「へぇ。本当に山越えする気なんだね」
呑気に応えるのは魔王様。
下々のモノである俺はツッコむことすら許されない。
「いや、アンタが言ってたヤツやないかいっ!」
しまった!?
心の中の関西人魂が……縁もゆかりもないけど。
「ふふっ。セイくんって、時々ヘンテコな関西弁喋るよね?」
「く…それはええねん。それで?どうすんだ?」
絶対ツッコミ待ちだっただろっ!?
まぁ俺は大人だから静かに次を促すけど。
「王国の様子を見てきてくれないかな?間に合わないならこっちも準備を始めないとね」
「わかった。戦争の気配を確認してくるよ」
「よろしくね」
あれから10日後、連邦は北に兵を集め始めた。
国が大き過ぎるため連絡にタイムラグがあるのか、中々動きの一貫性を掴めなかったが、漸く北西部攻めに踏み切った事実を確認出来た。
そこで聖奈に報告したところだ。
「あっ!」
「どうした?」
珍しいな。何を思いついたんだ?
「もし、わからなかったら、軍務卿に会って聞いてきてね。何なら『今が攻め時』って背中を押してあげてね」
忘れていた方か。憐れ軍務卿。
俺も忘れていたけど。
良いんだ。おっさんに興味なんかないし。
「会うって…城にはいけんぞ?忘れたか?俺はあの国の公爵を殺したんだぞ」
「忘れてないよ。そもそも軍務卿に会うのに城へ行く必要ないよね?」
俺は忘れていたぞ。その方が幸せだからなっ!
「ん?…そうか。それもそうだな」
「ね。気をつけてね」
俺は聖奈に行ってきますと伝え、転移魔法を発動させた。
『ほほぅ…ここが噂の王都なのじゃな』
何でコンを連れてきたのかと言うと、連れて行けとうるさいからだ。
元々国境へ連れて行く予定だったから、聖奈との話し合いの時にフードに入れたままにしていたのを忘れていたとも言う。
「あんまり顔を出すなよ?」
『大丈夫なのじゃっ!』
何が大丈夫なのか知らんが、見つかったら捨てて行こう。
なんかその方が面白そうだし。
「ま。コンよりも俺の方がこの国にとっては血眼で探している対象だから、見つかる気はさらさら無いけどな」
俺は現在、身体強化魔法を使い、屋根から屋根へと移動している。
昼間だから見つかる可能性もあるが、見つかったとしても次の瞬間にはそこにいないから気のせいだと思われるだろうな。
「にしても…瓦は滑るしガチャガチャうるさいから移動するのも大変だな…」
『妾のようにプリチーな肉球が付いていないからぞ?人とは不便な生き物よのぅ』
両手が使えない獣よりは便利だと思うが…そこは一長一短だろう。
「どうだ?人の流れに不自然な所はあるか?」
俺の視力も大概だが、コンには程遠い。
『むっ。バーランドの王都に比べると少し物々しいが…そこまで違いがあるとは思えんのじゃ』
「そうか。まだ進軍しないのかな?」
しかし、それは困るぞ。
「そういえば、巡回の兵の姿は多いが、なんか少なくないか?」
ここから見える東西南北にある軍事施設の一つには人が見当たらない。
全ての兵士が出払っているにしては、王都内の兵の数が少ないように思える。
『あっちにある同じような建物にも兵士はいないのじゃ』
「そうか……気は進まないが目視で確認できないのであれば、聞いてみるしかなさそうだな」
『?知り合いでもおるのかえ?』
知り合い…って言っていいのか?
「まぁ知らない人ではないな。転移する。フードに入ってくれ」
頭の上にいるから、転移した後でビビって漏らされてはかなわんから伝えてからじゃないとな……
コンがフードに入ったことを確認してから、魔法の詠唱に入る。
「軍務卿に会いたいのだが」
転移したのは軍務卿の屋敷前。
見張りの兵にそう声をかけると、こちらを見るなり身体を強張らせたのがわかった。
「あ、貴方は…」
「ん?知っていたか。話が早くて助かる。それで軍務卿は?」
急に現れたから驚いたのかと思ったが、どうやら俺のことを知っている人みたいだな。
説明が省けて助かるよ。
「か、閣下はいません」
「ん?それは王城に行っているということか?」
「いえ…」
うーーん。この人には権限がないから話せないのかな?
