「バーロー! そんないいタイミングで顔を出すかよ。俺様を誰だと思ってるんだ」
「江藤さん」
「ちげ~よ、そうじゃねぇだろ!! 周りの空気を瞬時に読みながら仕事をする先輩とか、厳しさの中に思いやりを感じさせる先輩とか、他にも言いようがあるだろうが」
「……う~んと、俺のことが好きすぎるあまりに、かわいさ余って憎さ百倍みたいな感じで指導するくせに、夜になると途端に甘えたに変身する、とっても素敵でエッチな恋人おぉぅっ!」
橋本の目に映る江藤は、胸の前に腕を組んで、宮本弟の話を最初のうちは静かに聞いていた。
だが途中から、話の内容が怪しくなった途端に、眉間に深い皺が何本も表れ、口元が思いっきり引きつった。言い終える前には右手に拳を作り、息を吹きかけてからのフルスイングという流暢な行動力に、橋本は心の中で拍手を送った。
おおきく振りかぶった拳は、宮本弟の後頭部にジャストミートする。
「橋本さん、大変申し訳ありません。コイツの教育が行き届いておらず、お見苦しいところを見せしてしまって」
「ぃ、いえ。おかまいなく……」
江藤の一撃をまともに食らった宮本弟は、大きな背中を丸めながら、頭を抱えて涙目になる。
「痛~っ。江藤さんの照れ隠しのゲンコツは、衝撃が半端ないんだから!」
「なにおぅ!?」
「まあまあ、彼が言ったことは、あながち間違いじゃないでしょう?」
肩を竦めながらくすくす笑う橋本に、江藤は頬を真っ赤に染めたまま「そんなんじゃないです」と、とても小さな声で呟いた。
「江藤さんと宮本さん、俺が現れる前は肩寄り添って、まるでデートに行く途中みたいに見えました」
橋本がハイヤーですれ違ったときのことを、ぽつりと口にしてみる。するとふたりそろって、顔を見合わせた。
「俺様から、寄り添った覚えはない。おまえが勝手にくっついてきたんだろ?」
「え~っ! 何でもかんでも、俺のせいにしないでくださいよ。記憶力がないのをいいことに、都合の悪いところを全部押しつけるなんて酷い!」
「おふたりさん、言ってる傍からくっついてますよ」
磁石が引き寄せ合うように、どちらからともなく肩が付いてるふたりに向かって、橋本が指を差したら、江藤が慌てて離れた。
あからさまに狼狽えた様子で離れたのを目の当たりにして、宮本弟が唇を尖らせながら、口を開く。
「俺じゃあないです。ここから動いてないですもん。江藤さんが動いたんでしょ」
「何を言ってるんだ、俺様は動いてない。おまえが無意識に引っ付いてしまう、癖みたいなものができたんじゃないのか」
「はぁあ? そんな変な癖を、江藤さん相手に出しません。自分から動いたのを認めたくないからって、俺に難癖つけないでください」
「俺様相手に出さないと発言したことにより、おまえにそういった癖があると認めたことになるが、それでいいんだな?」
「言葉の綾でそう言ったまでなのに、江藤さんほどのお人が俺の言った意味もわからないなんて、随分と落ちぶれたものですね」
「宮本の分際で、俺様をバカにするのか!?」
(喧嘩するほど仲がいいを、地で行くふたりなんだな――)
「江藤さん宮本さん、これ以上見せつけないでくださいよ」
「「そんなつもりはないですっ!!」」
絶妙なタイミングで同じセリフを言い放ったふたりに、橋本は抑えてくださいというジェスチャーを両手で示した。
「気づいていないようなので、あえて言いますけど、お互い何か言うたびに、一歩ずつ距離を縮めてましたよ。周りが見えないせいで、距離感が掴めなかったみたいですね」
江藤と宮本弟は微苦笑した橋本を見てから、そろって顔を見合わせる。現在進行形でふたたび肩が触れ合っている事実に、驚きを隠せない様子に見えた。
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