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電車の中は殆ど無言で過ごしたけれど、私が降りる駅に着くと湊が口を開いた。
「遅いし、送るよ」
「え、いいよ。一人で帰れるから。じゃあね」
そう言って電車から降りたけど湊は私を追ってきた。
「本当に送ってくれなくていいから。湊も早く帰った方がいいよ」
今湊がどこに住んでるのか詳しくは知らないけど、まさか同じ駅って事は無いだろうし。
帰り道が一緒って訳でも無いのに湊に送って貰う理由なんて無い。
それに、湊と友達関係になったつもりも無いから、こんな行動されても困ってしまう。
少し冷たいかと思ったけれど、湊を置き去りにする様に足早にホームを出て階段を下りる。
早くマンションに帰ろう。今夜こそ雪斗が帰って来るし、話たい事が沢山有るんだから。
でも改札を通り抜けて直ぐに、腕を掴まれた。
ビクッとして振り返ると、置いて来たはずの湊が居た。
「……何?」
まだ何か言いたい事が有るの?
私としては話はさっき全て終ったつもりだけど。
湊の顔は必死にも見えて、何か訴えかけている様だった。
「湊?」
一体何をしたいのか聞こうとした。
でもそれより早く、低い声で名前を呼ばれた。
「美月」
「えっ?」
聞き間違えるはずの無い声。
声の方を向く雪斗が居て、私をじっと見つめていた。
「雪斗?」
どうしてここに居るの?
もっと遅くなるんじゃなかったの? 会社には寄らなかったの?
数々の疑問が頭を過ぎる。
でも雪斗の醸し出す雰囲気がなんだか恐くて、口に出して聞く事は出来なかった。
いつもの様に優しい笑みはどこにも無くて近寄り難い。
戸惑っていると、隣から呟く様な声が聞こえた。
「藤原雪斗……」
それで今更の様に思いだした。
湊が一緒に居たんだって事を。
雪斗は湊にチラッと視線を移してから、再び私を見た。
「随分、遅かったな」
雪斗の口ぶりからすると私の帰りを待っていてくれたのかもしれない。
「彼に送って貰ったのか?」
「あ、うん」
私が曖昧に頷くと雪斗は湊に向って言った。
「美月を送って頂きありがとうございます」
「え、いや……」
湊は雪斗の雰囲気に圧された様に、気まずそうな顔をした。
雪斗は無表情で何を考えているのか分からない。
「では俺たちはこれで失礼します」
雪斗は酷く丁寧な口調で言い礼儀正く頭を下げると、私の腕を掴み、呆然としている湊を置いて出口に向った。
立ち尽くしたままの湊が少し気になったけれど、雪斗の手を振り払う気には当然ならない。
強く腕を引かれても抵抗する気にもならなくて、ただ黙って雪斗の後ろを付いて歩いた。
たった二晩離れていただけなのに、凄く沢山のことが有った気がする。
不安と心配も大きくて。
心の準備の無いままに再会してしまったけど、こうして触れられる距離に居る事が嬉しい。
「雪斗」
呼びかけると、ようやく腕を掴む力が緩んだ。
歩く速度もゆっくりになり、隣に並ぶ形になる。
「お帰りなさい」
「ああ」
「私を待っててくれたんでしょ? ごめんね、遅くなって」
そう言うと雪斗は形の良い眉をひそめた。
「何度か電話したけど出ないから有賀に電話したんだ」
「え?」
「会社に電話したら美月と有賀は直帰だって言われたから」
だから有賀さんに……。
そう言えば、打ち合わせに行った時サイレントにしたままだった。
その後、湊と水原さんに遭遇して……着信を確認するのをすっかり忘れていた。
「ごめんね。気付かなかった」
「有賀から仕事は終って美月も帰ったって聞いたから待ってたんだけど、まさか立花湊と一緒とは思わなかった」
有賀さんはさっきの出来事を雪斗には言わなかったんだ。
私も直ぐにあの場から立ち去ると思ったんだろう。
雪斗に今日の出来事を話した方がいいのかな。
でも湊の悩みや、やり直そうなんて言われたことを言うのも……何でも言えばいいってもんじゃないし。
それに、雪斗と話し合いたい事は他に沢山有る。
「湊とは偶然会って、遅いから送ってくれたの。駅で別れるつもりだったんだけどね」
「……」
「それより、私、雪斗に聞きたい事が……」
昨夜、春陽さんから電話が来た事を言おうと思った。
でも雪斗は気分を悪くした様で険しい顔で言った。
「それよりって何だよ? 適当に誤魔化すな」
「ご、誤魔化した訳じゃ……」
いつになくキツイ口調に、心臓がドキリと跳ねる。
雪斗……怒ってる。湊と一緒に居たから?