「貴方がそういうことを伝えられないのはわかった。じゃあ、ここからは独り言だ。俺の独り言に貴方が偶々頷いたり首を振るだけなら構わんだろう?」
「……」
よし。無言は肯定と捉えよう。
「軍務卿は王都にはいない」
…コク。
「軍を引き連れて連邦へと向かった」
………コク。
「これは世話になった礼だ。受け取ってくれ」
聞きたいことが聞けたため、怖がらせた兵に慰謝料として秘蔵の酒を渡しておいた。
流石に金はまずいからな。
慰謝料を握らせた俺は、兵の前から消えた。
近くの家の屋根に飛び乗っただけだけど……
なんかかっこいいじゃん?
「やっと見つけたぞ…」
あれから何度も王国中を転移した俺は、漸く進軍中の軍隊を見つけられた。
『あの場所からもかなり近いのう。王都へ行った意味があったのかえ?』
うるせえっ!!
「確認は大切だからな」
そう。軍はすでに国境付近にまでやってきていた。
場所は広大な森を切り拓いて作られた国境までのあの道。
聖奈の指示がなくとも、今日中にはコンから王国軍の動きが報告されていたはずだった。
だが、それは偶々この国境を王国が選んでいて、その早さも偶々間に合いそうだっただけだ。
いい仕事は確認作業を怠らないことからなのだよ?
よしっ!ビシッ(現場ネコ風)
「軍務卿はいそうか?」
『そう言われても、妾は見たことがないんじゃが…』
そうだったな……
それにここからは軍のほんの一部しか見ることが出来ないし。
「まあこれで帰るなんてことはないだろう。そうだったらあの兵もここまで口篭らなかっただろうしな」
『うむ。それに例のアレは見えたのじゃ。訓練や警戒でアレを運ぶとは考えられないのじゃ』
例のアレとはカタパルトのことだろう。
俺からは見えないが、コンには見えるようだ。
コンの言う通り、カタパルトを運ぶのはそう簡単ではない。
説明書にあるように、簡単に分解や組み立ては出来るだろうが、それでもかなりの重さになる。
恐らく専用の荷車などを作り、バラしたカタパルトを荷車に分け、馬や牛に牽かせて運んでいるのだろう。
「よし。報告の前に、一旦連邦内を確認してから帰るぞ」
『わかったのじゃ。今晩もデザートは二倍かのぅ?』
食いしん坊め……
まぁ良いだろう。その前にちゃんと運動すればな。
「そう。わかったよ。明日、セイくんにはして欲しいことがあるのだけど、いいかな?」
報告と食事をした後、聖奈の考えが纏まったのか、俺に予定を聞いてくる。
いいかなって言われましても……
内容次第ですぜ?姉御。
「構わないが…何をさせるつもりだ?」
「ふふっ。そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。準備はもう済ませてあるから。明日は山脈に近づいてきている連邦軍の所に人を送って欲しいだけだよ」
俺の予定を聞いてきたわけではないのね……
もう聖奈の頭の中ではこのルートの未来が見えていたのだろう。
いや、その未来へと辿り着けるようなルートが見えているという方が正解か。
「そんなことでいいなら問題ないな。朝早くか?」
「ううん。昼前くらいだね。だから今日はしっかり呑んでも大丈夫だよ」
うん。晩酌だけは言われなくてもするぞ?
何せ酒は俺のアイデンティティだからなっ!!
全ての準備が終わった。
もちろん現場で動いているはずなのに、何もわからないが……
いいんだ…俺には可愛い奥様と、可愛い娘達と、可愛くないペットと、お酒があるから。
翌日は久しぶりに昼前まで爆睡した。