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” 至上の幸福を司る家 “という本をご存知でしょうか。
端的に言わせてもらうとめちゃくちゃ面白いです。
インドの歴史の片鱗を、私はこの本で学んだといっても間違いありません。
お願いです。読んでください。分厚く、人の名前などを覚えるのに時間がかかりますが、宗教教唆本ではありませんし本当に読んだことのない文体でずっと宙に浮いてる感じでした。
読んでください。お願いします。値段相応に興味深いです。
私は愚鈍なので中盤ほど読んだところでタイトルの意味をようやく理解できました。感動。
前置きが長くなりましたが、この文で雑談は終わりです。お付き合いいただきありがとうございました。
本文 ↓
印日(イン日)
見晴るかす、遥か先まで紅金色の祝福
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「…っ、あっついですね〜…!」
包み紙の中でべたべたになる林檎糖のように汗をかく日本。
ラムネのビー玉みたいなアダムのりんご(喉仏)を上下に動かして、水さしの瓶に半分ほど残っていたシャルバートをグッと飲み干し、唾液を拭っているその姿は、下地に青い油絵具が使われた目のくらむような色彩が施された壁画を想起させる。
「そうかな?僕が住んでる地域ではまだ涼しい方だよ」
彼の印象的な眼差しにつられて、薄っぺらく唇をほころばせる。
「…確かに…そう考えると私の国と良い勝負なのかな…」
都会の暑さとはまた違うじりじりと照りつける日差しのせいか、僕の持ち前の愛嬌のおかげか、日本のぱったりした頬は林檎のように紅くなり、考え込むように俯く日本は、恋をしているように艶めかしい。
「日本、地元名物のシャルバート。お気に召したかな?」
シャルバートとは俗にいう、甘味飲料清涼水だ。
シャルバートは、スベリヒユの種(クルファー)、葡萄、オレンジ、スイカ、ミント、人参、それから少量のほうれん草、ベチバー草(クスクス)、蓮の葉、二種の百合、それからダマスク・ローズの蒸留液から作られており、元々は強壮剤として重宝されていた。
だが、遠慮なくきらめいてる紅玉色のシロップと、朝の搾りたての牛乳を2匙加えれば、おいしくなるだけでなく、夏のデリーの辛さを和らげてくれるのだ。
ルーフ・アフザーなる会社が、薬膳として売り出したシャルバート。
やがてシャルバートは暑さを凌ぐのにはうってつけの、夏の定番の飲み物と化した。
そして数十年後、分離独立が起き、隣人たちは、うちあけた親密な態度が嘘のように武器を手に持つ。
十年来の知己。
互いの歌を歌い合った親友。
時折酒を酌み交わす丁年の男たち。
そのどれもがなかったかのように殺し合った。
ルーフ・アフザーは大変な損害を被ったが、目覚ましい回復を遂げ、四半世紀後にはバングラデシュに支店を開いた。
…まぁ、大半のものと相違なく、ルーフ・アフザーはコカ・コーラに敗れた。
「そろそろ、最後の場所へ移動しようか、日本。少し歩くけどそこは涼めるから」
「はい!」
日本の声は、少女が声を張り上げたかのように繊細で弾んだ調子の、不思議と初(うぶ)な声だった。
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「うわぁあ…‼︎壮観ですね…!」
アリのように人がうごめく小春日和の街には古着屋や芸者屋が軒をつらねている。
神様がわざと真直ぐ描いたような目尻は、吊し上げたかわいい目元へと代用され、毒されていない幼なさが輪郭に残る日本の顔は、とても急な階段に、あわてて足を進ませたみたいに昂奮していた。
砂金の川のように降る夏の星空、オレンジ色の炎を噴射し、同時にもうもうたる白煙を舞い上げる整然とした宇宙船。
その森羅万象を宿したようなつぶらな眼が、海辺のロマンティックなパールピンクの貝殻のように自分だけの秘密の宝物みたいに思えた。
賛美歌のように幸福が降りそそいだ今の僕は、きっと満足そうに三日月形に口を歪め、顔を綻ばせているだろう。
壁にも天井にも階段。至る所に、血のように真っ赤な赤錆色がハイビスカスの花のように散っている小さな聖廟(ダルガー)。
…事実、聖者(サルマド)の死体から流れた血であるが。
