誇らしさと、どうしようもなく可愛い戸惑いで揺れていた。
「うん。……今日でちょうど、メジャーデビュー10年」
隠すようなことじゃないから淡々と答えたけれど、心臓は早鐘を打っていた。
澪ちゃんは唇を小さく結び、しばし無言のまま棚を見つめる。
やがて、帽子の前側を指で押さえ、頬を赤く染めた。
「……すごいです……ほんとに……」
ぽつりと落ちたその声に、胸が詰まる。
僕にとっては見慣れた光景なのに――彼女にとっては「夢と現実の境目」を覗き込む瞬間なのかもしれない。
「さ、行こっか」
そっと手を引くと、澪ちゃんは慌てて僕の隣に戻ってくる。
けれど、繋いだ手の力は、いつもよりずっと強かった。
まるで僕の存在を確かめるように。
ものすごくでかい独り言
みおちゃん、わたしの好きな女子を詰め込んでます。
可愛い顔して、儚い系なのに、耳にはバチバチにピアス。
ん〜、ギャップ、すきです。
ピアス表現など、苦手な方がいたら申し訳ないです…。