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「そろそろ帰ろうか」
「そうですね、結構遅い時間になっちゃいましたし」
あれから僕達は時間を忘れてしまう程、色々な話をした。学校のこと。家族のこと。幼少期の思い出のこと。とにかくたくさん。
それでひとつ分かったことがある。心野さんはずっと寂しい思いをしてきたということだ。心の痛み、傷、それらをずっと抱えながら。僕にはまだ友野という友達、いや、親友がいたから寂しいと感じたことがなかった。でも、心野さんにはそのような人はいない。
だったらどうする。当然のことだ。僕はこれからもずっと心野さんに寄り添っていけばいい。もっと仲良くなればいい。信頼してもらえるくらいに。
「そ、それでですね、但木くん。これって、一応デートなんですよね?」
あ、そのことをすっかり忘れていた。僕としては心野さんと一緒に遊びに行くという感覚だったけど、心野さんにとってはこれってデートだった。
友野のせいでな!
「うーん、あのね心野さん。実はね――」
不思議な感覚だった。否定しようと思ったけど、何故か僕はそれ以上言葉を続けることができなかった。デートではないと伝えることができなかった。
どうしてだ、どうして言葉が出てこないんだ? 僕が意図せずに誤解させてしまい、それに対して無意識的に罪悪感を感じているのか?
いや、違うな。そうではない。でも、僕自身も上手く説明できない。自分のことなのに感情を理解することができない。
生まれて初めて感じる、そんな不思議な感覚だった。
「どうしたんですか、但木くん?」
「ううん、なんでもないよ。そうだね、デートってことでいいんじゃないかな?」
そして肯定。女性恐怖症の僕が、デートであることを肯定してしまった。感情の整理が全くできないままで。本当に不思議で、不可思議な感覚だ。
で、僕がそんなことを考えていたら、いつの間にか心野さんは耳を赤くして、落ち着きなく、そわそわし始めた。
「あ、あのね、但木くん。ひ、ひとつお願いがありまして……」
「うん? お願い?」
「は、はい、そうです。あの……帰り道でいいんですけど、私と、て、手を繋いでもらえませんか?」
「て、手を繋ぐ!?」
女性恐怖症の僕にとって、それ、めっちゃハードルが高いんですけど……。
「……やっぱり駄目ですよね。いくらなんでも早すぎですよね。まだ一緒にお喋りするようになってから、全然日も経ってませんし」
そう言って、心野さんは俯き、寂しそうに言葉に陰りや濁りを含ませた。
「手を繋ぐ、か。心野さんは僕と手を繋ぎたいの?」
「は、恥ずかしすぎて、それはちょっと言えません……」
確かにそうだ。自分からじゃ言えないよな、そんなこと。僕は女の子の気持ちを全然分かってないなあ。ほんと、僕にはデリカシーがない。
だけど、ひとつだけ言えること。
それは――
「心野さん」
「な、なんでしょう?」
僕も心野さんと手を繋ぎたいということだ。女性恐怖症? トラウマ?
そんなもの――
「手を繋いで、一緒に帰ろう」
そんなもの、知ったことっちゃないね!
心野さんは勇気を出して言ってくれたんだ。それと比べたら、僕の悩みなんか本当に些細であり、些末な問題だ。応えたいんだ、心野さんの気持ちに。そして勇気に。
「い、いいんですか!?」
「うん、いいよ。さあ、手を出して」
僕は自分でも驚く程に自然と右手を差し出した。
「は、はい、ありがとうございます……」
心野さんの手が震えている。だけど彼女は一生懸命に、勇気を絞り出すようにして僕と手を繋ごうとこちらに差し出してくれた。
あとは僕が心野さんの手を握れば、僕も彼女も一歩前に進むことができる。いや、一歩どころなんかじゃない。少なくとも僕にとって、心野さんと手を繋ぐことが、僕の心のどこかの閉ざされた扉が開放される。
鎖で雁字搦めになっていた、心の扉が。
僕は迷いなく、心野さんが差し出された手を握りしめた。とても柔らかくて、温かくて、華奢で、そしてとても繊細で。
そして、僕が握りしめたのは心野さんの手だけではなく、彼女の心を握りしめているような、そんな感じがしたんだ。
でもさ、この後に起きる展開なんて普通予想できないって。
「こ、心野さん! 心野さん! だ、大丈夫!?」
鼻血。僕が彼女の手を握った瞬間、心野さんは大量の鼻血を出してそのままこてんとソファー席に倒れ込んでしまった。えーと……これ、どうしたらいいの?
「……ご先祖様、聞こえますか? 私、16才にしてやっと男の子と手を繋ぐことができました。もう、この世に未練はありません……。あ、でもご先祖様、まだ迎えに来ないでください。今、私はとても幸せなんです。あ、なんか意識が朦朧としてきた……せっかく、幸せを噛み締めていた、のに……」
こんな時に新キャラ出てきたー! え? 今日はひいお婆ちゃんじゃないの? ご先祖様なの? というか意識が朦朧ってヤバいんじゃ。
「心野さん! 心野さん! あ、全く反応しなくなっちゃった。ど、どうしたらいいの!? 全然分からないよ!」
――この後、ファミレスでちょとした騒動になったのは言うまでもない。
* * *
「すみません、迷惑ばっかりかけちゃって。まさか貧血で倒れちゃうなんて。なんていうか、お恥ずかしい限りです……」
「いいのいいの、気にしないでね」
結局、あれから心野さんの意識はなかなか戻らず、大量の鼻血の件もあって、ファミレスで騒動になってしまった。そして僕は今、心野さんをおんぶして駅に向かっている最中である。
だけど、今度は僕の意識が飛びそうなんですけど。
「ね、ねえ心野さん? 少しだけでいいから、その……胸が……ず、ずっと当たってて。僕には刺激が強すぎて」
生まれて初めて女の子をおんぶしているわけだけれど、さっきから柔らかいふにゅっとした感触が背中に……。
「あ、胸ですか? 当たってるんじゃなくて当ててるんです」
「え!?」
「あ、嘘です。私が言ってみたかったセリフ第七位でして。ちょと言いたかっただけなんで。だから、お気になさらず」
「いや、お気になさらずって言われても気になるよ!」
言ってみたかったセリフの第一位を訊いてみたかったけれど、訊いたら訊いたで大変なことになりそうだからとりあえず黙りを決め込んだ。
「でも、さすがムッツリスケベなだけあるね、そんなセリフを言ってみたかったなんて。って、痛い痛い! 髪の毛引っ張らないで!」
「但木くんが意地悪なこと言うからですよ」
ムッツリスケベって言われて、相当ショックだったのかな。だけど断言できるね。心野さんは間違いなくムッツリスケベだ!
「ねえ、但木くん」
「うん、どうしたの?」
「また、私と一緒にファミレス行ってくれますか?」
「もちろん。でもさ、あんなに甘いジュースばっかり飲んでると、絶対に太る――って、痛い痛い! だから髪の毛引っ張らないでって!」
「但木くん、やっぱり意地悪」
意地悪かあ、でもまあいいか。
僕はなんとなく夜空を見上げる。満天の星空が視界いっぱいに広がった。きっと、いや、絶対に忘れることはないだろう。
この星空の美しさを。
【第一章】
章末