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kzsi (kzh×sin)nmmn
「おい、椎名ぁ〜。帰んぞ。 」
授業終わり、放課後。集団で部活動に向かう男子生徒。友達と手を繋ぎ帰る女子生徒。甲高い笑い声。声変わり半ばの掠れた中低音。響くチューバ。打たれ宙を舞うボール。柔らかい空、自由に遊ぶ黒い鳥。
「……なぁに。わざわざ迎えに来たん?」
ゆっくりと、声の方向に振り返る。
「お前が来ねぇからだろ…すっぽかされたかと思ったわ。バァーカ。」
そんな子供みたいな言葉を吐いて、後ろ手で教室の扉を締める彼とは、少し前から恋人同士だ。でも、今はアタシの知っている、いつもの姿とは違う、真っ黒な髪をしていた。学校に馴染むためとは言え、やっぱり少し気に入らない。わざとらしく伸ばした、その長い前髪の隙間から覗く深紅が、血みたいだな、なんて。当たり前か。
「…なに黄昏てんだよ。柄でもねぇ。」
彼……葛葉は、ぶっきらぼうにそう言って、アタシの前の席の椅子を引く。隙間の空いた厚い窓から、オレンジの風がふわりと入り、その髪を撫でる。出てきたばかりの夕日が、黒色の彼を優しい赤に染めていた。
「…お前、やっぱ髪は白の方が似合うで。おじいちゃんみたいで可愛ええし。 」
「ぇなに、喧嘩売ってんの?」
何色にでも染まる彼の白色は、きっと、アタシの色にも染まってくれるだろう。否、他の色を近ずかせるつもりもないが。
「…………なに考えてんの…… 」
少し曇った彼の声。雑に腕を投げたし、アタシの机に突っ伏すその髪が、また、風に撫でられ浮かぶ。サァー。木々が揺れて重なり合う音。彼の問に答えることもせず、ただ、ぼうっと窓の外を眺める。ふと目線をやったグラウンドで、野球部たちが荷物をまとめていた。…もうそんな時間か。ぼんやりと思う。
「…帰るか。」
いつものトーンで言って、ゆっくりと立ち上がった。ガラガラと床に擦れる椅子。わざと汚い声をだし、背中から大きく伸びをする。ぐぐぐと引っ張られていく少しの筋肉。校門に立ちはだかる生徒指導の顔を思い浮かべながら、だらしなく下がったリボンを整え、ソックスをあげる。……薄っすらと窓ガラスに反射した、赤い彼の目線に気が付いても、その口が開くまで、アタシは聞いてなんかやんない。大口を開け、ぐわぁとあくびを一つ。とてもじゃないが、可愛らしいとは言えないそれに、彼から返ってきたのは、気の抜けた、 小さい笑い声だった。
「…乙女のあくび、笑うもんやないで。 」
ガシガシ。乱暴に頭を撫でつける。指通りが良い髪。いつの間にか元に戻った色。少し猫っ毛で、柔らかくて、寝癖がつきやすい。アタシが惚れた白髪や。
「ふはっ。んなこと言うんなら、ちったァオトメらしい行動してみろよ。 」
バカにしたように鼻で笑うその仕草に、イラッと脳が怒り出す。何か言い返そうとして開いた口が、はくはくと宙を食んだ。…アタシらしくない。そもそも、アタシらしくないと悩むのも、アタシらしくない。
「…サイゼでも寄ろうや。」
「……ダイエットしてんじゃなかった?」
「誰がデブや。」
「言ってねぇよ。」
心地良いテンポの会話。穏やかに、でも確実に進んでいく、この時間が好きや。何にも変えられない、この空間が愛おしい。
そして、その時間に、空間に、いつだって一緒にいるのは、お前。いて欲しいのも、お前。
「なぁ、葛葉。 」
口が勝手に彼を呼ぶ。呼んだって、意味はないのに。ガタリ。彼が立ち上がる。アタシの問いかけの続きを、待つ素振りもない。…それこそ、普通の乙女ならば、この状況に頬を膨らませ、もうっ、なんて怒るのだろうか。
「…………んーん。 」
これは決して、悲しく切ないラブストーリーなんかではない。ある意味、親しみ。ある意味、慣れ。ある意味、無関心。 だって、もう、とっくに知っているから。
「なんでもない!」
恋焦がれ、追いかけ、追いかけられた末の安寧。少し、高校生らしくない。… でも、 お前となら悪くない。