テラーノベル
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でも、その間にも、
また触れられて——
「……っ、やめ、て……」
「やめて、ほしい?」
「……ちが、」
違う。
本当は。
「……」
言葉が詰まる。
頭が回らない。
「風」
名前を呼ばれる。
優しく。
「どっちがいいの?」
その問いに、
もう抗えない。
「……」
呼吸が震える。
「……やめて、じゃなくて……」
小さく、言い直す。
「……やめないで……」
その一言。
完全に、境界が崩れる。
夕の手が、
一瞬だけ止まる。
「……言ったね」
確認するみたいに。
「……」
風は、目を逸らす。
もう否定できない。
「……うん」
小さく頷く。
その瞬間、
夕が、静かに笑う。
「いい子」
優しく撫でる。
今度は、意味が変わる。
「やっと戻った」
その言葉が、
やけに安心する。
「……ゆう」
自分から名前を呼ぶ。
さっきまでと違う声で。
「なに?」
「……ここ、でいい……」
ぽつりと呟く。
自分で選ぶみたいに。
「外、いらない……」
夕が、満足そうに目を細める。
「うん」
「そうだね」
ゆっくり、何度も撫でる。
「もう逃げないでしょ?」
「……うん」
迷いなく頷く。
「逃げない」
さっきまでの“逃げたい”は、
もうどこにもない。
「ずっとここにいる」
自分から言う。
「夕と」
その言葉で、
すべてが完成する。
夕が、そっと額に触れる。
「いいよ」
優しく囁く。
「ずっと一緒」
その約束が、
何よりも優しくて、
何よりも逃げ場がなかった。
カチャ、と小さな音。
「はい、ちょっと緩めるね」
夕が、風の手首の拘束を外す。
金属の重さが、ふっと消える。
「……」
風は、じっとその感覚を見ている。
「ご飯食べにくいでしょ」
夕が、軽く笑う。
「ちゃんと食べないとだめだよ」
「……うん」
小さく頷く。
でも、そのまま動かない。
「ほら、手動くよ」
「……」
少しだけ、指を動かす。
自由。
久しぶりの感覚。
「……ゆう」
「ん?」
「……これ」
手首を見ながら言う。
「外れてる」
「うん」
当たり前みたいに答える。
「今はね」
「……」
少しだけ、間。
「……戻して」
ぽつり。
小さく。
「え?」
夕が、聞き返す。
「なんて?」
「……戻して」
さっきより、はっきり。
でも声は弱い。
「なんで?」
優しく聞く。
試すみたいに。
「……落ち着かない」
正直な言葉。
目を逸らしながら。
「なんか、変」
「……」
夕は何も言わない。
ただ見てる。
「……ちゃんと、繋いで」
少しだけ、視線を上げる。
不安そうな目。
「じゃないと……」
言いかけて、止まる。
でも、
「……怖い」
その一言が、落ちる。
夕の表情が、ほんの少しだけ緩む。
「そっか」
優しく頷く。
でも、
「ご飯食べる時はだめ」
軽く言う。
「危ないから」
「……」
風は、少しだけ眉を寄せる。
「……じゃあ、食べたら」
「うん」
「すぐ戻して」
確認するみたいに。
「ちゃんと?」
「ちゃんと」
夕が笑う。
「約束」
その一言で、少しだけ安心した顔になる。
「……うん」
小さく頷く。
「ほら、食べよ」
夕が、トレイを持ってくる。
いつもの距離。
すぐ隣。
「……」
風は、ゆっくり手を伸ばす。
少しぎこちない。
でも、自分で持つ。
「えらい」
夕が、軽く褒める。
「ちゃんとできるじゃん」
「……うん」
少しだけ、嬉しそうに返す。
でも、
時々、ちらっと手首を見る。
何もない場所を。
「……」
落ち着かない。
ずっと。
「……ゆう」
「なに?」
「あと、どれくらい?」
「ん?」
「食べ終わるまで」
小さく聞く。
「……早くしていい?」
夕が、くすっと笑う。
「そんなに?」