ミーナー市場を横切る途中に、不意にそこに陣取っている背を屈めた人々に思わず引き寄せられたが、日本にとっては恐ろしさで居てもたってもいられないやもしれない。
「すごい…!すごいですね、インドさん‼︎」
…杞憂だったようでほっと救われた気分になる。
「ここは、ハズラト・サルマド・ジャヒートの聖廟だよ」
「あ!私、文献で読んだことあります!」
「確か、サルマドは元はユダヤ系アルメニア人の商人なんでしたよね」
「ペルシアからデリーまで、アバイ・チャーンドというシンドで出会ったヒンドゥーの少年を追いかけていた…と書いてあったはずです!」
へぇ。これは恐れ入った。
聖廟に訪れる人々ですらサルマドの愛人が、シンドの少年だと知るものは指で数えるほどしかいない。
自信ありげににっこり笑う日本は、桃色の太陽光が後光のようにさして、まるで予言者のようだ。
この感じだと誰かに披露したいのを隠してうずうずしていたのだろう。
そう思えば、耐えようにも耐え切れず、笑みが口角に浮かぶ。
十六七の乙女のように無邪気な二つの澄み渡る水たまりに照り返す、自身の塩鯛の眼玉のごとく腐爛した濁った瞳を見て、慄然として、唾をのむ。
深く感心したと同時に、日本も知らないことがあるのだな…と、くつくつと笑いを堪え、静かに目を弓形に細める。
サルマドが、シャージャバーナーバードの路上に裸の行者(ファキール)として生活していて、公に処刑されたことは誰もが知っている。
だが、処刑の理由は公の場で不埒を晒した罪ではなく、背教によるものだったと知る人は僅かだ。
当時皇帝の座についていたアウラングゼーブは、サルマドを宮廷に召喚し、己が真のイスラーム者(ムスリム)であることを証明するために信仰告白の言葉(カリマー)を唱えろと命じた。
カリマー___________アッラーの他に神はなし、ムハンマドはアッラーの使徒なり。
サルマドは裸のまま、赤き城塞の宮廷でこう唱えた。
そしてサルマドは唱え始めた。
__________最初の一節のみを。
{ 神はなし }
…ねぇ、日本。君は聖廟と同じだと思うんだ。
人々はサルマドへと許しを乞い、祈りを捧げる。でもサルマドは祝福のみを与える。
日本、君もそうだ。
多くの国が君に特別な感情を向けて欲しいと切望している。胸に抱きしめた思慕を大事に大事に、抱えて。
だが君は、何人にも慈愛を公平に与える。
僕”たち”が望んでいるのはそれじゃない。…そう。断じてそんな生温いものはいらない。
君は罪深いよ、日本。
僕と君は想いあってる。”友好国”という名の鎖で繋がれているんだ。
決して友人以上の関係は望めない。崩壊してしまえば、今のようなぬるま湯にさえ浸っていられなくなるから。
日本。君にこの業の深い気持ちを吐露すれば、君は受け入れてくれるのだろうか。
いや、違う。君は僕を慈愛、祝福という形で拒む。
心に残る重い影。
君を殺してしまえば、僕の罪は一生かけても拭えなくなる。
でも、代わりに僕は覚悟を決めて君に溺れ狂うことができると思うんだ。
「…インドさん…?呆けてるようですが、どこか体調がすぐれないのですか?」
「…ううん。大丈夫。日本は優しいね」
「あ、ぅ、い、え…!」
ああ。でもこの野イチゴをつむ少女のように可憐な微笑みを見れなくなるのは惜しいなぁ…
でもそこも含めて日本だ。
僕が、日本の悲しんだ顔で、一際、ひどく脆く、危険な部位は、まだ鈍い光を宿している霞のような膜が張る瞳だと思う。
今にも涙を糸切り歯でかみきるばかりに、くしゃりと顔を歪める直前の潤みきった瞳が、蓮の花びらのようにもろく繊細な表情に見える。
「インドさん、私インドさんもこの国も、これからもっと好きになれそうです!」
「…嬉しいなぁ。僕も日本のこと愛してるよ!」
瞬間、顔が焼火箸のように火照った日本に、愛らしいぬいぐるみの針を一針ずつ解いていくのに似た加虐心を覚えたのは内緒だ。
ねぇ、日本は死ぬ直前に僕にどんな顔を見せてくれるのかなぁ。
他の誰にも引き出せない、そう。他でもない僕しか引き出せない日本のその瞬間を。
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完全にスランプですねーマジで情景描写がむずすぎる。添削は後からします。お許しを。