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「なんでなん……。」
街を行く人達は啜り泣きながら歩く私を見て驚いたり、不思議そうな顔をして通り過ぎていく…。
中には嘲笑する人もいる。
ミナミの街で女が涙流してるのなんて日常茶飯事で別にそんな珍しい事じゃないやろ…。
私の顔をジロジロと見ながら通り過ぎていく人達、人の不幸を餌にされているようで強い嫌悪感を抱いた。
正直なところ嫌な思い出しかないこの大阪にはもう帰ってきたくなかった…。
でもあの約束を破ってしまった萬田くんだけにはもう一度会いたい。
その心残りを晴らすチャンスがあるならとこの大阪に戻ってきた。
20年前…
萬田くんとあの約束をした日。
私が家に帰ると見知らぬ男たちが訪ねてきていた。
何故か母はその男たちに必死に頭を下げていた。
後から知った事、母を囲っていた父親が経営している会社が多額の負債を抱えており、切羽詰まった父親はあちこちに借金を残したまま計画倒産。
多額の負債を残したまま会社のお金を持ち逃げした。
あの日、家に訪れていた男たちは 恐らく父親の会社の人間、債権者、それか金融屋だったのだろう。
母と私はその日のうちに家を追い出され、母はさっそく他に作っていた男の家に転がり込んだ。
さらに私を疎ましく思ったのかその後、私は施設に預けられた。
その後、母はその男にも捨てられたらしく自ら命を絶ち、母を囲っていた父親は結局、自己破産したらしく、その後の事は何も知らないし、一度も会っていない。
それから私は大阪を離れ一人でなんとか生きてきた。
“お前は全然あかんことなんかない。”
ずるい大人ばかりに囲まれて生きてきて、あの時の萬田くんの言葉だけはほんまに信じられる、 そう思って…。
小さな希望にして生きてきた。
あの時の約束を守られへんかった自分を許してもらいたい…。
萬田くんにまた会えるかもしれん…。そんな淡い期待を抱いて5年前、最悪な思い出しかない大阪に舞い戻った。
やっぱりそれが間違いやったのか…
また20年前のあの時と同じ悲しみが押し寄せる…。
「勝手に期待した私がアホやったんかな…。」そんな小言が漏れた。
私はとことんこの街に求められていないのかも。
残りのお金を支払ったらこの街を出よう。
そんな思いが頭を駆け巡る。
「ふふん…ふん…ふ〜ん♪ん……? あ!あんたぁ!さっき事務所来てたクラブの姉ちゃんやないか!」
は……?
少し離れた場所から調子のいい鼻歌と共に声をかけてきたその男。
「あ、あんたは萬田く… “さん”とこの舎弟……。」
萬田くんの事務所にいた舎弟だった。
まためんどくさい奴に捕まってしもうた…。
「なんやぁ、そないにしょぼくれた顔してぇ!あ!もしかしてあの後兄貴にきっっっつい事言われたんやろ?なあ?ワシなんかそんなん毎日のことやからもう慣れてしもうたわ!!!ははは!!!」
凄いポジティブマインド…
めちゃくちゃうざいけど…
なんか悪い人ではなさそうな気がする…。
「あんた毎日あんな鬼みたいな人の側におって、ようそんな明るくおれるな…。」
「ええ?そうやなぁ…こないに明るくおれる理由知りたいか?」
「え…?い、いやそんなん別に…」
「あら?知りたそうな顔してるな?よっしゃ!ほな、ワシに一杯付き合ってもらおか!」
「はぁ!?なんで私がそんなんに付き合わなあかんの…!」
「まぁまぁええがな!ワシ、ええ店知ってんねやー!ほな!行くでぇー!」
ぐい…!
そう言ってしょぼくれていた私の腕をおもむろに引っ張り出した舎弟。
「ちょちょちょ!待ってよ!ほんまに調子ええなぁあんた…。」
「あんたみたいなべっぴんさんがそないにしょぼくれた顔してたらワシほっとかれへんのや!な?」
「ふふっ。 もうしゃあないなぁ!一杯だけやで! あと同伴代もしっかりいただくからな。」
「えぇ?そらきついわぁー!
