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海の紅月くらげさん
避けてばかりではいられないため、そろそろ家庭科室に顔を出してみようかな。そう考えながら放課後に階段を下っていると、私の背中が強く押された。
「えっ!?」
突如感じる浮遊感に全身がぞわりと粟立つ。前のめりになり、咄嗟に手すりに手を伸ばすけれど、後少しのところで届かない。
このままだと落ちる……!
床に打ち付ける痛みを覚悟して、私は目を瞑った。
「————っ」
けれど、想像していた痛みはなく、誰かに抱きしめられているようだった。おずおずと目を開けると、視界には心配そうに私を覗き込んでいる可愛らしい外見の男の子の姿。
「え、歩くん?」
歩くんが私を抱きしめるように床に座っていることに、目を見開く。
「あぶねぇ……怪我は?」
呆然としながら黙って見つめていると、歩くんが首をかしげた。薄茶色の髪がさらりと流れる。
「大丈夫か? どこか痛む?」
どうして、彼がここに……。それに間違いなく私は足を踏み外したのではなく〝誰かが〟背中を押してきたはずだ。
振り返り背後を確認する。けれど、誰もいなかった。私を押したのは誰だったんだろう。
思い当たるのはシンデレラの件だ。もしかしてこれは、私に対する忠告……?
「おーい?」
前を向き、歩くんの顔を見上げる。
歩くんに助けてくれなかったら、きっと怪我をしていた。
「歩くんは怪我ない?」
いくら男の子とはいえ、細身で小柄な歩くんが階段から落ちてきた私を抱きとめるのは大変だったはずだ。現に体制を崩して床に座り込んでしまっている。
すると、歩くんは私の考えを読み取った様子で、顔を顰めるとそっぽを向いてしまった。
「これくらい別に平気」
もしかしたら外見のことを気にしているのかもしれない。
歩くんは他の男子よりも線が細いし、女の子に見間違えるほど可愛い容姿をしている。だけど、こうして身を呈して守ってくれたり、中身は男の子らしい。
「ありがとう」
実里くんや武蔵先輩に絡まれたときのことを思い出しながら、お礼を告げる。すると、歩くんは一瞬目を見開いて、すぐに笑顔になった。
私は立ち上がり歩くんに手を差し出す。
「歩くんが助けてくれたおかげで、怪我をしなくて済んだよ」
歩くんは戸惑った様子で視線を落とすと、少し恥ずかしそうに頬を染めて手を重ねてきた。
「……ん。ならいいけどさ」
その手は、私よりも大きくて体温が高い。立ち上がった歩くんは私の後方を見て、声を上げた。
「あ……」
視線を追うように振り返ると、薄ピンク色のカーディガンを肩にかけた実里くんの姿があった。
「うわ〜……階段でいちゃいちゃしてる」
嫌みを含んだ口調で言うと、実里くんは階段を下って近づいてくる。
「てかさぁ、ほーんとムードってものを知らないよねぇ。お子様は」
「……なにが言いたいんだよ、実里」
おそらく〝お子様〟という言葉が気に障ったのか、歩くんが眉間に皺を寄せて実里くんを睨む。
「いちゃいちゃするなら誰にも邪魔されない場所選びなよ。歩ちゃん」
実里くんはわざとらしく段差を使って上から見下すようにして腕を組む。その微笑みは歩くんの反応を楽しんでいるようだった。
「実里……てめぇ」
歩くんの苛立が伝わってくる。やばい。このままじゃ喧嘩が始まってしまいそうだ。
はらはらして二人を交互に見る。どちらも引く気はなさそうで、私はどうやって止めるべきなのかわからず血の気がひいていく。
「ほんっと生意気だな! 昔はもっと可愛げあったのに」
昔……?
もしかして二人は小さい頃から知り合いなのだろうか。
「ねぇ、二人は幼馴染みなの?」
私の質問に歩くんと実里くんの表情が曇る。どうやら触れられたくないことのようだった。
「あ、あの、ごめんね。話したくなければ……」
「そういうわけじゃねぇよ」
歩くんは困ったように微笑して、私と実里くんの手を掴んだ。
「家庭科室行くぞ」
「えっ!」
「は?」
突然のことに私と実里くんは驚いて同時に声を上げた。歩くんは私たちに構うことなく強引に私たちの手を引いて歩いていく。
「ちょっと! なんで俺まで行かなきゃならないわけ!」
実里くんは歩くんの手を振り払おうと必死だけれど、案外歩くんの力は強くて振り払えないようだった。
「いつまでもそういうのやめろ。きちんと向き合え」
歩くんの声は、いつもよりも低い。私に向けられたものではないとわかりながらも、息をのむ。
「逃げ続けてアイツを傷つけんな」
まるで叱るような口調だった。表情は見えなかったけれど、いつもの歩くんよりも大人びている気がした。
そしていつも大人っぽい実里くんは、俯いていて少し子どもっぽく見える。
「……わかってるよ」
小さな声でそう言うと、実里くんは抵抗をやめて大人しく歩くんに手を引かれて歩き出した。
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