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side mio
CDショップを後にし、並んでスーパーへ向かう。
隣を歩きながら、胸の奥がふわふわして、どうしても言葉にしたくなった。
「……ということは、私たちが付き合った日も、デビュー日と同じなんですね」
口にした瞬間、顔が熱くなって視線を落とす。
自分でも、少し恥ずかしいことを言ったのはわかっていた。
「たしかに……そうだね。なんか嬉しいよ、僕」
とても素直で、あたたかい彼の声。
顔を上げられなくて、思わず唇をきゅっと結ぶ。
「……そう言ってもらえて、嬉しいです」
でも、その瞬間ふと胸の奥がざわめいた。
私にとっては“大切な人”。
けれど、世の中にとっては“特別な存在”。
ステージの眩しさを思い出すと、自分はまだまだで……隣に立つには小さいのかもしれない。
それでも、彼は迷いなく私の隣にいてくれる。
その事実だけが胸いっぱいに広がって――たまらなく愛おしかった。
side mtk
スーパーに着くと、彼女はカートにカゴをのせて、ぱっと顔を上げる。
目がいたずらっぽく光って――
「隊長っ! 本日の夜ご飯のご所望は?」
ふざけた調子で、右手で敬礼までしてみせる。
「んー……みおちゃんがいいなぁ」
わざとぼそっと耳打ちすると、彼女の耳まで真っ赤になる。
「それっ、今日2回目ですよね?! ……ほんっと、外ですしやめてください」
ぷいっと顔を背けて、悪態をつく姿さえ可愛い。
「ごめんごめん。……じゃあ、オムライスが食べたい」
笑いながらリクエストをすると、彼女は胸を張って答えた。
「了解、しましたっ!」
彼女は迷いなく食材をカゴに入れていく。
卵、ケチャップ、鶏肉、玉ねぎ……手際よく揃っていく様子に、僕の出番はなさそうだった。
「……みおちゃん、主婦感すごくない?」
感心して呟くと、彼女は得意げに微笑む。
「まあ、一人暮らし歴長いので、ね?」
他愛もない会話を交わしながら、食材と飲み物を選んでレジへ。
袋を下げ、並んで駐車場へ歩く。
誰かとこんなふうに過ごすのも――悪くない。
そんなふうに思える僕が、確かにそこにいた。
夕暮れが街を照らす。
信号待ちでふと隣を見ると、彼女は窓の外をぼんやり眺めていた。
「そういえば……みおちゃん、誕生日いつ?」
僕の問いかけに、彼女は顔をこちらに向けて小さく微笑む。
「12月28日です。……もときさんは?」
「ん、僕は……1996年9月14日だよ」
「なんで西暦まで言うんですか」
くすりと笑うその声が愛おしい。
「ということは、もときさん28歳なんですね。わたし1998年生まれなので……26歳です」
「え、2個も違うの? 若〜い、ずる〜いっ」
「そんなに変わらないじゃないですか」
彼女がまたくすりと笑う。その笑みに釣られて僕も笑った。
信号が青に変わり、アクセルをゆっくり踏み込む。
――そのとき、不意に胸が痛んだ。
僕の誕生日も、10周年のことも、検索すれば一瞬で知れる。
それでも彼女にとっての僕は、あの日の小さなステージで止まったまま。
彼女の過去の中で、僕が避けられていた――その事実を思い知らされる。
胸を鋭く抉られた。
冷たく、ためらいもなく――刃を突き立てられるように。
玄関をくぐった瞬間、張り詰めていた気持ちが一気に溢れ出した。
部屋へ向かおうとする横顔に、不意に胸が締めつけられる。
思わず腕を伸ばし、細い腰を捕らえて引き寄せた。
同時に、顔を覆っていたマスクを外す。
「……みおちゃん」
名前を呼ぶ声が震えているのが、自分でもわかる。
「もときさん……?」
戸惑うように振り返った彼女の唇を、衝動のまま奪った。
触れた瞬間、胸に積もっていた痛みが一気に崩れ落ちていく。
けれど――
「もときさん、ご飯……先、作りますから。それに冷蔵庫にもの、入れないと…」
そっと僕の胸を押し返す。頬を赤らめながらも、真っ直ぐな瞳で。
「だから……あとで、ちゃんと」
お預けを言い渡された瞬間、余計に熱がこみ上げてくる。
僕の理性、持つかな――そんなことを考えながら、荷物を手に再び彼女の後ろ姿を追った。
side mio
玄関先で突然抱きしめられ、唇を奪われた瞬間――頭が真っ白になった。
気づけば「お預けします」なんて口走っていて、自分で言ったのに胸の奥が恥ずかしくて仕方がない。
リビングのソファ横に鞄と着替えの入ったトートバッグを置き、その上に帽子をそっとのせる。
振り返れば、もときさんが黙って荷物を運び入れているのが見えた。
キッチンに足を向けようとしたとき――
「手、洗おう。おいで」
キッチンから出てきた彼、誘うような低い声。目線がからまる。
一瞬、身体が固まる。だけど次の瞬間には、その声に引かれるように足が自然と動いていた。
やっぱりこの人には、叶わない。