朝食を食べ終わってしばらくしたあと、私たちはミラエルツの南門――
……乗り合い馬車の場所へと向かった。
ミラエルツから次の目的地、メルタテオスまでは1週間ほど。
この先は馬車に乗って進むことになる。
ちなみに私たちの旅路のイメージとしては――
辺境都市クレントスから1週間ほどで鉱山都市ミラエルツ。
鉱山都市ミラエルツから1週間ほどで宗教都市メルタテオス。
宗教都市メルタテオスから1週間ほどで王都。
――という具合だ。
「私たちが乗る馬車は、あれのようですね」
「わたし、乗り合い馬車なんて久し振りです!」
「あれ、そうなんですか?
そういえばエミリアさんって、ガルーナ村まではどうやって来たんでしたっけ?」
「大聖堂が所有している馬車で行ったんですよ。
アイナさんが目を覚ましたときには、もう王都に向けて出発しちゃってましたけど」
「……なるほど、記憶に無いわけだ」
「そういうアイナさんは、乗り合い馬車は初めてではないんですか?」
「はい、クレントスからミラエルツの手前までは乗ってたんですよ。
途中でガルーナ村に行くことになって、そこで降りたんですけど」
「ふむふむ、なるほど。
それじゃ、ルークさんもご一緒だったわけですね」
「ずっとじゃなくて、途中の村で合流したんですけどね……」
ちらっとルークを見ると、ルークも懐かしそうにつぶやいた。
「ははは、懐かしいですね……」
基本的にルークはまともな人だとは思うけど、あのときに関して言えば無茶なことをやっていたからね。
私の同意を得る前に、私に付いていくって決めて、仕事まで辞めて……。
真面目なんだけど、思い込んだら一直線……っていうのかな?
「……まぁ、確かに懐かしいや。ふふふ♪」
「ず、ずるいですよ、二人で懐かしがって!
わたしは混ざりたくても混ざれないのにー!」
「でも、ミラエルツの懐かしい話はしたばかりですからね。
それじゃ、一旦ここまでにしましょうか」
「むぅ」
「ところでアイナ様、ジェラードさんはどうするんですか?」
「ああ、うん。何だか別で、馬を手配してたよ?」
「馬を?」
「ほら、あれじゃない? あそこの馬の近くにいるの。
おーい、ジェラードさーん!!」
少し遠くに見えていたジェラードを呼ぶと、彼は小走りで駆け寄ってきた。
「おはよう、アイナちゃん。
エミリアちゃんにルーク君も、おはよう」
「「おはようございます」」
「ジェラードさんは、馬に乗っていくんですか?」
「うん、アイナちゃんたちと一緒に馬車で行くのも魅力的なんだけどね。
先にメルタテオスまで行って、情報収集でもしようかと思って。
……ほら、僕のメインの仕事はそっちでしょ?」
「そんなに固く考えなくても大丈夫ですよ?
ゆるっとふわっとやって頂ければ」
「僕はやるとなったらしっかりこなす男さ。
これは仕事のスタンスの問題だからね、そこは厚意には甘えられないかな」
「そ、そうですか?
それじゃ、折角なので調べておいて欲しいことがあるんですけど……」
「うん? 何かな?」
「メルタテオスを治めてるアーチボルドさんって人が、ミスリルを持っているそうなんです。
まずはこの真偽を知りたいな、って。
あとは何やら頭髪のことで悩んでいるそうなので、そこら辺も少しばかり……」
「分かった、その2点だね。調べておくよ。
それにしてもそんな情報を拾ってくるなんて、アイナちゃんもなかなかやるねぇ♪」
「あはは……、ただの偶然ですけどね」
「運も実力のうちさ。
……さて、そろそろ馬車の時間のようだね。僕も行こうかな」
「はい、またメルタテオスで!」
「ジェラードさん、また後日~」
「お気を付けて」
「うん、そっちも楽しく安全に来てね。それじゃ!」
そう言うと、ジェラードは馬に乗って街門を出て行った。
「……さて、それじゃ私たちも馬車に乗りますか」
「はい」
「はぁい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
馬車に乗ると、そこにいたのは他の乗客が3人と御者と用心棒が1人ずつ。
他にも同様の構成で、馬車が数台いるようだった。
「おはようございます、しばらくお世話になります!」
ひとまず私が挨拶をすると、それぞれ――
「いらっしゃいませ、よろしくお願いします」
「がはは! この馬車には俺っちがいるからな! 道中は安心していいぞ!」
「おお、こんな若い娘が2人もいるなんて運が良いな!」
「本当だ! 俺はこっちの――ごふっ!? ……て、てめぇ、そこは蹴っちゃダメなところだろ……」
「…………」
――といった反応が返ってきた。
何だか、退屈しなさそうな馬車だなぁ?
そのあとにルークとエミリアさんも挨拶をしていたけど、何というかノリにギャップがあるというか……。
この面子で1週間か……。逆に、ちょっと疲れそうかも?
でもクレントス発の馬車に同乗していた人はみんなだんまりだったから、それに比べればずっと良いのかもしれないね。
それにあのときは一人だったけど、今はルークとエミリアさんだっているし。
「さて、お客様方。
そろそろ出発しますね」
御者の言葉に全員が頷くと、馬車はゆっくりと走り始めた。
広場から街門を抜けて、ミラエルツの街がどんどん遠くに消えていく。
「うん、いろいろあったなぁ――
……って、しんみりは散々したからもういっか」
「はい、しんみりはしばらく取っておきましょう!」
「ははは、そうですね。
またそのうち、しんみりすることにしましょう」
「……はぁ。
お前さんたち、ミラエルツではきっと良い思い出ができたんだろうなぁ……」
唐突に、乗客の一人が声を掛けてきた。
ええ? このタイミングで、何か妬ましい感じで?
「おいおい、赤の他人に絡むなよ……。
すいません、こいつちょっとミラエルツで失恋しちゃって」
「おおい、それこそ赤の他人に言うんじゃねぇよ……。
くぅ、スカーレットちゃん……」
「よしよし、もう泣くんじゃねぇぞ……」
「うおおお! これが叫ばずにはいられるか!
すかああああああれっとちゃああああああああん!!
愛してるぞおおおおおおおおおおおお!!」
「あちゃぁ……。ああ、みなさんすいません……」
「ほらほら、君たちも! 何か思いのたけがあれば!!」
叫んだ男が私たちに促してくる。
えぇ……? いやいや、それはさすがに――
「ミラエルツのみなさーん!
楽しい思い出をあーりーがーと――!!」
「……って、えぇ!? エミリアさん!?」
エミリアさんは乗客の男の誘いに乗って、大きな声でお礼を叫んでいた。
「ほらほら、アイナさんも!」
「え、えぇ……? そ、それじゃ……?
み……ミラエルツのみなさーん! お元気で――――――っ!!」
――……の、のわぁあああああああ!
めっちゃ恥ずかしいいいいいいいいいいいいっ!!!!!
「あははははっ! アイナさん、良い台詞です!!」
「あーもう、最後がこれですか!
絶対にこれ、忘れられませんよーっ!」
「えへへ、これで思い出がひとつ増えましたね!
ささ、次はルークさんも!」
「……勘弁してください」
困り顔のルークと、大笑いをする私とエミリアさん。
鉱山都市ミラエルツでの滞在は、そんな光景で幕を下ろすのだった。
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