テラーノベル
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寝返りをした瞬間に、引き攣るような腰痛でぱっと目が覚めた。痛みはそれだけじゃなく、二日酔いによるものと思われる頭痛までついている有様に、昨夜飲みすぎたことを心底後悔する。
橋本が目を開けると室内はすでに明るくて、カーテンの隙間から光が差し込んできていた。眉根を寄せて、眼球に飛び込んできた眩しさをやり過ごしてみる。
「い、ま、何時だ?」
痛む腰に手を当てながら起き上がり、壁にかかってる時計を見やる。時刻は午前10時23分だった。
今日が仕事の宮本の姿は当然なく、主のいない部屋の中にいる橋本を、本棚に置かれた美少女フィギュア数人が微笑みながら見下ろしていた。
自分に向かって媚びる感じで笑顔を見せる彼女たちに、宮本なら喜んで笑いかけることが想像できたが、橋本の心情としてはそれすらも嫉妬の材料になった。
その何とも言えないなにかが原因で、どこかいたたまれない気持ちに自然と陥った。マイナス思考に引きずられるように、昨夜のことをまざまざと思い出してしまう。
(飲みすぎた勢いとはいえ、なんであんなに爆弾発言を連呼してしまったんだぁあぁ俺ぇ……)
痛む頭を両手で抱えつつ、嫌々するみたいに首を振ったからこそ、その存在に気がついた。
「ぁれ……?」
橋本の仕事着がハンガーにかけられ、壁に吊るされていた。綺麗に整えられている上着の中に、ワイシャツが一緒にかけられていたのだが――。
頭を抱えていた両手を使い、目をしっかり擦ってから、ふたたびハンガーにかけられた衣類を確認してみる。けして上手とはいえない、歪な形で縫い付けられたワイシャツのボタンに、橋本の目が釘付けになった。
(雅輝のヤツ、いつの間にあれを直したんだ? 行為のあとに腰が砕けた俺を背負って風呂に入れたり、シーツの交換をしたりとあれこれしていたはずだから、寝るのが遅くなっているというのに)
しかしながら橋本の両腕を縛りつけたえんじ色のネクタイは、使い古した感を表すように、上着の肩の辺りに無造作にかけられていた。
くたびれたネクタイの様子で、昨日の痕がどんなことになっているか、パジャマの袖をめくりあげる。
見える位置にキスマークをつけるなと、強く言いつけてから、同じミスをしなかった宮本。行為に熱が入ったり、昨夜のように頭のネジが飛んだ状態になっても、衣服から見えないような位置に痕をつけるようになった。
「だから手首じゃなく、腕を縛りつけたんだよな……」
ため息をつきながら、両腕を拘束したベッドの柱をなんとはなしに眺めた。
橋本の抵抗の痕跡は、しっかりと腕に残されていた。ところどころ擦れた傷と、強く縛られた痕が痣として残ってはいたが、腕まくりをしない限り、それはけして見えることがないものだった。
「雅輝のバカ……」
照れの混じった呟きは、当の本人には聞こえないものだが、呟かずにはいられない。
『そんなの、ちまちまやってられません。江藤ちんに無駄なヤキモチを妬く陽さんに、俺の気持ちを知らしめたい』
宮本が橋本の中を激しく貫くたびに、強制的に固定されたベッドごと躰が動き、すごい音が鳴った。隣に人が住んでいないのをいいことに、思いきりガンガン打ちつけられた。
「雅輝っ、もぉやめ、ろって! イったばかりのモノを、しつこく弄り倒すなよ!」
酔いはとうの昔に覚めてしまった。宮本から与えられる快感や執念深い責めのせいで、覚めずにはいられない状況だった。
「おまっ、そんなことしたら、変になるぅっ」
外と中を一気にめちゃくちゃにされ、くすぐったさと苦痛と言い知れぬゾワッとした何かが、腰の辺りを支配する。
「止めない、陽さんをとことん感じさせたい」
妙な手つきで、敏感になってる先端を念入りに弄られるせいで、尿意に似たものがせり上がってきた。ヤバみを感じて、両足をじたばたさせて抵抗してみたが、どんなに蹴っても宮本の責めは続く。
「やめろ! 漏れる、出ちまうだろ!」
「いっぱい出して。陽さんが潮吹きするところを、俺に見せて」
「何言ってんだ、ぁあっ! でっ出るっ!!」
イくこととはまったく違う快感に突き動かされて、あっけなく出してしまった。透明でさらさらした液体が、橋本の躰をしとどに濡らす。
「やあぁっ、はぁっ、ぅくっ!」
止めたいのに止まらない――我慢していた分だけ、だらだら出続ける感じだった。
「陽さんと肌を重ねるたびに、気づいたことがあったんです!」
興奮した口調で話しかける宮本の瞳が、ここぞとばかりにキラキラ輝く。ぜひとも聞いてくれと言わんばかりの雰囲気を醸されても、息を切らして脱力している橋本には無理な話だった。
イったあとの間を持たせるための、大切な賢者タイムを吹き飛ばすような、執拗すぎる責めの挙句に、潮を吹かされた身としては、口を開くのも億劫な状態に追い込まれていた。
「触れたら触れた分だけ、感度が上がってきたんですよ。これはいろいろ研究して、陽さんをとことんまで気持ちよくさせなければと、熱が入りました」
「そうか……((( -ω-)スン」
「ちなみに、江藤ちんにはしてませんよ。あの頃はそこまで、研究熱心じゃなかったので」
結局、良いんだか悪いんだかわからない、宮本によるアッチの研究について、橋本の思考が停止していたため反論すらできず、そのまま保留になってしまったのである。
(このまま俺は、マッドサイエンティストと化した雅輝の手によって、さらに開発させられるんだろうか。もしや宮本のMのイニシャルは、マゾじゃなかったという意味なのか?)
そして残念なのが、昨日の行為を考えるだけで、躰が妙に疼いてしまうことだった。心と躰が相反する様に困り果て、両手で布団を引き上げて顔をうずめた。
宮本に抱きしめられるたびに、匂いを嗅がれていることが当たり前になった今、その癖がいつの間にか橋本にも移ってしまった。
布団に染みついている匂いを心ゆくまで嗅いで、布団をぎゅっと抱きしめる。愛しい恋人が傍にいるような錯覚に陥りながら、そっと目をつぶった。
腰痛はすぐに治まらなかったが、頭痛の痛みが不思議と和らいだ。
『俺、晴れ男なんで仕事中は大抵、太陽を背負って仕事をしてるんです。そのせいで汗臭くなっちゃうんですけど、太陽の存在を感じたら、なぜだか陽さんのことを思い出しちゃうんですよ。お蔭で、もっと頑張れちゃうんですけどね』
「……汗臭いというよりも、おまえはどちらかと言えば、お日さまの匂いがしてるというのにな」
宮本の匂いに想いを馳せながら、午前中をダラダラ過ごした橋本。恋人のすべてを独り占めできるのは、この世で自分だけだと思っていた。それなのにバレンタインデー当日、それは儚く打ち砕かれたのだった。
※バレンタインデーの話の前に、もうひとつのトリプルバトルをお送りします。【どういうことだよ!?】に登場した宮本弟と江藤、そして橋本という個性的な3人のやり取りをお楽しみくださいね(^^♪