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魔導書という不吉な言葉が聞こえた方向に人々の恐れと疑いの視線が集まっており、騒ぎの現場はすぐに分かった。

レモニカが乳離れできない幼子のように強くすがりつくのでユカリは歩きにくくて仕方なかったが、文句も言っていられない。本当に魔導書があるのならどうにかして、できるだけ穏便に手に入れなくてはならない。


どうやら人混みや混乱が生まれるほどに注目されている訳ではないが、幾人かの野次馬が遠巻きに眺めている。


それは露天市の一角、裏通りに入ってすぐのところで無精ひげの店主が営む装身具を商う店のようだ。潮風を遮る傷んだ家屋。その外壁に寄せられた素朴な商品棚が据え付けらている。並ぶ品々は貝殻を加工した工芸品のようで、宝飾の類は使っていないようだが、その繊細な業は素人目にも艶やかに映る。薄い貝殻を精緻に透かし彫りしたもの、複数の貝殻を組み合わせて小鳥や仔狐を造形したもの、貝殻の鎖に至っては実用に耐えるかどうか甚だ疑わしいが、間違いなくどれをとってもこの世に二つとない品だ。


ベルニージュに目線を向けられ、ユカリは目線で応える。少なくとも今この場で魔導書の気配は感じない。が、気配の感じない魔導書には既に何度も遭遇している。あそこに並ぶ貝殻製の品々がそうなのだろうか、とユカリは目を凝らす。


店主の前には喪服らしき黒づくめの衣装をまとった女が逃げ場を失った小鹿のように立ち尽くしている。顔には黒い面紗ヴェールスカートは長く、置きどころを見失った両手にも黒い手袋をつけている。いかにも貴い身分の女が身につける衣服だが、連れの一人も見当たらない。

むしろあの貴婦人の衣服が魔導書なのかも、とユカリがちらりと考えた時、野次馬が声を上げる。


「確かに見たぞ! あの高さから落ちて壊れなかった!」「俺も見た! あんなに華奢な品が無傷だ」「店主よ! どこで手に入れたんだ! 言ってみろ!」


声を上げる野次馬の中には奇態な格好の人物が何人かいる。あまりにも鍔の大きな帽子をかぶる者や身にまとう毛皮の毛が全て逆立っている者、節くれだった身の丈ほどの杖を持つ者は分かりやすい。いかにも魔法使いだ、とユカリは確信する。


店主は両手の中の何かを庇うように胸に寄せ、怒り心頭で野次馬に返す。「馬鹿を言うな! 魔導書なんかじゃねえよ!」


しかし野次馬の声が大波となって返って来る。


「だが石畳に落ちても壊れなかった!」「証明できるのか!?」「焚書に巻き込まれるのはごめんだぞ!」


辺りの空気が怒りと恐れによって膨張し、息苦しくなる。レモニカの指が食い込んで、ユカリは顔を顰める。


「なんで野次馬があんなに必死なの? 焚書に巻き込まれたくなかったら騒ぎを大きくするべきじゃないでしょ」ユカリは秘密を共有する時のようにベルニージュのほうに顔を寄せてこそりと囁く。「それに何だか徒党を組んでいるようにも見える」

「やくざ者がよく使う詐欺や嫌がらせの手口だよ」ベルニージュはよく見知っているかのように冷たい目線を野次馬に向ける。「魔導書だという醜聞を広めるのはね。確かにユカリの言うように、やり過ぎると本当に救済機構に焚書されてしまうから素人が手を出すべき策じゃないと思うけど。でも、あの魔法使いの連中はたまたま居合わせて、あわよくばと狙っているだけに見えるね」


ユカリは合切袋の口が閉まっていることを手で確認しつつ言う。「魔導書を手に入れようとしてやってるってこと?」

「もしくは商品を安く買い叩こうとしているか」ベルニージュはユカリを見、レモニカを見る。「魔導書の疑いを晴らす方法は分かる?」

レモニカは自分が指名されたことにはっとして首をひねる。「えっと、証明、ですか。魔導書が魔導書だと明らかにするには……そうです! それこそ焚書、破壊を試みるのが一番手っ取り早いですわね。ああ、なるほど酷い手口ですこと」

ユカリは魔法使いたちを呪わんばかりに睨みつけて言う。「疑いを証明するには大切な商品を壊さなければならず、壊れない限り疑われ続けるってわけだね。でも落としどころはどうするんだろう」


