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第五章 ――沈黙の中の会話
昼下がり、いつもの庭。
今日は風が穏やかで、空には少しだけ青が覗いていた。
テーブルの上では紅茶の湯気がゆらゆらと立ち上り、
その向こうでイギリスが小さな本を読んでいる。
「……フランスさん」
「ん?」
「今日は、お仕事はよろしいのですか?」
いつもどおりの落ち着いた声。
少しだけ笑みを含ませて、けれど距離を保つような言い方。
「君とお茶を飲むのが、僕のいちばん大事な仕事だよ」
「……また、そんなことを」
そう言いながらも、彼の頬がほんのわずかに赤くなる。
その色が、午後の光に透けて柔らかく見えた。
ページをめくる音が風に溶ける。
しばらく沈黙が続いたあと、
彼はふと、カップを置いて空を見上げた。
「……フランスさんは、怖いことってありますか?」
思いがけない問いだった。
僕は少し考えてから、
「怖いことか……君に嫌われること、かな」
と、笑いながら答えた。
イギリスは一瞬だけ驚いたようにこちらを見て、
すぐに視線を逸らした。
「……冗談を言うのが、お上手ですね」
「冗談じゃないよ」
そのとき、彼の指が膝の上で小さく震えた。
けれど彼は、すぐにそれを紅茶のカップで隠した。
――“怖い”という言葉。
たぶん彼は、自分の中にそれをたくさん持っている。
けれど、それを誰にも見せたくないのだ。
「君は?」と尋ねかけたけれど、
その瞬間、イギリスは笑って首を振った。
「……私には、怖いものなどありません」
それは明らかな嘘だった。
けれど、その嘘を否定することが残酷に思えた。
「そっか」
僕はそれ以上、何も言わなかった。
ただ、風に揺れるスカーフの端をそっと押さえた。
指先がほんの少し触れる。
イギリスは驚いたようにこちらを見たが、すぐに目を伏せた。
そして――何も言わなかった。
沈黙が、まるで会話のようにやわらかく流れていく。
ふたりの間にあるのは、言葉よりも確かな“静けさ”。
過去を語らなくてもいい。
言葉にしなくても、分かりたいと思う。
そう思った瞬間、
遠くで教会の鐘が鳴った。
淡い風が吹き抜け、紅茶の香りがふたりの間に広がる。
その香りの中で、僕はそっと呟いた。
――「君といる時間が、好きだ」
その声は風に溶けて、
イギリスには届いたのか、届かなかったのか。
けれど、彼の指がほんの少しだけ震えて、
そして、ゆっくりと――紅茶を注ぎ直した。
「……もう一杯、いかがですか?」
その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。