あんたも抜け目のない女やのぅ
まぁしゃあない!今日は特別やぁ!」
やっぱり悪い人ではないみたい。笑
「ほら!ここや!」
ガラガラガラっ!
「毎度ー!おっちゃーん!繁盛しとるかー!」
「いらっしゃーい!おっ!竜一やないかぁー
ぼちぼちいうとこやなぁ!今日はえらいべっぴんさん連れてるやないかぁ!」
「そやろー!美人連れてワシ機嫌ええねん♪おっちゃん、特上うな重2つと生2つな! 」
「はいよー!どこでも好きなとこ座ってやぁー」
「はいよー!ほなここ座ろうか!よいしょっと。ここのうなぎはほんっっまにうまいんやー!!食べたらびっくりすんでー♪」
「あ、ありがとう…でもうなぎって高いんちゃうの?ほんまにええの?」
「あったりまえやがなぁ!これでも金貸しの端くれやでー、それなりに遊べる小銭くらい持っとるがなぁ♪」
「そ、そっか、確かに金融屋さんやしお金持ってないとあかんよね…笑」
「金は天下の周りもんや!賢う稼がんとな!金貸しが貧乏やなんて世間に示しがつかんやろ。あ、そうや!ちゃんと自己紹介してなかったな!わしは辰巳竜一や、よろしゅう!」
「竜一さんな!しっかり覚えとく。私は店では明香いう名前でやってるけどほんまの名前は桜子。好きに呼んでくれてええよ。」
「桜子ちゃん!かわええ名前やなぁ!ええ名前や!なんやあんたとは長い付き合いになりそうな気がするなぁ。」
「ちょっとやめてよ!金融屋と長い付き合いなんかごめんやで。」
「はは!そりゃそうや!そういえば、さっき事務所で兄貴の事、前から知ってるような感じで話してたけど、桜子ちゃん兄貴と知り合いなんか?」
「え?あぁ…実は小学生の時の同級生なんよ。まさかこんな形で再会すると思ってなくて、感情が抑えられへんくて…。さっきは声荒げてしもうて、ほんまにごめんなさい。」
「いやいや!そないな事、全然気にせんでええ!!兄貴きっついからなぁ…。そりゃあ同級生がミナミの鬼呼ばれるようになってたら誰かてびっくりするわ!ははは!それより!小学生の時の兄貴の事知ってるんやろ?どんな子供やったんや!?」
「う〜ん…。萬田くんは小学生の時から周りと群れんと一匹狼で賢くて強い子やった…。なんか他の子と違うと思ってた。私は途中でそこから引っ越したからそれからの事は全く知らんねんけど…。」
「へぇーー!やっぱりさすが兄貴は昔から兄貴やなぁー!」
「竜一さん萬田くんの事ほんまに慕ってるんやね。そもそも竜一さんなんで金貸しになろうと思ったん?」
カチャカチャ…
奥からグラスジョッキを運ぶ音が聞こえてくる…
「はい!先に生2つお待ちどおさまですー!」
「おっちゃんありがとうー!とりあえず先に乾杯しよか!」
「そうやね!」
「乾杯!」
「乾杯!」
カンッ!
ぐびっぐびっ……
「かぁー!!うまい!やっぱり美人と一緒に飲む酒は格別やな!」
ずっと底抜けに明るい竜一さん。
一緒に乾杯をした事で沈みきっていた心が少し暖かくなった気がした。
「竜一さんってほんまに調子ええ事ばっかりいうよな…笑」
「ちょ!ふざけた奴に見えるかもしれんけどな、ワシはいつでも真剣!ほんまに思ったことしか言わへん!」
「またまたぁ…笑。」
「ほんまやて!桜子ちゃんやからさそったんやでぇ?あ!なんでワシが金貸しになろうと思ったかやったな、それはな…
兄貴に惚れたからや。」
「は………?」
「あ!そういう意味の惚れたと違うで!そっちの気はあらへん!
