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「鈴宮さん、もう大丈夫ですよ」
「悠真……くん、なの……?」
ゆっくりその胸の中から離れ、その顔を見上げる。
髪と瞳の色が違う。姿は別人だけど、今、聞こえた声は間違いない。悠真くんの声だ。それにさっきの言葉――「嫌がる女性に手を出すなんて、男の風上に置けないな。ねえ、お兄さん、彼女にもう手を出さないでもらえる? 俺、彼女にベタ惚れだからさ」――これは彼の主演映画を宣伝するアドトラックで聞いた劇中の台詞であると、思い出していた。
「そうですよ、僕です。悠真です」
「どうして変装しているのですか? なぜここにいるのですか?」
「ちゃんと説明しますね」
そう言った悠真くんは公園の自販機で購入したホットの缶コーヒーを私に渡すと、ベンチに座ることを提案した。並んで腰かけると、自身の缶コーヒーを開け、一口飲んで大きく息をはく。
「僕、サプライズが好きなんですよ」
これは驚いてしまう。
だって私もサプライズ好きだから。
「あの、私もサプライズ好きです」
すると悠真くんは碧眼の瞳で「本当ですか。奇遇ですね!」と爽やかに笑う。その瞳はカラコンなのだろうけど、とてもよく似合っていた。
「昨晩、鈴宮さんが、今日はノー残業デイだって、教えてくれましたよね。しかも名刺もくれて。今日、僕はオフに近かったんです。ジムに行って、演技のレッスン受けて、ラジオ番組の収録はあったけど、すぐに終わって。その後、事務所で次の打ち合わせをして……」
そこで悠真くんは私を見て尋ねる。
「鈴宮さん、缶コーヒーは飲まない人ですか?」
「! そんなことないです。……その、昨晩、自分でジェルネイルをやったので。このタブで、ネイルが傷つきやすいから……」
すると悠真くんがクスッと微笑む。そして自身の缶コーヒーを私に渡す。
まさか悠真くんが飲んだコーヒーを飲んでいいの!?
それっていきなり間接キスでは!?
私がパニックになっていると。
私から受け取った缶コーヒーのタブを指にかけ、開けてくれた。
あ、そういうことですね。
私がコーヒーを一口も飲んでないと気づき、飲めるようにしてくれたのだ。
悠真くん、優しいな。何より、気遣いの人。
ということで、間接キス!?などと下世話な勘違いをした自分を猛省する。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
私が缶コーヒーを受け取り、一口飲むと……。
「話を再開しますね」
「はい」
「僕は鈴宮さんのノー残業デイの時間に、予定がなかったから。そして鈴宮さんも、ノー残業デイだけど、予定はないと言っていましたよね。だから変装してサプライズで会いに来ちゃいました。会社員の多い場所に行くから、スーツを着て、かつらを被って、カラコンをつけ、この伊達メガネをかけて」
伊達メガネを自身の指でくいっと押す姿は、とてもカッコイイ!
思わずドキドキしながら見てしまう。
「1階のロビーのソファに座り、鈴宮さんが来るのを待っていたら……。あの元カレさんが、鈴宮さんに僕より先に話しかけていた。その時は元カレさんとは分からなかったけど、鈴宮さんの表情を見る限り、歓迎したくない訪問者ということは、分かりました」
「元カレの浮気が原因で別れたので、もう二度と会いたくないと思っていたんです。ですから歓迎したくない訪問者は、大正解です」
「そうみたいですね。……鈴宮さんが一緒にいた女性と別れ、元カレさんを連れて歩き出した時、心配になってしまい……。ごめんなさい、後をつけてしまいました」
悠真くん、真面目だなぁ。
結局、悠真くんがいなければ、私は無理矢理元カレに抱きしめられ、なんならキスとかされていたかもしれないのに。それを回避できたのは、悠真くんのおかげ。後をつけていたことに、文句なんてない。
「悠真くんが来てくれて、助かりましたから。後をつけたこと、怒るつもりはないです。むしろ助けてくださり、ありがとうございました」
私の言葉に、悠真くんがホッとした表情になる。
「すぐに助けに入らなかったのは、鈴宮さんと元カレの関係がよく分からなかったからなんです。だから様子を見させていただいた形でした。そしてようやく状況が理解できて。もしもの時に備えた動画も撮れたので、助けようとしたら、まさに危機一髪の状況の瞬間で」
