昨晩は、本当に楽しかったな~。
悠真くんは、大学に行くので電車を利用しているが、仕事絡みはロケバスやタクシーでの移動がほとんどだという。つまり、マンションのある最寄り駅と大学のある最寄り駅以外の電車には、慣れていなかった。
だから帰りの電車では、普通に路線の多さに感動し、駅の大きさに驚嘆し、その様子が実に可愛らしくてたまらない。青森から東京に出てきた時は、高速バスだったから、新幹線も乗りたいと目を輝かせていた。
かっちりスーツ姿で決まっているのに。
新幹線も飛行機も出張でバンバン乗っています!みたいな見た目だったのに。
実体と見た目のギャップには、本当に萌えてしまう。
「鈴宮先輩!」
森山さんの声に我に返る。
今はランチタイムで、森山さんと中村先輩と共に、社員食堂に来ていた。そして食券販売機に並んでいたのだ。かつ私の順番だった。
何にするか考えていなかったので、咄嗟に醤油ラーメンとミニ餃子セットのボタンを押すと。
「見た目はオシャレ女子だから、サラダランチとかパスタセット頼みそうなのに。俺が頼みそうな醤油ラーメンとミニ餃子セットを頼むところは……ホント、男前だな。俺はそんな鈴宮のファンになりそうだ」
中村先輩の指摘に、もう苦笑するしかない。
「そんなオシャレ女子ではないですから。それに中身はおっさんですよ」
そんなことを言いながら料理を注文し、トレイにラーメンと餃子をのせ、既に座っている森山さんのところへ向かう。
森山さんはちゃんと女子らしく、薬膳カレーを注文している。中村先輩はきのこのチーズリゾットと、まさに女子的なメニューを頼んでいて、つい笑ってしまう。
「それで鈴宮先輩、昨日は大丈夫だったんですか?」
食事が始まると、森山さんが興味津々で私に尋ねる。
「何かあったのか、鈴宮?」
中村先輩が心配そうな顔で私を見る。
そこで私は昨日、何があったのかを語ることになった。
「え~、何ですか、その謎のナイスガイ! 通りすがりなのに華麗に先輩を救出するなんて。しかも動画も撮影しているなんて、咄嗟にすごい判断力ですよね? あと関節技をいとも簡単にかけられるなんて! え、マジ、やばくないですか? 恋に落ちていい案件だと思いますけど」
悠真くんのことは謎のナイスガイとして登場させることになったが、森山さんはその行動を聞いているだけで、すっかりハートを奪われている。
「鈴宮、それでもう、その元カレは大丈夫なのか? 今住んでいるマンションの合鍵とか持っていないよな?」
夢見がちな妄想を森山さんが広げている一方で、中村先輩は現実的に心配をしてくれる。
「さすがに動画も撮影してありますし、警察沙汰になり、それが職場に知られるようになることは、元カレも嫌だと思うんですよね。だからもう大丈夫かなと。あと、合鍵は渡していません!」
「合鍵は持っていないと。そうか。でも今住んでいるマンションの場所は、知っているんだろう?」
「そうですね……」
まさか職場にやってくるとは思わなかった。
自宅……一人暮らしのマンションに、義和が現れる可能性はゼロではない。
オートロックのマンションだし、防犯カメラも設置されている。管理人さんもいるので、大丈夫だと思いたいが、改めて指摘されると……少し心配になってしまう。
「鈴宮先輩のマンション、会社の飲み会で終電逃した時に、泊めてくれましたよね。でもあそこはセキュリティがしっかりしているから、大丈夫だと思いますよ~。むしろ、最寄り駅からマンションまでの道のりの方が心配です。駅から徒歩10分ぐらいかかりますよね?」
「そ、そうね。一応バスもあるから、時間帯によってはバスで帰るようにするわ、しばらく」
まったく。
元カレのことでこんな風に悩むことになるとは。
実に大迷惑である。
ただ、自分の防犯意識を高める、いいきっかけにはなったと思う。
これまで人通りがあるからと、飲んだ後も最寄り駅からマンションまで歩いていたが。あまりにも遅い時は、タクシーを使おうと思った。
でも。
一応、心配しつつも、特に元カレについては何もなく、日々が過ぎて行く。
