半年前の大攻勢。グラン・ミュールが崩壊し、レギオンは共和国内定住区に侵入した。共和国市民の約9割がレギオンよって殺戮。それでも数百万人の市民は、エイティシックス達により助けられ生き残ることが出来た。
11年前、俺たち共和国市民は、同じ国で生活してきたはずの彼らを、定住区である85区から存在しない86区へと追いやり、色付きの豚と呼んだ。
頭では理解していた。その行いが人道に反する事だということを。それでも、我が身が可愛くて。家族が大切で。近くでは幼い子供の泣き声と母親の叫び声が聞こえていた。それに聞こえないふりをして日常へと戻る。
テレビを付ければ、戦死者ゼロと誇らしげに報道された。でも実際には、戦死者なんかゼロではなくて。エイティシックスたちがまるでゴミ同然にすり潰されている。心が痛かった。 謝りたかった。罵って欲しかった。そんな事が許されることはないのは分かっている。
だから俺たちは、束の間の幸せを。嘘に覆われた楽園を享受する。
深い業を抱えながら。
半年前の大攻勢の傷も未だ癒えない内に、その日はやってきた。
レギオンの襲来。それに伴って連邦軍が共和国に派遣された。その中にはエイティシックスもいて。
あぁ、また彼らを苦しめてしまう。
そう思った。迫害してきた共和国市民を助けたいと思う者など誰がいるだろうか。それなのに、自分の立場を弁えずに愚かにもエイティシックスを糾弾する馬鹿がいた。
「お前たちが闘わないからこんな事に!!」
「飼ってやった恩を忘れたのか!!」
聞きたくなかった。それでも聞かなければならない義務が俺にはある。だって俺も共和国市民だから。
冷めた目をして俺たちを見る彼らはきっと嘲笑しているのだろう。酷く滑稽で骨の髄まで腐った共和国市民を。
それは避難中のこと。数万人もの共和国市民が列をなして街中を歩く。傍らには、エイティシックスや連邦軍が護衛として私たちの周りを巡回していた。
きっと彼らが守ってくれる。
そう思ってしまった自身に酷く絶望した。
そんな最中、突如として遥か後方で凄まじい破壊音が聞こえた。そして一拍置いて悲鳴が聞こえてくる。恐らくレギオンが市民を蹂躙しているのだろう事が伺えた。
私も死ぬのだろうか。死にたくない。いやだ。まだ… そう思って我に返った。これはエイティシックスにしてきた罪への罰なのだろうと。
こんな国いっそ滅んでしまえばいいのに。
乾いた笑いしか出てこない。
気付けばレギオンは、私の前にその金属で出来た脚部を大きく振り上げていた。
この罪と共に死ぬ覚悟を決める。 襲ってくるであろう痛みに恐怖に目を硬く閉じた。
でも、いつまでも経っても死ねなくて。
目を開けてみれば、レギオンが倒れていた。センサーを2、3回点滅させた後、完全に機能を停止。
なんで…と声が漏れた。レギオンを倒したであろう彼は、命令を実行したまでだ。と冷たい声で私に告げる。
この機体の中にいる子供は、いったいどれだけ傷ついたのだろうか。私たち共和国市民のせいで。家も家族も何もかも全て奪ってしまった。
「私たちのことを恨んでる?」
「別に。興味もないから。」
「…そう。」
恨んでもくれないのか。と悲しく思う一方で、嬉しくもあった。私たちの事を恨まないでくれれば、この可哀想な子供たちの心に残ることもない。
「これから先も恨まないでいてね。」
共和国になんて囚われないで。なんて、そんな事を言える立場ではないけれど。どうか、彼らの行く末が希望で満ち溢れた物でありますように。もう傷付かなくても良いように。
生かされた命。これから先、後ろ指を指されようとも、歯を食いしばって生きてやる。
ありがとう。
もう何時間歩いたか分からない。
連邦へと向かうためにターミナルを目指す。
子供を抱えた女。怪我をした男とそれを支える女。色々な人間がいる。
いつ襲われるかも分からない極限の状態に、消耗されていく体力。限界などとうに迎えていた。
「もう歩けないのッ!!」
自身の後ろにいる女性が、涙で顔を歪めて泣いていた。自分も周りの市民も期待した。
休ませてくれるかもしれない。と。
でもそんな事はなくて。歩けと言われた。
その言葉に女性は、声を大きくして泣いていたけれど、期待した言葉は出てこなかった。
次第にイライラした気分が周りに伝染していく。
「もう、うんざりだ!お前たちばかり機体に乗りやがって!!俺達も乗せろよ!!」
その声を皮切りに次々と野次が飛ぶ。
数秒置いた後、とある機体のコックピットから1人の少女が降りてきた。
どうして、ここに乗っているのだろうか。白系種である彼女が。
共和国の貴種、 白銀種の血を引く彼女は、軍帽を深く被り、白銀に輝く髪を風になびかせていた。アサルトライフルを背負って。
「なんで共和国の軍人がここにッ!!恥を知れ!!」
馬尾雑言が彼女を襲う。彼女は、アサルトライフルを構えて上に発砲した。その様子に、馬鹿たちは口を閉ざす。
「私は聖女マグノリアの再来。聖女が騎士の馬に乗るのは当然でしょう。」
その言葉を発する彼女の顔は、軍帽に隠れてよく 見えなかったが、酷く傷付いた、困ったようだった。
彼女もまた、共和国の被害者なのだ。と思い至る。
左右には2機、彼女を守るかのように機体が待機している。きっとどこまでも彼女は正しかったのだろう。憐れな子供たちを導く彼女は、間違いなく聖女であった。
共和国が全て間違ってきたのだな。と改めて実感した。何も出来やしないのに、傲慢で滑稽で。白い悪魔たちは己の罪に気付かず、あるいは無視をして。
この罪は消える事はない。許される事は無い。
さよなら愛しの祖国。いつか息絶えるその日まで、祖国を罪を胸に刻みながら生きてゆこう。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!