それは笹川とのトリプルバトルを終えた、数日後のことだった。
お得意様を指定の場所に降ろして、隙間時間におこなうハイヤーの洗車について考えながら環状線を流していたとき、対向車線の歩道にいるサラリーマン二人組が目に留まった。
自分がゲイだからこそ、真昼間の人目のつきそうな往来という場所で、仲良さそうにしているふたりに橋本は過剰反応した。
(営業に出かけるリーマンに見えないのは、恋人同士のように肩をくっつけて歩いてるせいだ。これからデートなのか?)
どんな奴が堂々とデートしているのかを確認するために、慌ててハザードを出して、ハイヤーを路肩に寄せる。振り返りつつ目を凝らしてその二人組をよぉく見ると、ひとりは見覚えのあるイケメンだった。
そのイケメンとやりあった経緯があるからこそ、話しかけなければと、瞬時に思いついた。
ハザードを消すなり、ルームミラーとサイドミラーで後方確認後、走っていた車道に戻ってから車線変更すべく右ウインカーを出して、タイヤを鳴らしながらUターンし反対車線に進入した。
そして二人組に向かって、派手にクラクションを鳴らす。
黒塗りのハイヤーを見て立ち止り、ぎょっとした見知らぬ顔の男と、目を大きく見開いた江藤。それぞれのリアクションに橋本は苦笑しつつ、ギアをパーキングに入れてシートベルトを外し、急いで車から降り立った。
「こんにちは、江藤さん。その節はどうも」
頭を下げながら丁寧に挨拶する橋本に対し、江藤もつられるように頭を下げた。
「いえ。大したことが言えなくて、逆に申し訳なかったです」
「江藤さん、この人だれ?」
隣にいる、ひょろっとした背高のっぽが訊ねると、江藤は鋭い視線を投げかけながら、その男の躰を肘で突いた。
「橋本さんといって、雅輝の恋人だ。とっとと挨拶くらいしろよ」
「ええっ!? 兄貴の恋人ぉ! こんなイケメンが相手だったの!?」
驚きの眼で橋本をまじまじと見つめる、見知らぬ男もとい宮本弟の態度に、江藤はあからさまなため息をついた。
「おまえさぁ、俺様の顔どころか、雅輝の顔まで潰すことをしているんだぞ。とっとと挨拶しろって!」
叱責と同時に江藤の拳が、宮本弟の頭に炸裂した。
かなり痛そうな音がしたというのに、少し顔を歪ませたまま、目の前にいる橋本に小さく頭を下げる。
「こんにちはです……」
「こんにちは。いつもお兄さんには、お世話になってます」
「そうなんすか、へぇ」
「ああ、もう! おまえってやつは、どうしてそんな態度を貫けるんだ。しかも橋本さんは目上なんだぞ、雅輝がお世話になってるはずがないだろ。むしろ、あいつがお世話されまくってると思うのが普通だろ」
喚き散らす江藤に、宮本弟はぽかんとしたまま固まった。
「確かに。あ、すんません。兄がすっごくお世話になっているようで」
目を二、三度瞬かせたあとに告げられたセリフは、テンプレになっている感じに橋本の耳に聞こえた。先輩兼恋人に脅されながら挨拶している状況下ではしょうがないかと、作り笑いをしながら口を開く。
「いえいえ。恋人なんで年齢は関係なく、互いに持ちつ持たれつしてますよ」
(弟のほうがイケメンだけど、飄々とした雰囲気は雅輝と同じだな――そして残念ながら、俺のほうが雅輝にお世話されてます)
「おい宮本、橋本さんが言った言葉どおりに、意味を受け取るなよ。雅輝のほうが当然、お世話になりまくってるんだからな」
ふたたび同じ言葉を発した江藤を、宮本弟はちょっとだけ首を傾げながら見下ろした。
「どうしてそのこと、江藤さんが知っているのさ。兄貴とツーカーなのを知ってるけど、さすがに情報交換しすぎじゃないの?」
橋本の目の前で、ふたりの雲行きが思いっきり怪しくなる。
それを何とかしようと口出ししたら、きっと余計に拗れてしまう恐れがあるのを察し、橋本は場にそぐわない笑みを唇に湛えたまま、あえてだんまりを決めこんだ。
「それは、ふたりでいるところを見てるからだって。雅輝自身も、そこまで詳しく教えてくれないさ」
「兄貴と橋本さんが、ふたりでいるところ……。ま、まさか江藤さんってば、いかがわしい場面に遭遇したんじゃ――」
宮本弟の突飛な発想により、これはDNAのなせる技だなと橋本は内心呆れたが、それを顔に出さないように、細心の注意を払う。
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