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それは雪と氷が出会ってしばらく経った頃。

「ねぇ氷、その服どうにかならないの?」

「……どうにか、とは?」

「その血生臭さ消せないの?」

鼻をつまみながら雪は氷に尋ねた。氷は言われて初めて気がついた、とばかりに目を見開く。

「血生臭い?」

「ええ。かなり」

氷は身につけている甲冑や着物の裾に鼻を近づける。嗅いでみたが、雪が言うような血生臭さは感じなかった。雪の鼻が物の怪よりも敏感すぎるだけでは、とも思ったが、こう言う時の雪の言葉を無視すると後々面倒を引き起こすという事は、この数ヶ月で身に染みている。

「今日会った物の怪にも言われてたわよ、獣臭いって」

「…………」

「氷がそれを気に入っているのなら他の方法を探すけど……新しい着物、買わない?」

氷は顎に手を当て考え込む。これは氷が物心ついた時から着ていたもので、思い入れが無いわけではない。……だがしかし、何年も使い裾がほつれていたり、汚れがこびりついているのも事実だ。

そろそろ、替え時なのかもしれない。

「分かった。行こう」

「本当⁉︎」

雪はパァッと顔を綻ばせた。それほど臭っていたのだろうか。喜色を滲ませながら持ち金の残量を確かめる雪を見て、疑問を抱かない氷ではない。だがしかし、生憎この頃の氷は雪の思考趣味を完全に理解していなかった為、まんまと雪の策略に嵌る羽目になったのだった。



「うん。次はこれね」

「…………雪」

「どうしたの? 氷」

男物の着物を複数着持ってこちらへ振り向いた雪を、氷は冷めた目で見返す。小一時間程氷は黙って着せ替え人形に甘んじていたが、もうそろそろ我慢の限界だ。そもそも何をしにここへ来たのか、問いただしたい。

「ぼくは何でもいいって言ったよな?」

「? だから今着せ替えしているのよ?」

あっさりと罪状を認める雪。本人にも氷で遊んでいるという自覚はあったようだ。

氷に睨まれた雪は、遠い目をして意味ありげに囁く。

「……わたしね、ちょっとした夢があったの。誰かと一緒にね、買い物に行きたかった。こうしてわいわいはしゃぎたかった。…………だから今日、叶えられてわたしはとっても嬉しいわ」

「…………ただの欲望だな」

「そうとも言うわね」

ころころと鈴を転がすように笑う雪。この話は終わりだ、と言わんばかりに雪は手を叩いた。

「じゃあ次はこれとこれとこれね? 気に入ったのがあったら言って、それにするから」

「気に入ったもの……」

そうと言われても、ぴんとこない。何かを自分で選んだ記憶が氷にはなかった。決め方が分からなかった。

その時、ふと雪の髪が目に入った。簪もなにも挿していない、綺麗な純白の長髪。

なら、ぼくは____。



ただの少女となった雪は氷と見覚えのある店の前を通っていた。

「懐かしいわね氷、覚えてる? ここの事」

「雪に着せ替え人形にされた」

「そっちじゃなくて! ……もう、分かってて言ってるでしょ」

雪は懐から小さな宝石のついた簪を取り出した。今の雪の髪の長さでは使えないので、こうして大事に持っているのだ。

「氷がこれ贈ってくれたのよね?」

「……記憶にないな」

頬を膨らまし非難の意を示す雪と、照れ臭さを隠そうとする氷。自然と側を通る人間や物の怪から生温かい目が集まった。

「今度はわたしが氷の髪紐見つけてあげる! 髪が伸びてきたもの、ないと不便だわ」

「ぼくは要らない。それより雪の着物だろ? あとそうだ髪留めも」

互いに互いを思いながら、店へと入る二人。

二人が出会った頃を知る店員が、そんな雪と氷を見て恋仲になったのかと勘違いし、二人は訂正しようと躍起になるのだが……。

それはまた、別の話だ。

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