「私、転んだと思って。最悪!って思ったんです。それが助けられたと分かった時は……。本当に感動しました。重ねてになりますが、ありがとうございます」
「いえいえ、間に合ってよかった、というのが僕の率直な感想です」
そう言うと悠真くんは、缶コーヒーをゴクゴクと飲む。
男性にしては細い首が上下に動く様子はなんだか色っぽい。
何よりこんなに缶コーヒーを美味しそうに飲むなら……CMに出ることできそう。
思わずインスパイアされた私も、コーヒーをごくごく飲んでしまった。
「私は助けてもらえて嬉しかったですし、もう感謝の気持ちしかないのですが、どうして私にサプライズをしてくださったのですか?」
せっかくのオフなのに。21歳大学生なら、やりたいこと、いっぱいありそうなのに。
「それは……。なんで、ですかね。でも、あー、鈴宮さん、明日の夕方、時間あるんだ。僕も時間あるな。そう思ったら、鈴宮さんにサプライズをしたくなっていた感じです」
「なるほど。多忙の身なのに、私のためにありがとうございます。おかげで本当に助かりました」
そこで悠真くんは空を見上げる。
「すっかり暗くなってしまいましたね。……お腹すきません?」
「11月ですからね。日が落ちるのは早いですし。……お腹、すきましたね」
悠真くんは時計を見て「18時半か」と言った後、私を見た。
「行ってみたいお店があるのですが」
そう言って悠真くんが私を連れて行ったのは、たこ焼きのお店! 5種類のたこ焼きの他、おでんや串焼きも楽しめるチェーン店で、お酒も楽しめる。
今日の悠真くんは、これまで見たスウェットやジャージ姿とは違い、スーツ姿。かなり大人っぽく見えるから、行ってみたいお店=イタリアンやフレンチ、みたいなものをイメージした。
でも案内したのがたこ焼き! なんだろう、ギャップ萌え? これはたまらない。
「地元にもこのお店があって、高校の頃、よく食べていたんです。東京だといろんなところにありますよね。でも実は東京に来てから、まだ行ったことがなくて。ずっと行きたかったんです。このお店で食事するのでもいいですか?」
「勿論です! たこ焼き、大好きですから。あ、私、家にタコ焼き機あるんですよ。女友達と家飲みする時に、よくタコパやるんですよ」
「へえー、いいですね。僕も混ぜてくださいよ」
「もちろん!」
そんな風に話しながら、たこ焼きを注文し、レモンサワーを頼み、乾杯した。
アルコールも入ったからだろうか。
私も悠真くんもいつも以上に饒舌に話すことになった。
時々、悠真くんの声が大きくて、無口ゆえの激レアと言われるよく通る声が店内に響くと、ドキッとしてしまう。
かつらを被り、伊達メガネをかけ、カラコンをつけ、変装をした悠真くんは、それはそれでナイスガイになっている。だからチラチラと悠真くんを見る女性客はいた。その上で、この声だと、「うん?」というお客さんもいて、ヒヤヒヤしてしまう。
でもみんな、「まさかここに青山悠真がいるわけがない」「あの青山悠真がどう見てもパンピー(一般人)を連れているわけがない」と思ってくれたようで、カッコいいかもと悠真くんを見るものの、それ以上がないことに安堵する。
「あー、すごく楽しいな。鈴宮さんの手料理はめっちゃ美味しいから、部屋で手料理いただく時は、とても平和で安心できます。でもこうやって外食するのも、なんだか心が踊るというか。両方いい。最高です」
たこ焼きも全五種類を食べ、お酒も飲み切った。
私はトイレに行くついでにお会計をしようとしたのだが……「お連れさんが既に済ませていますよ」と店員さんに言われ、ビックリ!
席に戻った私はもう恐縮するばかり。だって年下なのに。しかもあの青山悠真におごってもらうなんて!
「鈴宮さん、そんな恐縮しないでくださいよ。高級フレンチとかイタリアンではないですから。日頃の御礼ですよ」
「で、でも……」
「まだ駆け出しだから、自家用ジェットなんて持っていませんし、しがない学生に毛が生えた程度ですけど、もっとビッグになったら、シャンパン、一緒にあけましょう」
酔っぱらっているから。
酔った勢いの言葉なのだろうけど。
「シャンパン、一緒にあけましょう」の言葉に胸がつい、高鳴ってしまった。