野次馬たちは、特に魔法使いたちはなおも増長する。


「どうした!? 壊せないのか!?」「貸してみろ! 俺が壊してやろう!」「焚書官が来る前にことを収めた方がいいんじゃないか? ……あ!」


人々の視線がユカリたちに、正確にはその腕にすがりつくレモニカに向けられている。その瞬間までユカリは忘れていた。レモニカはユカリのそばにいると焚書官ルキーナの姿に変身してしまうことを。鉄仮面に黒の僧衣。言い逃れはできない。


「そんな、早すぎる」と野次馬の中の誰かが言った。


魔法使いたちは水をかけられた鬼火のように火勢を失って途端に大人しくなり、しかし野次馬の群れから離れずに事の成り行きを見守るつもりのようだ。


「え、あ、わたくしですか?」レモニカはさらに縮こまる。「そうでした。焚書官でした。どうしましょう、ユカリさま」

ユカリもまたしどろもどろに答える。「どうしようったって焚書する訳にはいかないし、あ、でも本当に魔導書だったら、いや、でも騙すわけにも」


店主は涎を垂らした猛獣を目の当たりにしたかのように絶望的な表情をレモニカに向けて、罪深い嘘つきがやるように大袈裟な身振り手振りで身の潔白を主張する。


「尼様! 違います! 本当にただの貝殻で、たまたま無傷なだけで。どうか焼き捨てねえでください! 銀貨十枚は下らねえ。大損だ!」


ユカリたちが考えあぐねていると店主の矛先が喪服の貴婦人へと向けられ、今にもつかみかかりそうな勢いで怒鳴る。


「おい! あんた! どうしてくれるだ!? あんたが落としたせいでこのありさまだ!」

貴婦人は暗い面紗ヴェールの向こうから花弁の擦れるが如きか細い声で言う。「申し訳ございません。買い取らせていただきますので、どうかお怒りをお収めください。銀貨二十枚でも三十枚でも」


その言葉に店主の目は開かれて暫し沈黙に陥るが、しかし店主の激した感情は思い出したように再び逆巻き、怒鳴り、唾を飛び散らかす。


「だとしても機構に目をつけられちまったらお終いだ! どう責任をとってくれるんだ!?」


ユカリは少しばかり顔を顰めながら二人の元へと歩を進める。


「ユカリ? どうするつもり?」とベルニージュは尋ねるが、ユカリにもよく分かっていなかった。


居ても立っても居られないから歩いているのだ。そうして足の重いレモニカを引きずるように無精ひげの店主と喪服の貴婦人のそばへ歩み寄った。


「買い取るとおっしゃってるんですから、ひとまずはお売りすればいいんじゃないですか?」とユカリは淡々と言う。

「ああ? お前はどういう、何だ、誰だ」店主はうかがわし気に焚書官姿のレモニカと腕を貸すユカリを交互に見つめる。「尼様、いったい私はどうすれば? 本当に魔導書なんかじゃねえんです。信じてくだせえ」

「えっと、そうですね」レモニカは自信なさげに言う。「とりあえず、まずは売ってしまいましょう。ね? それでその品はご婦人のものです。そうですわね? そして魔導書の疑いがある以上、わたくしどもはご婦人から預からせていただくことになります。よろしいですわね?」


貴婦人は気づかわし気に首肯して薄闇の如き面紗ヴェールを揺らす。店主は不満げに頷いて貴婦人の方に向き直る。そしてずっと手の中に納めていた貝殻細工の首飾りを曝す。


敬虔なる反逆者ラムゼリカ銀貨で三十枚だ」と店主は言い放った。


ユカリが左手を掲げて握ると、その手の中に不思議な光を秘めた紫水晶が据えられた煌びやかな杖が現れる。そしてその杖で首飾りに触れるとユカリは虚空に【噛みついた】。その歯が噛み合った途端、貝殻の首飾りは見えない牙に跡形もなく噛み砕かれて消えた。


ユカリが杖を手放すと、その煌めく魔法は空中に掻き消える。そして合切袋を漁り、呆けた表情の店主の掌に銀貨三十枚を握らせると、貴婦人の手を握り、ベルニージュの元へ戻る。


「行こう、ベル」とユカリは呟く。

「うん」とベルニージュは応える。


ユカリたちを眺める野次馬たちの好奇の目から逃れるように、港町の外れの方へと足早に去っていく。


「ねえ、ユカリ。今のって……」とベルニージュは言葉を探しつつ言った。

「うん」ユカリは少しだけ頷く。

「旅費?」

「ごめんなさい」

魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。

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