「……うん」
即答。
「早く、戻してほしい」
その言葉。
もう、迷いはない。
「……分かった」
優しく言う。
「じゃあ、ちゃんと食べて」
「うん」
少しだけ急いで食べる。
さっきより、明らかに早い。
自由なはずなのに、
落ち着かないから。
「……ごちそうさま」
少しだけ息を吐く。
その瞬間、
「はい」
カチャ、と音。
手首に、また重さが戻る。
「……っ」
小さく息をつく。
さっきとは逆。
「……よかった」
ぽつりと呟く。
安心したみたいに。
夕が、その様子を見ている。
「そんなに?」
「……うん」
こく、と頷く。
「これないと、なんか……変」
言葉を探す。
でも、うまく出ない。
「落ち着かないし」
「外に出ちゃいそうで」
その一言に、
夕の目が細くなる。
「出ないよ」
「……うん」
分かってる。
でも、
「でも、怖い」
正直に言う。
「……だから、これでいい」
自分で納得するみたいに。
「……そっか」
夕が、優しく撫でる。
「いい子」
その言葉に、
風は少しだけ目を細める。
「……ゆう」
「なに?」
「……ありがとう」
小さく言う。
「繋いでくれて」
その言葉は、
完全に、
“守られてる側”のものだった。
それから、三週間。
風は、完璧だった。
「……ゆう」
「なに?」
「ちょっと、きついかも」
手首の拘束を見ながら言う。
でも声は穏やか。
「少しだけ、緩めてほしい」
「いいよ」
夕は、迷わず頷く。
「我慢してたもんね」
カチャ、と音。
少しだけ緩くなる。
「……ありがとう」
風は、素直に微笑む。
その顔は、
完全に“元に戻った側”だった。
——そう見える。
「えらいね」
夕が、頭を撫でる。
「ちゃんと落ち着いてる」
「……うん」
小さく頷く。
「もう大丈夫」
その言葉を、
夕は疑わなかった。
「……ねぇ、夕」
「ん?」
「俺、さ」
少しだけ目を伏せる。
「前、怖かったんだと思う」
「……」
「でも今は、ちゃんと分かってる」
ゆっくり顔を上げる。
まっすぐな目。
「ここが安全」
「夕が正しい」
「……」
夕が、静かに頷く。
「うん」
満足そうに。
「分かってるね」
そのやり取りは、
何度も繰り返された。
日常みたいに。
少しずつ、
拘束も緩くなっていく。
少しずつ、
“信用”が積み上がっていく。
——そして。
「……ゆう」
ある日。
風が、ぽつりと言う。
「なに?」
「……外して」
小さな声。
でも、はっきり。
「手」
夕が、少しだけ首を傾げる。
「どうしたの?」
「……ちゃんと、自分で食べたい」
少しだけ笑う。
「最近、できそうな気がする」
「……」
夕は、数秒考える。
でも、
「いいよ」
あっさり頷く。
「風なら大丈夫でしょ」
カチャ、と音。
手首の拘束が外れる。
軽くなった感覚。
風は、ゆっくり手を動かす。
ぎこちないけど、
ちゃんと動く。
「……ほら」
夕が少し笑う。
「できるじゃん」
「……うん」
風も、少し笑う。
そのまま——
すっと、夕の腕を掴む。
「……え?」
一瞬。
ほんの一瞬だけの隙。
ぐい、と引く。
バランスを崩す夕。
「っ、風——」
そのまま、ベッドに倒れる。
「……ごめんね」
風の声。
さっきまでと、違う。
少し低い。
冷たい。
「……え」
夕が、固まる。
理解が追いつかない。
その間に、
カチャ、と音。
「……っ、」
手首に、重さ。
見慣れた拘束具。
でも今度は——
自分が繋がれてる。
「……風?」
やっと声が出る。
でも、
風は答えない。
黙ったまま、もう片方も固定する。
「……待って、なにして——」
「動かないで」
静かに言う。
低い声。
今まで聞いたことないトーン。
「……」
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