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――家庭科室につくと焼き菓子のような甘い香りがした。
潤がパウンドケーキを一切れずつお皿に盛りつけている。その見栄えはプロ並みに綺麗。
「じゅんじゅん、見てくれこれ! 力作!」
「うん、そうだね」
その隣では武蔵先輩がウキウキとした様子で、折り紙で手裏剣や鶴などを作って遊んでいる。なにやら潤に一生懸命話しかけているけれど、笑顔で流されているようだった。
「おー、うまそう!」
歩くんは私たちから手を放して武蔵先輩の隣に座った。潤はこちらを向いて嬉しそうに、けれどどこか気まずそうに微笑む。
「きてくれたんだ」
それは私を見て言ったというよりも、実里くんを見て言った気がする。
「ちょうどいい時にみんなきたね。食べよう」
机に並べられたパウンドケーキには生クリームとベリーソース。そして粉砂糖が振りかけられたブルーベリーや苺が散りばめられている。
「すごい……美味しそう」
「俺がリクエストしたんだぞ!」
武蔵先輩が何故だか鼻高々に言う。作ったのは潤なのに。
「お店ででてきてもおかしくないくらいだよな」
さらりと歩くんがスルーすると、武蔵先輩は声高らかにもう一度言った。
「リクエストしたんだぞ! 俺が!」
「……でも作ったのは潤です、先輩」
武蔵先輩は頬を膨らまし、私を睨むと潤に泣きついた。
「一番大きいやつ、俺!」
「はいはい、仲良くしてね。あと、さっきつまみ食いしたから、武蔵は一番小さいやつだから」
潤がなだめるように武蔵先輩の頭を優しく撫でる。
……どっちが年上かわからない。
「そこ、つめて」
実里くんが私の隣に座る。
「実里くん……?」
機嫌が悪いのか頬杖をついて口を尖らせていた。
「早くしてよ。お腹空いてるんだから」
すると、潤が小さく笑った。実里くんの頬は少し赤いように見える。もしかして不機嫌そうにしていたのは照れ隠し?
武蔵先輩も歩くんを見ると、二人の表情が緩んでいた。和やかな空気が流れる。
私には潤と実里くんの間になにがあるのかわからないけれど、きっとこれは良いことで、二人が歩み寄っている気がした。けれど、その空気を壊すように勢いよく家庭科室のドアが開いた。
気怠そうに金色の髪を掻きながら、和葉がこちらへと近づいてくる。何故だか和葉は私の側まで来ると、じっと見つめてきた。
なんだろう。なにか言いたそうな顔をしている。
「……腹、減った」
「わ、わたしに言われても」
戸惑っていると、和葉は手のひらを出してきた。
「ましろ、キャラメル」
和葉に名前を呼ばれたのは初めてだった。みんなの視線が私と和葉に集まっているのがわかる。
「もう持ってない」
そう答えると和葉の表情が歪んだ。
「ストックしとけって言っただろ」
「いいよなんて言ってないよ」
和葉は机の上のパウンドケーキに視線を移すと、小さく頷いて私の後方にある椅子に座った。
「潤ので我慢する」
「……はいはい」
潤はため息を漏らし、和葉の前にパウンドケーキののったお皿を置いた。
「わっ!?」
突然肩になにかが乗ってきて体制を崩しかける。
「てかさぁ」
「ちょ、な、なに!?」
実里くんが私の肩に抱きつくように両腕をのせていた。
「ましろせんぱいが、なんで和葉と親しげなわけ?」
耳元に実里くんの甘ったるい声が響く。それにあまりにも近いので吐息が首筋にかかり、咄嗟に距離をとろうとするけれど、実里くんがそれを許してくれない。
「……べ、べつに親しいというわけじゃ」
「なに? 実里妬いてんの?」
和葉は挑発的な表情で少し口元を緩ませている。これは絶対からかっているに違いない。
「はぁ?」
これ以上変な空気にしないでと必死に願いながら、私は首を縦に振る。
「俺らはもっと仲良しだよね」
「え?」
海の紅月くらげさん
「この間は、やさしーくこの手を手当してくれたもんねぇ? 保健室で」
怪我した手を私の目の前で見せながら、〝ね?〟と色気たっぷりな声で聞かれて、放心する。
保健室には確かに行ったし、手当てはしたけど、実里くんの言い方には含みがあった。
ああもう……これ、どうしたらいいの。
ガタッと椅子から立ち上がる音がして、視線を向けると歩くんが困惑した様子で口をパクパクとさせている。
「実里……っ! おま……この変態!」
「はぁ? なに想像しちゃってんの? うざ」
実里くんは鬱陶しそうに歩くんを睨むと、私を抱きしめてきた。
「別になにもしてないし」
「み、のりくん! ちょっと……!」
腕を剥ぎ取ろうと試みるけれど、強い力でびくともしない。
すると、ゆらりと影が落ちた。
見上げると潤が立っていて、その表情はいつものにこやかで優しい彼ではない。少し怒っているように感じた。
「実里、離してあげて。困ってる」
「……別にいいだろ。あんたの彼女でもないし。それに歩だって抱きしめてたし」
机を叩く大きな音が響き、びくりと体を震わせる。机を叩いた歩くんの顔は真っ赤だった。
「ちっげーよ! あれはそういうのじゃない!」
「そ、そうだよ! 歩くんは階段から落ちた私を助けてくれただけ! 実里くんみたいに変なことしてない!」
必死に否定をしたけれど、実里くんの機嫌をますます損ねたようで耳元で「むかつく」と囁くように言われた。
「実里。いい加減にしな」
潤が私の手を掴むと、抱きしめている実里くんの腕の力が緩む。
「あー、はいはい」
実里くんがため息を吐いて、腕を離す。すると潤の手も離れていった。
「ごめん、俺も強引だったね」
困ったように笑う潤は、いつものように優しげだった。
彼らの関係性が全く見えてこない。〝昔〟と歩くんが言っていたけれど、全員子どもの頃からの付き合いなのだろうか。だけど、どこか距離があるように見えるのはどうしてだろう。
「早く食べよっか」
潤は仕切り直すように明るい声で言った。私は疑問を飲み込んで、笑顔で頷く。
王子候補とシンデレラ。この日初めて全員がこの家庭科室に揃ったのだった。
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