わし兄貴に憧れとるんや。
何もかも失っても兄貴みたいに這い上がって、ミナミの街を肩で風きって歩けるくらい金貸しの道極めたい。こんないい加減なわしにそない思わせてくれた人なんや…ふざけた奴に見えるかもしれんけど、この気持ちだけは本気やて胸はって言える。」
「そうやったんや…。萬田くんめちゃくちゃ怖くなってたけど…笑。でも、そんだけ自分を本気にさせてくれる人に出会えてよかったね、竜一さん。」
「そや!兄貴はどうしようもないチンピラやったワシを拾ってくれた恩人なんや。鬼みたいに見えるかもしれんけど、自分も地獄見てきた分、人の弱さや痛みもほんまは分かっとる人なんや。」
「地獄見てきた?」
「えぇ!?なんや桜子ちゃん!同級生やったのに兄貴の事、何も知らんのかいな?」
「私は途中で大阪から離れたし、萬田くんもそんなに詳しい話色々してくれる子じゃなかったから…。なんか借金がある?みたいな事は知ってたけど…」
「確かに兄貴は自分の事ベラベラ話すような人と違うからなぁ…。ワシも兄貴がなんで金貸しになったんか直接教えてもらった事はないしなぁ。まぁワシが知ってる話は…」
「はい!特上うな重2つ!お待ちどおさまぁ!」
次回の展開が気になるところで終わるドラマのようなタイミングで運ばれてきたうな重。
鰻がツヤツヤと美味しそうに輝いている。
こんな美味しそうな鰻を食べるのは初めてかもしれない、が…、私は話の続きが聞きたくてしょうがない!
「うおぉぉ!これやこれ!出来たて食べよか! うっほー!美味そうやぁ。」
「そ、そうやね。せっかくやし出来たていただこう!」
「いただきますっ!!!」
はむっっ…
“美味しい…!”
「んーーー!!!最高やぁ!おっちゃん!!あんたやっぱり天才や!ここのうなぎは日本一やぁ!!」
竜一さんが思わずそうはしゃいでしまうのも理解できる。
「はは!!そないに褒めてもお代は安くならんでー。」
「あったりまえやがなぁ!!逆にこのうなぎにやったら、100万でも200万でも払ったるぅ!」
「アホかぁ!ほんまに竜一は調子ええなぁ!」
ほんとに…
こんなに美味しいうな重を食べたのは初めて、さっきの事で沈んだ心が少し満たされていくのを感じた。
その最高に美味しいうなぎを食べながら、強引に私を誘ってくれた竜一さんの優しさに感謝した。
でも…
さっきの話の続きが気になりすぎて、正直なところ早く食べ終わって話の続きを聞きたい…
ごめん、おっちゃん。
でもうなぎはめちゃくちゃ美味しい。
数分後…
「はぁー!美味かったぁ!お腹いっぱいやぁ…ごちそうさん!」
「私もごちそうさまでした。こんなに美味しいうなぎ初めて食べた!ええ店連れてきてくれてありがとうね、竜一さん。」
「かまへんかまへーん!感謝せなあかんのは、ワシやなくておっちゃんの腕の良さや!ははは!」
「ふふっ!それはほんまやね♪あ、竜一さん、さっきの話の続き…。」
「ん?さっきの話……あぁ!兄貴の話なぁ!」
「うん!そうそう!なんで萬田くんが金貸しになったんか…。」
「はぁ…。ズズッ…。」
少しため息をついた 竜一さん。
一口お茶を飲み少し間を開けて口を開いた。
「この話は、兄貴と昔からの付き合いでお世話になってる人から聞いた話なんやけどなぁ….。
兄貴が小学生の時、父親さんがあくどい輩に騙されて借金作ってしもて。借金取りが家に取り立てに来るようになってそれに愛想つかせた母親は男作って兄貴と妹おいて家出ていったんやて…。その後、やけになったんか父親さんは家に火つけて自殺して、その火事に巻き込まれて兄貴の妹さんまで亡くなってしもたそうや…。」