でも今まで湊の事でこんな風に本気とも思える怒りを見せた事は無いのに……。
「……何か有ったの?」
いつもと違う態度は他に原因が有るんじゃないかと思った。
春陽さんとの事が何か関係有るのかもしれない。
それに真壁さんとだって二日一緒だった訳だし。
だけどそれは、全く見当違いだった様で雪斗の機嫌は更に悪くなった。
「何で未だに立花湊と会ってるんだ? しかも俺が居ない時に」
「だから……湊と会ったのは偶然で……」
雪斗がこんなに怒るなんて、思わなかった。
だって、雪斗はいつも余裕で理解が有って。
私を感情的に頭ごなしに怒ったりはしなかった。
どうしよう……責める様に見据えられて身体が震えてしまいそうになる。
「有賀と別れた後、立花湊と会ったのか?」
雪斗が私の行動をこんなに追及したり、詮索した事は無い。
湊と一緒に居た事がそれ程雪斗を怒らせたの?
それとも他に何か理由が有って機嫌が悪いの?
分からないけど、どちらにしてもちゃんと答えないと収まりそうに無かった。
「仕事が終った後に有賀さんが水原さんと待ち合わせをしていて、その場に湊も居たの」
「……有賀はそんな事、一言も言って無かったな」
雪斗は相変わらず機嫌悪く言う。
「有賀さんの考えは分からないけど」
「有賀達と別れた後、あいつと何してたんだ?」
「何って……駅で話してただけだよ。湊は水原さんとの事でヤケになってたから置いて帰る訳には行かなくて……」
「それは美月があいつを気にしてるからだ。残ったのは自分の意思だろ?」
「確かに自分の意思だけど、でも気にしてるとかじゃなくて……」
雪斗と話していると私の言葉はいい訳の様に聞こえてしまう。
どうしてこんな事になってしまったんだろう。
早く会いたくて仕方無かったのに……こんな風に言い争いたい訳じゃ無かったのに。
胸が痛くて苦しくなる。
伝えたい事は有るけど、上手く言葉に出来ない。
私が黙り込みしばらくすると雪斗が大きな溜息を吐いた。
「悪かった」
「……え?」
「少しイライラしてた。キツイ言い方してごめんな」
雪斗はさっきに比べ格段に穏やかな声で言う。
でも、笑顔はどこか強張っていて、雪斗の機嫌がまだ直っていないんだと感じた。
「……ごめんね、せっかく待っていてくれたのに、遅くなちゃって」
自分のタイミングの悪さが嫌になりながら謝ると、雪斗は私の手を掴み直した。
手を繋ぎながらゆっくり歩く。
「何か食べてくか?」
「私はどっちでもいいけど、家で作ってもいいし」
「美月も仕事で疲れただろ? 食べて帰ろう」
「……うん」
雪斗は時々二人で行く、創作料理の店に向っている様だった。
もう湊の事について何か言う気は無いのか、出張中の出来事を話して来る。
ホッとする反面、心配でも有った。
雪斗は内心は怒りが収まって無いんじゃないかって気がした。
でも、喧嘩を避ける為に折れてくれた。
さっきは動揺してしまったけど、もっと話し合った方が良かったかもしれない。
それに……直ぐにでも聞きたかった春陽さんの事、聞くタイミングを逃してしまった。
どうしよう……雪斗が疲れてるのは間違い無いと思うし、ゆっくり食事をして落ち着いたら切り出そうか。