海外での仕事は元々スケジュール通りにはいかないだろうと余裕のある日程だった。それがまさかまさかの天気も何もかもが味方してくれて、予定より相当早く全て満足のいく仕事が出来た。スタッフを含めた俺達はさてどーする、と話し合うことになり、 なるべくなら少しでも早く帰りたい、仕事のこともあるし、皆その方がいいと意見が一致し、更に乗るはずだった便より早い飛行機の座席が全員分空いていて時間変更可能ときたわけで···お陰で俺達は予定より一足先に日本に帰ることができた。
飛行機で変更されたチケットを眺める。
519便。
ラッキーなことに涼ちゃんの誕生日だ。これはもう一時も早く涼ちゃんに会いにいってあげてという神様からのメッセージなのだろうか、それとも会いたいと強く願う自分が掴んだ幸運なのか。
今日はちょうど若井と涼ちゃんは予定通りならスタジオにいるはず。
んふふ、突然帰って驚かせてやろう。
ちょうどスマホの充電がなくなってしまったわけだし、ドッキリということで。
空港に到着してスタッフさんたちはそれぞれ帰宅してもらい、俺はタクシーでスタジオに向かう。 その道中気づいたら眠ってしまっていて、到着して運転手さんに起こしてもらうことになったわけで。
ぐーっと伸びをするとお土産のお菓子の入った袋とキャリーケースを引っ張り、涼ちゃんと若井どんな顔するかな、なんて頬が緩む。
涼ちゃんなんて泣いて喜んでくれたりして。 たった数日でも俺は寂しかったわけで···もしかしたら抱きついてキスくらいしてくれるかも···むふふっと妄想が膨らみ少しの疲れと時差ボケも手伝って少し変なテンションになる。
スタジオの前のドア、いつもなら笑い声が少し漏れて廊下にもスタッフがいるのにやけに今日は静かだな、と思いながらドアを勢いよく開け放つ。
「ただいまぁ!帰ってきました〜!」
···へ?
······何かあった?
誰も喋らず静まり返った部屋。
目の前には幽霊でもみたような顔のスタッフたち。
そして目を真っ赤にして泣いている若井と、へたりと床に座り込む涼ちゃん。
そんなにびっくりする?
「え゛っ!?えぇ?!お、お、大森さん?!」
後ろからマネージャーが驚きのあまり大声で叫ぶ。
そんなに驚く?ちょっと早く帰って来ただけなのに。
「えーっと、何かあったんですか?」
皆の顔を見渡す。 誰も何も言わない。
さっきまで座り込んでいた涼ちゃんがスッと立ち上がってこちらに歩いてくる。
ぎゅうっ。
「えっと···涼ちゃん?」
ただ無言で俺をきつく抱きしめたまま離れようとしない。
「元貴···無事だった···良かった···」
そう呟く若井からは 涙がぽろぽろとこぼれ落ちて、笑いながら泣いている。
それを切っ掛けに何人かのスタッフは抱き合って泣き、他のスタッフは良かったぁぁ!と大盛り上がりで。
コレは一体、どういうことなのか。
無言の涼ちゃんにきつく抱きしめられたまま俺は全く理解が出来ず、ただひたすら涼ちゃんを抱きしめていた。
マネージャーはそのあと飛行機事故のことやそれが俺が本来乗る予定の飛行機だったこと説明してくれて、本当に良かった、と言ったあとどうして乗る便が変更になったのに連絡しなかったのか、更にはスマホの充電が切れていたことまでしっかりと叱られた。
若井がまぁまぁと宥めるが止まらないお説教を聞きながら俺はその間もひたすら涼ちゃんに抱きつかれていた。
その表情はわからないが、泣いてはいないようで、でもがっちりと俺に抱きついたまま全く離れない。
「涼ちゃーん?俺大丈夫だから···ごめんね、心配かけて···そろそろ離してくれてもいい?」
涼ちゃんは首を横に振り、その腕を緩める気配はない。
「涼ちゃんは元貴が帰って来るの、たぶん一番待ってたから···いきなり色々あってしばらくは落ち着くまで無理と思う···ってことでこのまま帰ったら?」
若井が涼ちゃんの背中を撫ででいる。
その言葉を聞いて涼ちゃんは首を縦に振った。
「···わかった、涼ちゃん、このままでいいから帰ろっか?」
もう一度縦に振る。
周りの人たちはあれだけのことがあればショックを受けて当然とみんなが涼ちゃんに優しく声を掛けて今日のところは解散することになった。
呼んでもらったタクシーの中でも涼ちゃんは俺にベッタリで、運転手さんは不思議そうな顔をしていた。
片側に涼ちゃん、もう片側にはキャリーケースを携えて俺は家に帰ってきた。
「涼ちゃん···?家に帰って来たよ、何か飲む?お腹すいてない?何か頼もうか?」
ソファに座り、膝の上には涼ちゃん。
その体温と頬に触れる柔らかな髪の毛、そして少し甘い涼ちゃんの匂いを感じながら、あぁ帰って来たなぁ···と実感する。
「···なにもいらない」
ようやく久しぶりに涼ちゃんの声が聞けた。背中に回していた手を頭にやり、優しく撫でる。本当に心配をかけてしまった···耳元で小さくごめんね、と謝る。
「···元貴が帰ってきてくれたからいい」
「うん···俺、早く涼ちゃんに会いたかったよ」
静かな部屋に2人きり。
向かい合って座る膝の上の涼ちゃんを抱っこして流れる甘い幸せな時間。
涼ちゃんがそろ、と体を持ち上げて少し俺から離れる。
ようやく見えた表情は泣きそうな、けど微笑むような顔で困り眉になっているところがとっても可愛い。
「やっと涼ちゃんの可愛い顔見えた···」
自然と手が伸びて頬に触れる。
頬を撫でる俺に身を任せる涼ちゃんはようやく落ち着いたようだった。
涼ちゃんの柔らかな指が俺の頬に触れた。
「もとき···おかえり。僕元貴に伝えたいことがある···」
コメント
2件
無事で良かったです🥲🙌 そしてひっついて離れない💛ちゃん、可愛すぎます🤭💕