一方、急場を助けてくれた悠真くんは、地方でロケがあるということで木・金・土と泊りがけで仕事をしていた。温泉地に泊っているらしく、顔を映さず、でも割れた腹筋自慢の写真がメッセージアプリに届いた時は、大いに焦ることになる。
確かにそれは芸術的な割れ具合で、かつ顔は写っていないから、これが青山悠真とは分からないとは思うのだけど……。
これは本当にドキドキする写真だった。
そして土曜日となり、私は中村先輩と、会社のボージョレ・ヌーヴォーの飲み会の余興の景品を買いに行く日を迎えた。
***
土曜日。
朝から晴天で、待ち合わせは13時半。
マンション前に中村先輩が到着したら、連絡をくれることになっている。
午前中は家事に追われ、部屋を片付けた。
昼食を終えると、服を着替える。
白のカッソーにキャロットオレンジのシャツを羽織り、マキシ丈のデニムスカートを合わせた。重ね着感覚でカーキ色のダウンベスト。足元はショートブーツだ。
「!」
スマホに着信があり、中村先輩が到着したようだ。
すぐにマンションの一階に向かうと、そこには高級ミニバンとして知られるアルフォードが停車している。綺麗なパールホワイトの車体はピカピカ。
助手席のドアが開いていると分かったので、そのまま乗り込ませてもらう。
「中村先輩、こんにちは! 今日は迎えにきてくださり、ありがとうございます」
「おはよう、鈴宮。シートベルトつけたら、出発するぞ」
「はい!」
中村先輩は会社のスーツ姿を見慣れていたので、今日のカジュアルな装いは新鮮だった。
ダンガリーシャツにグレーのズボン。後部座席には黒のロングコートと首元に巻くグレーのストールが置かれている。このコーデは奥様のチョイスなのかしら?
「では出発するぞ」
「お願いします!」
車はゆっくりと加速し、なめらかに車道を進んで行く。
その運転の様子から、中村先輩が普段から車に乗り慣れており、車の運転も好きなのだと分かる。
「鈴宮、グローブボックスを開けてもらっていいか」
「あ、はい」
グローブボックスを開けると、そこにはいきなり白いリボンのついたグリーンの袋が現れた。
「それ、鈴宮へのプレゼント」
「!? え、私、誕生日は」
「まあ、開けてみてくれ」
言われるままに開封すると……。
「これは……防犯ブザーですか!」
「正解。森山が、鈴宮は帰り道が危険だなんて言っていたから。念のために」
まさかそれでわざわざこれを用意してくれるなんて。
しかもピンク色のハート型とオシャレ。
「中村先輩、ありがとうございます!」
「どういたしまして。……でもその後、何もないんだよな?」
「そうですね。20時頃にはもう家に帰ることが出来ていますし」
「それを聞いて安心した。電池は入っているらしいから、鞄にでもぶら下げるといい」
中村先輩、優しいな。
奥さんはこんなできた夫で幸せだろう。
そんなことを思いながらパッケージを開け、防犯ブザーを鞄につける。
うん、普通に可愛い!
そのまま車は新宿へと向かい、ホームセンター兼雑貨店の大型店舗へと向かう。地下の駐車場で車を止めると、デパート経由で店舗に入る。
2階から7階までまずは軽く商品を見て、目についたものを覚えておき、何にするか決める。話し合った結果、予算などを踏まえ、参加賞にはバスソルト、3位は動物のぬいぐるみの抱き枕、2位は今治タオルセット、1位は家庭用プラネタリウムとなった。
「家庭用プラネタリウムは、俺も欲しくなるな」
「私もです。でも中村先輩も私も幹事なので、当日は余興の進行がありますから、絶対に景品はもらえません」
その代わり幹事には会社からワインやシャンパンなどをボトルで一本、プレゼントしてもらえる。
お会計を終え、ラッピングが終わると、一旦、地下駐車場へ向かう。購入した景品を車に積み込むと、このまま会社に向かうことになる。ボージョレ・ヌーヴォー当日まで、会社で景品は保管だ。
「よし。会社へ行こう」
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