まさかそんな…
「そ、そんな話、全然知らんかった…。それやったら尚の事、全部をめちゃくちゃにされた金貸しなんかになんで…。」
「そやなぁ…。この話にはまだ続きがあってな。 全てを奪われた後、金融屋が兄貴のとこに取り立てに来たんや。その時、兄貴はその金融屋になんて言うたと思う?」
「そ…そりゃあ萬田くんの事やから…あの剣幕で”帰らんかい!”とか…?」
「いいや、その逆や。
“親父が借りた金は何年かかっても俺が必ず返す。そやから、俺に金融道教えてくれ”
追い込みかけてきた金融屋に兄貴はそう言うたそうや…。全部失っても得れるものを見つけようとするその言葉に惚れてその金融屋は兄貴を弟子にしたそうや。要はその時追い込みかけてきた金融屋が兄貴の金融の師匠なんや。」
…………!
「自分から全て奪った銭から目逸らさんと、一生向き合おうて生きていく。兄貴はその時に覚悟決めたんや…。」
「銭の鬼への道を選んだんやね…
やっぱり萬田くん強いわ…。
私なんかあの頃から何にも変われてないのに、はは。」
「あぁ…!またそないしょぼくれた顔されたらワシ困るやないかぁ…。
でもな!兄貴は自分が賢くて特別な人間やなんて思ってないんやで?
“事情言うたらどんな人間かて事情はある。 事情の塊が人間っちゅうもんや。
個々の人間が事情を数字に変えてやっと五分に行き来する…それが銭っちゅうもんや”
兄貴がこうやって言うてたんや…。
この世の中、地獄みたいな人間の事情は探せばそりゃ嫌というほどあるけど…。その分そっから這い上がる方法も同等にあるはず。それが銭で解決できるんやったらその方法逃げんと探したらええんやって、兄貴は人間の底力を信じてるんやってワシその言葉聞いて思ったんや…。」
「竜一さん……。」
「そやからそんな兄貴の元で一緒に働けて幸せなんや!だから毎日こない明るくおれんねん。」
「そっか…幸せになるのもしょぼくれて不幸になるのも、 結局は自分次第って事やね…。
竜一さん、貴重な話聞かせてくれてほんまにありがとう。なんか…元気出てきたわ!」
「そない改まって言われたら照れるがなぁ!ちょっとはワシの事見直したか?」
「ほんっっっっまにちょっっっっっとだけ見直した!」
「なんやそれぇー!そのうちびっくりするほどええ男になったるからな!後から後悔しても知らんでぇ?
ま!ワシも兄貴が小学生の時どんな子やったか少しだけでも聞けて嬉しかったわ!ありがとうな、桜子ちゃん!」
「ううん!竜一さんのおかけで元気出た!こちらこそこんなに美味しいうなぎまでごちそうになって、話も聞かせてもらって、ほんまにありがとうね。」
「そやろ?よぉーし!そしたらこの後ホテルにでも…」
「萬田くんにチクってもいいの?」
「ごめんなさい。」
「調子乗ってたらバチ当たるで。」
「はい、すんません。
おっちゃーーーん!
お会計頼んますぅ〜!!」
ほんまにおもしろい舎弟もったなぁ萬田くんは。笑
きっといい人達に囲まれてるんやろうなぁ…
萬田くんの壮絶な過去の話を聞き、今の萬田くんはいい人達に囲まれていてほしい…そうであってほしいと願わずにはいられなかった。
それはこれまで孤独に一人で生きてきた自分に対しての願望でもあるのかもしれない。
大阪に戻ってきて良かった。 竜一さんの話を聞けて少しだけそう思えた。